第215話 リョマウがいく。
タイトルはやりたかっただけです。
はい、やりたかっただけです。
リョマウさんの依頼を受けた翌日…,
「ここにいるのがわしの仲間たちぜよ」
リョマウさんと共に冒険者ギルドにやってきたのは三人の人たち。
「よろしく!!」
そう言って元気良く手を伸ばしてくる。
僕とマオンさんが握手をしながら挨拶をしている時にリョマウさんが『握手じゃ』お得意のフレーズを言う。リョマウさんが連れて来たのはリョマウさんの相棒役シンタウロさん、喧嘩っ早いが腕が立つというゾウイさん、計算が早く商談の時などにリョマウさんの補佐につくチョウジウロさん。聞けばいつも四人で各地を回り商売をしているのだという。
そんなリョマウさんからの依頼は『何か海の魚を食わせてくれ』というものであった。もっとも海の魚なら何でも良いと言う訳でもないらしく、『生で食べられるもの』を欲していた。
どうやら僕が以前、ゴロナーゴさんに刺身を用意した事がミケさんからセゴドさん、そしてセゴドさんからリョマウさんに伝わったらしい。そしてもう一つ、条件として『魚の風味を強く感じられるもの』であった。
そこで僕が用意したもの、それは…。
「おおっ、本当じゃ!ありゃあ生の魚じゃあ!」
ギルドに備え付けられている調理場で僕はクーラーボックスから取り出した。幅25センチほどの大ぶりな魚の切り身。それに金串を刺して軽く塩を振った。そして竈に藁をくべて火をつける、それも割と多めに。熱によって炙るのと同時に、藁を燃やすと結構立ち上る煙。これで燻すような感覚だ。
僕が魚を焼いている間にマオンさんが皿に添える野菜類を切ってくれている。玉ねぎにあさつき、スダチにニンニク、さすがに主婦のベテランだ。手際が良い。
「それは…果物ですか?」
調理の様子を覗き込んでいたシルフィさんがスダチのスライスを見て声をかけてきた。
「あ、はい。スダチと言って僕の故郷の果物です。魚に風味付けをするために使ったりするんですよ。そうだ、食べてみますか?」
僕はそう言ってスダチのスライスを一枚手に取った。左手で鰹を炙りながら、スダチのスライスを持った右手をシルフィさんに伸ばす。鰹を焼きながらだったので注意がそちらに向かっていた為、結果的にちょっと無造作にスダチの輪切りを渡すような形になってしまった。
「あむっ」
指先に何やら柔らかく温かな感覚、妙だなと思って視線をそちらに向けるとそれはシルフィさんの口元。なんと僕はスダチのスライスを無意識のうちに直接食べさせてしまっていた。
シルフィさんは驚いたようにも照れくさいようにもとれる表情をしていたが直接その唇で受け止めてくれていたのだ。そして右手をスダチに添えるようにして口元を隠して上品に味をみているようだ。
「凄く強い酸味です、今までに感じた事が無いような…。香りも鮮烈で…、ああ。これがゲンタさんの故郷の味なのですね」
何やら感慨深くといった感じでシルフィさんが感想を述べる。僕はと言えば意図せずシルフィさんの唇に指とはいえ触れてしまった事に少なからず動揺する。
そんな僕にリョマウさんがすかさず声をかけてくる。
「ずいぶんと二人は懇ろじゃのう、もしかして坊やンのコレか?」
小指を立てながらリョマウさんが問いかけてくる。どうやら立てた小指が女性を意味するのは日本も異世界も同様のようだ。
「あ、あの。シルフィさんには…、その…。手鏡をお渡ししていまして」
隠すのも、とぼけるのも変な話なので僕はありのままに返答する事にした。
「おお、手鏡を!」
「今時立派な事じゃあ」
シンタウロさんたちがそんな風に言っている。
「そんじゃあ、坊やン。今は返事待ちっちゅうところじゃな?」
ニコニコと笑いながらリョマウさんがさらに聞いてくる。
「え、ええ。そうなりますね…」
この異世界では男が結婚を申し込むのが一般的、そして女性がその求婚に対して返事をするという。
「ふふふ、坊やン。心配はいらんきに。わしが見たトコ、そのお人もおんしを憎からず思うちょるようじゃ。それが証拠におんしの差し出した食べ物を直接食べたきに!聞いたトコによるとエルフ族は食べ物や飲み物を手渡されたまま直接口にするっちゅうんは家族とか余程親密でないとせんという話じゃ!じゃからそのお人はおんしを余程親しく感じとるようじゃ!こりゃあ良いものを見せてもろうたぜよ!」
「おう、そうじゃ!そうじゃ!わしはこれ見ていたら家に残してきた嫁さんを思い出したがぜよ!」
リョマウさんが見解を述べ、続いてシンタウロさんが奥さんの事を話し出した。話ぶりからしてかなりの愛妻家らしい。
「私は里の幼馴染を思い出しました」
「わ、わ、わしも好いた女子を思いだしたがじゃ…」
チョウジウロさんもゾウイさんも何やら思うところがあったらしい。なんだかしんみりとしている。
僕はと言えば藁で炙った鰹に焼き色が付き、皮を剥いだ脂の乗ったところの端が反り返ったところで金串を外し、氷水の中に入れて一気に冷やし身を締める。
それを水から上げてキッチンペーパーで水気を拭き取り、俎板の上に。柳刃包丁を取り出し、昨夜動画サイトを見て自主練習した刺身の切り方を真似して鰹の身を切っていく。感覚的には少し厚切りな感じで、食感とかも楽しんでもらう感じで…。
「か、か、変わった…珍しいほ、包丁じゃあ。う、美しいがじゃ」
柳刃包丁が強い興味を引いたのか、ゾウイさんが身を乗り出すようにして僕の手元を覗き込んでくる。
丸い大皿に円を描くように鰹を盛りつけ、マオンさんが切ってくれたスダチのスライスを並べた鰹のところどころに置いていく。次に玉ねぎのスライス、そしてあさつきとニンニクをパラパラと上から散らし市販のタレを回しかける。
「さあ、お待たせしました。鰹のたたきです」
□
「こ、こんな山あいの町の中で海の魚が食えるなんてッ!」
「それだけじゃないきに!な、生じゃ、生の魚じゃ!」
「しかも濃厚な魚の香りじゃあ!鼻の中が磯になってしまったかのようじゃ!」
「う、美味いがじゃ!身の角はピンとしてるがに、真ん中はモッチリしてるがじゃ!」
四人とも余程美味しかったのかガツガツと食べている。
「もう一回分、今と同じくらいの量がありますからね」
そう言うと彼らはさらに盛り上がった。
「うーん、酒が欲しくなるがじゃ」
「駄目じゃ!これから仕入れる荷を見て回るがじゃ!」
「うぐぐぐ!辛抱たまらんきに!」
二皿目を食べながら彼らは盛り上がったり、地団駄を踏んだりと気分の浮き沈みがなかなかに激しい。コロコロとすぐに変わる風向きのようだが、決して不快なものではない。
風通しが良いと言うか、自由闊達と言うか独特の明るさと活気を感じる。そうこう言っている間に四人の若い胃袋はあっという間に鰹を平らげた。
「ああ、美味かったがじゃあ!」
彼らはすっかり満足したような感じで今は緑茶を飲んでいる。
「まっこと(ほんとうに)驚いたぜよ!坊やンは凄腕の商人と言うだけでなく、料理人でもあるがよ!」
リョマウさんが興奮気味に語り、他の三人も頷いたり『そうじゃそうじゃ!』と賛同の声を上げていると冒険者ギルドの入り口が開いた。
「あ…」
思わず漏れる僕の声。
「ぼ、坊や。今日も嗅いだ事が無いようなウマそうな魚のニオイがしたんだが…」
そこには一昨日、焼き鮭のニオイを嗅ぎつけてやってきたものの切り身40切れがセゴドさんたちが全て食べ終わった後だった為に結局食べられなかったゴロナーゴさんがいた。
今日も魚…、鰹のたたきは全て平らげられていた。二日ぶり二回目、ゴロナーゴさんは再び膝から崩れ落ちていた…。
□
ちなみに僕にとって鰹のたたきに対する逸話はこれだけにとどまらなかった。夜、自宅に戻ったら不機嫌な闇精霊カグヤがついてきた。
「私以外の女の唇に触れた…」
見た感じ十歳を少し超えたくらいの黒髪の美少女が不機嫌な様子というのは見方によって可愛くも見えるものだ。
しかし、この時のカグヤは物静かな口ぶりながら妙な迫力と言うか『私だけのものにならないなら、いっその事…』とか言い出しそうな気配がしたので全力で抱きしめる事にした。
なんか隙を見せたらアパートの部屋の調理スペースにある包丁を手に取りそうな…そんな危うさを感じたから結果として動きを封じる事につながる…どこかそんな期待があったのかも知れない。
「そんな事…、しないよ」
身長差があるからひざまずいて抱きしめている僕の耳元で『くすっ』と吐息が漏れるようなカグヤ独特の静かな笑い、それが僕の耳をくすぐりカグヤの声が響く。
僕の住むこの世界と異世界、その境目さえ超えて来てくれたカグヤ。そんな一途な子に一瞬とは言え僕はなんて事を考えてしまったんだろう。
「ごめんね」
そう言って僕はもう一度カグヤを抱きしめる。異世界でも日本でも僕と一緒にいてくれる女の子。大事にしなきゃいけない。
「うん」
カグヤは小さく細い腕で僕を抱きしめ返してくれた。




