第231話 人を集める。
「サクヤッ!!それ、ドロップやない!!」
そう言って僕はおはじきを口に入れようとしたサクヤを止める。おそらくは先程ヒョイオ・ヒョイさんとの商談をしていく中で味見の為に出した缶入りドロップと間違えて口に入れようとしたのだろう。
現在、僕はヒョイさんと商談中。今現在、ヒョイさんが営んでいる昼間の女性が多い時間帯で使えそうな品物、逆に夜の男性が多い時間帯で使えそうな品物といった風な具合でいくつか品物を見せていた。
「すいません、話の腰を折ってしまいまして…」
「いえいえ、良いんですよ。元来、精霊とは自由なもの。それがこうしてゲンタさんの周りにとどまっているのです。これは非常に珍しい事…。その姿を見られるだけでも幸運と言うものですよ」
ヒョイさんは気にしないで下さいとばかりに優しく微笑んた。
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日課である早朝のパン販売を終え、今日は依頼でヒョイさんの社交場に来ていた。と、言うのも昨日はヒョイさんから依頼があったのである。人参の納品と、何か新しい品物の提案はないか…といった具合だ。
人参はいつも通りなら翌日にも納品出来るし、ヒョイさんは僕の品物自体がそのままでは社交場で使えないとしても一工夫して使えるようにアイディアを出したりする。商売をする者としてこれほどお手本になる人はいない。
「ゲンタさんに依頼が来ていますよ」
昨日、ギルドでシルフィさんから声がかかった時には少し警戒をしてしまった。
「僕に依頼が…」
さて、なんだろうか?最近は数が減ったがやはりカレーに関しての依頼は根強い。ウチの店で作ってくれ…、それなら屋台で自分で売る。レシピを教えてくれ…肉と野菜とカレールーを用意…出来ませんよね、僕だってスパイスの比率は知らないしこの異世界にあるかは分からない…つまり教えようがないので無理です。だいたい僕にとっては困るものばかりだった。
他にもいまだにブド・ライアーが凝りもせずにカレーを作れという依頼を出してくる事もあるが、それは回答期限ギリギリで断っている。中には短い期限で回答を迫ってきたものもあるが、それは即座に断っている、そんな短期間では材料の手配もままならず回答しようもありませんと。
そうすると依頼してから回答まで数日猶予を持っての依頼が来るようになったた。しかし、必ず依頼文のどこかに不備がある。
いつぞやの店の関係者に作ってくれという依頼も人数が書いてなかったり、営業一日とあっても、具体的な時間がかいてないとかそんなのばかりである。それにブド・ライアー商会は落ち目だ、依頼には高額の報酬が提示されているが、そんな金を払う余裕は無いはずだ。
材料費などもこちら持ちな上に、馬車馬のごとく働かせて得た売り上げで依頼料を支払うという腹づもりなのだろう。あるいは色々と難癖つけて支払い額を渋る…、またそれ以外にも色々と悪知恵を働かせていいように使うつもりだろう。幸いこちらは儲けすぎなくらいに稼いでいる。ブド・ライアーの名前など無くても人は集まるし、むしろブド・ライアーの名前を出したら客が減るかも知れない。
そもそも僕はビジネスパートナーを選べる状態にあるし、腕の良い護衛にもついてもらえている。何も沈みゆく泥舟、ブド・ライアーの相手をする必要はないのだ。
何日か前、僕はちょっとした意趣返しをブド・ライアーにしてやったところだ。ブド・ライアーの依頼があった時に僕は一計を案じ、今回の『かれー』の材料集めは上手くいきそうらしいとそんな噂を酒場や町中で流してもらう。それもさりげなく、ブド・ライアー商会から近くもなく遠くもない位置で話してもらう。カレーという単語に町の人は敏感だ、どこかでカレーが作られる…チャンスがあればまた食いたいもんだぜと後は勝手に話が膨らむ。
この依頼自体はギルドに帰ってきた冒険者に今夜の夕食代と酒代を負担しさらに小遣い銭程度の報酬が出る程度のものだが、みなさんなかなかに上手くやってくれている。
今回は『かれー』を作るだろう…、噂を耳にしてそう勝手に解釈して冒険者ギルドにやって来たブド・ライアー商会の手代が依頼を断る旨の話を聞いて落胆しながら商会に帰る。ブド・ライアー商会でそんな依頼拒否の報告をしてる頃、僕は別の場所でカレーを作っていたりする。
そう、依頼の為の材料集めは確かに順調だったのだ。それがブド・ライアーの為ではなかっただけで。ちなみにそういう時に僕が屋台を引いてカレーを作っていたりするのは主に教会に併設されていたりする孤児院、または養老院。そこで甘口の優しい口当たりのカレーを作り子供たちやお年寄りに食べてもらっている。
こういった依頼は冒険者ギルドの中では一番報酬額が低い類のものである。原価から考えれば収支はプラス、しかし、労働の手間をバイト代のような形で換算したら完全にマイナスだ。商人の立場で物を考えればすべきではない、いわゆる割に合わないものだ。しかし、これは意義のある事だし、意味もある。
「もし良ければ…」
ミアリスさんが所属する孤児院と同じように、この時訪問した教会のシスターさんにも、毎日と言う訳にはいかないが子供たちに仕事に来てもらえませんかと打診する。
男の子は土木工事の下働きとして、女の子はお針子さんとして、食事と幾ばくかの報酬でどうかと。土木の下働きと言ってもドワーフの親方の下でやるのだから学ぶ事もあるのではないか。お針子さんはそもそも上の世代がなかなか引退しない職業だ、針と言うのは異世界では当然手作りで作られる。家庭で使われる針は爪楊枝くらいに太いし高価な物。日本人の僕らが目にする縫い針はもはや芸術品と言って良いレベル。それに触れた事があると言うのは将来的にきっと役に立ちますよと伝える。
労働環境などは既に働いているミアリスさんのいる教会で聞けると思うので是非ご検討をと伝える。ドワーフの親方の一行に人族、様々な獣人族、エルフ族の人が出入りする事もあり門戸を広く開けている事も。自分たちの出来る事を一生懸命やる、それがただ一つの約束ですと伝えた。
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日本ではマスク不足が深刻化、患者数がジワジワと増えて緊急事態宣言がなされた。友達から介護や医療の現場でさえマスク不足が深刻と聞いた。それなら早い方が良い、マスクの確保。もちろんこれで必ず予防できる訳ではないだろうし、有効性もどれだけあるかは分からない。しかし、何も対策しない丸腰よりはきっと良い。その為に手縫いのマスクを使ってもらってかるべくかからないようにするべきだ。その間に何か対策が生まれるかも知れない。
時は急を要する。そして人手も必要だ。
今回のカレー作りの依頼で得た面識を今後発展させていけるなら…、そして地球にも役立てる事が出来るなら…僕が異世界に来た意義があるのかも知れない。
そんな事を考えながらヒョイさんとの商談を終えてマオンさん宅に戻ると、先日のカレーを作った教会のシスターさんが来ていた。子供たちとも相談し、ここで働きたいと言う。
「よろしくお願いします」
僕はシスターさんに笑顔で返事をした。




