第208話 押し掛け用心棒。
冒険者ギルドでナジナさんの絶叫が響いてから数日後…。
早朝のパン販売を終えて僕たちはマオンさん宅に戻ってきた。今日は特に何かする予定もなかったので、マオンさん宅と冒険者ギルドの往復だけ護衛を依頼していた。
今日の護衛は四人。
犬獣人族のラメンマさんと狩猟の時にチームを組んでいる二人、テリーマさんとロビンマさん。彼ら犬獣人族の狩猟士のチームで護衛についてくれた。
さすがに町中では大型の牙獣と遭遇することは無いので三人とも小弓とか軽弓と呼ばれるような威力より取り回しや速射性や連射性に優れた弓と、接近戦に備えて小剣や短剣を用意している。
当初の予定ではこの三人で護衛の予定であったのだがもう一人いる。
「ウム、何事も無かったのう」
無事に任務が完了した事に満足そうに頷いているのは歌舞伎のような隈取りが施された覆面プロレスラーのようなマスクを被っている。
それだけでも異様なのだが、覆面だけでなく某有名『一狩り行くようなゲーム』でしか見た事が無いような…、本気で古龍を討伐をするかのような完全武装戦闘スタイルで現れた謎の人物。
無骨で分厚い鎧、しかしただ分厚いだけではない。その鎧は胸や肩、腕など弓を引くにあたり邪魔になりそうな部分は軽装に近い。代わりに弓を射るにあたって邪魔にならない部分は装甲が厚い。
遠目には分厚く、近くでよく見ればアンバランスなようにも見える一式の鎧。だけど、一式の…一揃いの鎧だ。弓を以って戦う為に調整されているのだろう。
携帯している武器も凶悪としか言い様が無い見た目で、二メートル近いおよそ弓とは言いにくい幅広で肉厚なもの。いざとなればこれを振り回せば金棒で殴りつけるぐらいの威力があるとの事。
そんな近接戦闘でも役立つ弓を持っているのにさらに鉈をそのまま大きくしたような大ぶりな山刀まで所持している。
ハッキリ言って護衛するには過剰な武装だ。本格的な戦闘、それも人間なんかより大きく強靭なものを相手をするような…。
場違いな格好…、そんな人物が僕の護衛についていた。
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さて、なぜそんな目立つ傾奇者のような格好をした人物に護衛を任せたかと言うと…。
僕とマオンさんが早朝のパン販売に向かおうと家を出ようとした時にその問題の人物が家の前にドーンと立っていたのである。見ているこちらが可哀想になるぐらいその横でラメンマさんたち三人が申し訳無さそうな顔をしている。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします。ところで…、ラメンマさん。こちらの方は…?」
僕は、突如現れた完全武装の覆面レスラー….ではなかった、戦士について尋ねた。
「こ、こちらは…」
「うおっほんッ!!」
ラメンマさんが話し始めようとしたところを大きな咳払いで制し、その謎の人物は話し始めた。
「ワシは見ての通り、謎の強弓使いじゃ!見た所、護衛を欲しておるようじゃがワシはどうじゃ?弓を取っては百発百中、剣を取っては並ぶ者無し、モンゴルマとはワシの事じゃ!!」
あっ、間違いない。この人、犬獣人族の長老さんだ。声に聞き覚えがあるし、名前も聞いた事あるし…。だけど、謎の強弓使いと言いながら本名名乗っちゃったよ…、そんな事を思っていると…。
「ちょ、長老、やはりお諦め下さい。坊やが困惑しておりますッ!」
「なっ、何を言うか!いつ、何が起こるか分からぬから備えるのが護衛じゃろうがっ!それゆえワシもついていくのじゃ!」
「分かりますがッ!万が一にも御身に何かあっては…!」
ラメンマさんたち三人はなんとか長老さんを思い留まらせようとしているが、長老さんは頑として聞き入れず揉み合いになっている。
そこにイブさんと護衛のナジナさんとウォズマさんがやってきた。今日は一緒に歩いて冒険者ギルドに向かう事にしていた。
「兄ちゃん、どうなってンだ?コレ?」
目の前で繰り広げられている出来事にさすがのナジナさんも困惑している。
「よく分かりませんが、今日の護衛に加えろと長老さんが…」
しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。なにしろ冒険者ギルドではパンを待つ人がいるのだ。
「長老ッ、お歳をッ!お歳をお考え下されッ!」
「何を言うか、若造どもが!!ワシの弓はッ、刃は老いぬッ!!見ておれいッ!」
そう言うと長老さんはもの凄く大きい弓をブンブンと振り回し始めた。
「おおっ、こりゃあスゲえ!」
ナジナさんが近寄ってよく見物しようとする。
「まだまだ!これからじゃあっ!」
そんなナジナさんの様子に気を良くしたのか、長老さんはさらに大きな動作で相撲の弓取り式をアクロバティックにしたような感じで動作を大きく、そして激しくしていく。
手で器用に回転させつつ腕を使って前後左右に振り回す。ちょっとした旋風を巻き起こしながらその速さを増していく。
「うおっ!危ねえっ!」
近付いて見物していたナジナさんが大きく振り回す弓に当たりそうになり素早く飛び退く。
「どうじゃあっ!あの『とんこつらめえぇぇ!?ん」を食べるようになってからワシはこの通り若返ったのじゃ!ワシはまだ齢八十ッ、これなら百まで弓を握っておれるわい!!」
えっ、八十歳!?八十歳であんなにパワフルなの?
「だいたいなんじゃ、お前たちッ!?その…報酬の『とんこつらめえぇぇ!?ん』五個っていうのは!?それをワシに知らせんでッ!ズルいぞッ、それがあればワシも朝も夜もとんこつ『らめえぇぇ!?ん』食べ放題じゃ!』
ん?なんか雲行きが怪しくなってきたぞ…。そう言えば、僕の護衛につく人はエルフの妹弟パーティもミケさんたち猫獣人族パーティも…。ラメンマさんにしてもそうだ、報酬を金銭ではなく現物支給を求める人しかいないぞ…。
エルフパーティならジャムとかゼリー、ミケさんたちは干物とかかつおぶし。ラメンマさんはとんこつラーメン…。スーパーで仕入れて来れる僕には数百円から高くても千円ちょっとだ。金銭的負担が少ないので僕にはありがたいと言えばありがたいけど…。
「も、もしかして長老さんは『とんこつらめえぇぇ!?ん』が欲しくて?」
僕がそう声をかけると長老さんはピタリと動きを止め、コクンと頷いた。凄く分かりやすい。
確かに長老さん本人が言う通りその力強さをはじめとして頼りになると思う。八十歳…、だけどこれだけの動きを見せられたら…。間違いない、凄く身体能力が高い。
「分かりました、モンゴルマさん。ここと冒険者ギルドの往復での護衛ですがよろしくお願いします。備えあれば憂いなし、目に見えぬ危険に備えるには腕の立つ方がいた方が心強い。ぜひ護衛に加わって下さい」
「う、うむ。うむッ!さすが坊やは分かっておるのう!」
満足気に頷いている長老、覆面をしているがきっと嬉しそうな表情をしている事だろう。
意外だったのは長老さんのこんな悪目立ちとしか言い様がない格好が意外な事に奇異の目で見られなかった事だ。
どうやら異世界は人族だけでなく様々な種族が暮らしているのと、エルフ族をはじめとして長命な種族もいるので様々な年齢層や生活習慣もあるようで今回のように目立つ格好をしていても町の皆さんは見事にスルーしていた。
そう言えば僕の服装も異世界の一般的な服装とはまったく異なる。それに奇異の目を向けられた事は確かに無いような気がする。
そんな様々な種族や文化が入り混じる異世界、その懐の深さと言うかスルー性能と言うか…それらをありがたく思う僕であった。




