第216話 ゲンタ、ご機嫌とりをする
「ま、まあまあ。ゴロナーゴさん、機嫌直して下さいよー」
膝から崩れ落ちたゴロナーゴさんに僕は根気強く話しかける。
ゴロナーゴさんは二回連続で魚をお預けくらった為にすっかりつむじを曲げてしまった。
「坊やの気持ちはようっっっ…くわかったぜぇ!俺に散々気ィ持たせといてよォ…」
機嫌の悪い飼い猫が飼い主のいかなる声かけにもプイッと他所を向いて相手にしてくれない時のような…、そんな光景を思い出す。ギルドの床にどっかりと腰を下ろしてゴロナーゴさんは不貞腐れている。
仕方ない、まだ少し先にとっておこうと思っていたんだが出すしかないか…。僕は冒険者ギルドのバックヤードに置かせてもらっている商品をお目見えさせる事にした。
「嫌だなあ、ゴロナーゴさん。僕がゴロナーゴさんの事を忘れる訳が無いじゃないですかあ」
僕は猫なで声を出して、猫の本家本元ゴロナーゴさんに話しかける。
「でもね、ただお魚を『ハイ、コレです』って出したって面白くないじゃないですかあ…。だからね僕は新しい魚の味わい方を、ちょっとビックリしてもらいながらお披露目しようと思ってたんですよ」
視線こそこちらに向けようとしないが『新しい魚の味わい方』と言ったあたりでゴロナーゴさんの体がピクリと反応した。興味がないような素振りをしているが、その耳はこちらに向いている。よし、魚釣りで例えれば針に付けた餌の選択は正解だったようだ。あとはここからその目に魅力的に映るように動かしていけば良い。
「ゴロナーゴさーん。あれー、参ったなー。全然返事をしてくれないやー?せっかく親分さんの為に一番に用意したのになー」
演技力に定評の無い僕はまるっきり棒読みの三文芝居の演者のようになりつつも、ゴロナーゴさんは面白いようにピクピクと反応する。きっと誘っている餌が良いのだろう、もう一押し。それで決める!
「うーん。残念だけどー、せっかく用意した食べ物だし腐っちゃったりしたらもったいないしー。あっ、そーだ!代わりに食べてもらうのをミケさんにー…」
「ちょっと待ったあぁぁぁぁ!」
「ッ!?ちょっと待ったコールだ!?」
ゴロナーゴさんからあえて視線を外して独り言のように呟いていたので改めて視線を向けてみると、彼は立ち上がってこちらに手を伸ばしている。見事な『ちょっと待った』ポーズだった。
「お、俺の…。俺の負けだ!ぼ、坊や、その新しい魚の味わい方ってなァ美味いんだろうな?」
その言葉に僕は胸を張って返答える。半分ハッタリだけど…。
「ええ、任せて下さい」
横にいたリョマウさんが思わずと言った感じで呟いていた。
「坊やンは大した人たらしぜよ」
□
その日の夕方近く、『六十食限定。猫獣人族の方向き。新しい魚の味わい方』と銘打ってギルド前で販売ゲリライベントを行った。いつものようにオタエさんにメッセージを送ってもらい噂を広めてもらった。
それが功を奏したのか既に行列が出来ていた。おそらくほとんど猫獣人族の方ではないだろうか。過去数回の干物などの販売で見かけた人もいる。
「皆さん、ようこそお越し下さいました!今日は新たな…。魚の旨味を引き出して、お腹にも溜まるメニューをご紹介します」
おおおおっ!観衆からそんな声が上がる。
実は僕はこの即売会をするにあたり一度自宅に帰宅した。そこで黒いスラックスと白いワイシャツを着てきた。海外企業のCEOが記者発表をする時のようなイメージだ。
「皆さん、『らめえぇぇ!?ん』はご存知ですか?そう、犬獣人族の方に人気が出ているあのメニューです。でも皆さん、こう思った事はありませんか?『なんで猫獣人族向きのものはないんだ!?』…ってね」
僕は集まった観衆を首を動かさず眼球だけを動かして様子を見る。そうだ、とばかりに頷いている人が割といる。いけそうかな。
「実はあの『らめえぇぇ!?ん』は動物の骨を煮詰めてダシをとったものです。そこで僕が今回ご用意したのは….」
たんっ!僕はラーメンのどんぶりを外に出したテーブルに置く。このタイミングで出来上がるように火精霊ホムラと水精霊セラに調節してもらった。
「魚の旨味や風味をこの一杯に詰め込んだ『らめえぇぇ!?ん』です!」
出したのはその名も『究極!!旨ダシラーメン』。魚介系のダシにこだわって開発された醤油ラーメンだ。僕が食べた時にもしっかりと魚の風味がしていた。本当は猫獣人族の皆さんの人数分…、百五十人分以上の数を確保してからと思っていた。…が、今回はそうもいかない。ゴロナーゴさんが不貞腐れたままというのは、この町の建築事情などを考えれば決して良い事ではない。その為に見切り発車をしたといったところだ。
「さて、この『らめえぇぇ!?ん』ですが美味しいかどうか皆さん分かりませんよね?そ、こ、で、記念すべき一杯目を食べて感想をお伝えいただこうと思います!」
そこに『スッ』とゴロナーゴさんが現れ、ラーメンを置いたテーブルについた。
「食べてもらうのはこの方、ゴロナーゴさんです。美味いなら美味い、不味いなら不味いと忌憚なく感想をお聞かせ下さい」
「分かった!俺も男だ、嘘は言わねえ!正直な感想を言わせてもらうぜッ!」
とは言ったものの…、ゴロナーゴさんは余程嬉しいのか既ににやけ気味だ。ゴロナーゴさんだけではない、僕ですら感じる魚介の香り…。魚の風味に敏感な猫獣人族の皆さんにとってはさらに強烈に嗅覚に訴えているのは自明の理。観衆はすでにウズウズしている人もいる。
「よし、あんまりみんなを待たせるのもナンだからな。さっそくいただくぜぇ!」
そう言ってゴロナーゴさんがラーメンのスープを味わう為にレンゲを手に取った。ズズズズッ、スープをすする音。
「こ、これはぁっ!」
ゴロナーゴさんが丸太椅子から立ち上がる。
「なんてこった!俺はこの坊やの魚を食ってきたが…、魚の旨味をこんなにギュッと詰め込んだような食い方があるなんてよう…」
感動したッ!とでも言いたげな様子でゴロナーゴさんが感想を述べる。
「どうやらとてもお気に召したようですねェ…」
ちょっと下世話な、いやらしさをのぞかせた感じで僕はゴロナーゴさんに語りかける。
「ぼっ、坊やッ!?ああ、こんな魚の旨味を感じられる食い方は…」
「ふふ、まだですよ」
「な、何ッ!?」
そう言って僕は右手人差し指を一本立てて口元に寄せる。相手に静かにしてもらう為の『シーッ!』のジェスチャーだ。
「実は今日だけ特別にもう一工夫させていただきます!」
「バっ、バカなッ!これ以上何をする気だあっ!?」
叫ぶゴロナーゴさんの丼の上で僕は金属製の容器を一振り。これは魚粉、さらに魚の香りが立ち上り風味が加わる。
「こっ、これはァーッ!ただでさえ魚の風味が薫るスープに、新たな香りが現れたァーッ!」
うーむ、ゴロナーゴさんノリがメチャクチャ良いな。今後も猫獣人族の皆さんへのプレゼン時には出演依頼しようかなあ…。…おっと、いけない。もう一つアピールだ。
「そして味覚と嗅覚だけでなく、視覚でも楽しんでいただきましょうか!」
そう言って僕は鰹節の花かつおを一掴みして丼に降らせた。ラーメンスープの湯気により花かつおが揺れる、揺れる。
「お、踊ってやがる!『かつおぶし』が踊ってやがるぜぇ!」
「さあ、ゴロナーゴさん。これで僕の『らめえぇぇ!?ん』の演出は以上です!食べてみての感想をお願いします!」
「分かったァ!!」
そう言ってゴロナーゴさんはラーメンに向かう。既に満面の笑みであった。




