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第205話 個人向け販売と企業向け販売


 到着した二台の馬車。


 一台からはヒョイさんとミミさん、そして帯剣したシルフィさんが降りて来た。剣を持っているからには護衛としての意味もあるのだろうか。

 三人を降ろした後、馬車はこの場所を後にした。おそらくは社交場に戻り他の兎獣人族(パニガーレ)の皆さんを乗せてくるのかも知れない。ミミさんは『今は何もしない』と言って精霊たちが集まっているブルーシートの方に向かい、精霊たちの姿を眺めている。少なくとも商談に参加する様子は無さそうだ。


 片やもう一台の馬車からはナジナさん、ウォズマさん、そして雑貨屋のノームのお爺さんが降りてきた。そしてイブさんは…と言えばなんと自ら御者(ぎょしゃ)をしていた。自分で出来る事は自分でやる、余計なお金を使わないというのがネネトルネ家の家訓であるらしい。

 ノームのお爺さんは早々と今日は店じまいしてこちらに来たと言う。宴会に来るという目的もあったが、その他に取引の話をしたいようだった。



 まずは今回の主目的、ヒョイさんとイブさんとの話し合いをしていく。イブさんがこの町に来た最大の目的、それは僕の持って来た香辛料であるとは聞いていた。

 そこでまずは胡椒(こしょう)などの香辛料、そして塩や砂糖。さらには焼肉用の揉みダレについて話をしていく。


「この『もみだれ(揉みダレ)』はいったいどんな秘伝の調味料なのでしょうか…、あらゆる旨味が込められています…。もはやこれは単に調味料を合わせただけではない。霊薬(エリクサー)を作り出す錬金術師…、まさに秘薬調合のようなもの…」


 何やらヒョイさんが唸っている。イブさんも同様だ。香辛料や塩、砂糖についても賞賛していたが特にこの揉みダレを特に強く賞賛していた。


 他にはジャム、そして酒類。丁度エルフ族のシルフィさんが横にいるので、僕のジャムの品質について説明してくれた。この異世界にも元々ジャムはある。通称エルフのジャム…、町中での流通価格は小瓶一つで金貨一枚(日本円で十万円)を超える事もあるらしい。とんでもない高級品だ。


 一言で言えばエルフのジャムいくつもの果物を原料にするのでそれぞれの良さを取り入れた重厚な甘さが特徴。しかし、材料が多く長時間煮詰めて作る為に新鮮さが失われてしまう。

 反対に僕の持ち込んだジャムはイチゴならイチゴのみを使ったものだ。エルフのジャムが数日かけて作るのに対しそこまで時間をかけないのでイチゴジャム…ここでは『おとめのジャム』と命名しているがその風味の鮮烈さはエルフのジャムには無いものだと言う。


「これがイチゴジャム…、ブルーベリー…、最後にマーマレードですね」


「に、兄ちゃん…。『おとめのジャム』だけではなく、ち…違う種類のジャムまで…」


「相棒、護衛中だ。今は集中する時だ」


「あ、ああ…」


 三種類のジャムを取り出して瓶のフタを開けていると、色とりどりのジャムから目が離せないといった感じでナジナさんが身を乗り出したのだが、ウォズマさんがたしなめていた。


 ノームのお爺さんは辛党(からとう)のようでジャムの試食は遠慮するようだ。そこでマオンさんとシルフィさんを加えたテーブルに着いた四人に軽く試食をしてもらう。目の前に好物の甘いものがあるのに食べられないのでナジナさんはもはや泣きそうな表情、まあ商談が終われば食べるチャンスはある。


「これはウチの社交場(サロン)で是非扱いたいですな、ご婦人方がこぞって押し掛けてくるのが目に浮かびます」

「わ、私たちも…。お、王都で、か、必ずや買い手が…」


 あ…、そう言えば…スーパーのジャムのコーナーには他にもパンに塗れるものがあったなあ。


「あと二つほどジャム…ではないのですがいずれ日を改めてご紹介したいものがあります。皆さん、商談中ちょっとすいません。あの、ウォズマさん」


「ん、どうしたんだい?ゲンタ君」


 僕は商談を一度小休止してウォズマさんに話しかけた。


「以前…、初めて皆さんとここで宴会した時に黒い粒々が入った焼菓子(クッキー)をお渡ししたのを覚えていらっしゃいますか?」


 もちろんとウォズマさんが応じた。お土産で手渡したチョコレートクッキーの事だ。


「その時にこのクッキーと同じようなパンがあったら食べてみたいか聞いたら頷いでいたのですが…。ちょっと用意出来ずにいました。そこで考えたんですが、あの黒くて堅い粒々をジャムのように柔らかく半練(はんね)りにすればパンに塗って食べられるなあと思い付いたんです。近いうちに用意出来ると思いますので、その時はアリスちゃんに」


「に、兄ちゃんッ!あっ、あれ以外にもまだ他のジャムがあるのかッ!どっ、どんなジャムなんだ!?」


「うわっ!ナ、ナジナさん!」


 凄い勢いで質問してくるナジナさんに僕は思わずたじろいだが、


「えっと…、おとめのジャムのような甘酸っぱい果実を煮詰めるのではなくて、堅果(ナッツ)などをすりつぶして練ったものを熱を加えながら味を整えたものです。その二種類のうち一つがあの黒い粒々を半練りにしたものなので味の想像はつくかなと思います」


「おおっ!あ、あれか…」


 どうやらナジナさんは納得したのか前に乗り出していた身を元に戻していた。


 僕が持って来ようと考えたのが、スーパーのジャムが並ぶ棚の隣にある事が多いチョコレートクリームだ。ちなみにもう一種類はピーナッツクリームにしようと考えている。

 もっとも好き嫌いが分かれそうだから、今日まで買うのを躊躇(ためら)っていた部分もあるが…。


 イブさんとしてもすぐに商都に戻るという訳ではないようで、商会も他の一族の人がそれぞれ持ち場を守っているとの事。なんでもこのミーンを訪れたのは僕がお目当てだそうで…。


 とりあえず決まったのはジャムや酒などヒョイさんの社交場(サロン)で口に出来る物は基本的に売らない。それらの品物は商都などミーン以外の場所で売る。元々、ネネトルネ商会としてミーンの町に持ち込んでいるものもある。それらを売る必要がおる為、何でもかんでもミーンの町で仕入れる訳ではない。


 ただ一つ意外だったのは塩…、コレを大量に購入したいらしい。香辛料は高値がつくから仕入れたいだろうなというのは予想していたが、塩をそこまで大量に欲しいと言われるとは思わなかった。


 ミーンで販売もするし、他の町でも売りたいらしい。この町でも売りたいのは、冒険者ギルドから少し離れた場所に店を構えれば、ギルドの客を奪う可能性は少なくなるし塩を買いに来た人が他の商品を買って行ってくれるのではないかと考えたそうだ。


 大量に…、どうするか…、それこそ求められているのは100キロどころじゃない。何回かに分ければ運べなくはないが手間がかかる。

 今みたいにスーパーで1キロずつ買うとなると大変だ。何往復もする必要があるしなかなか苦労しそうだ。何か手を考えなくてはならない。


 ちなみに雑貨屋のお爺さんが来た理由も同じで、自動販売機と塩を置かせてくれないかと言う。これに関してはガントンさんたちが絡む問題でもあるのでそこは要相談。塩の納品については問題ないと回答する。


 今まで僕は商品を個人向け販売だけだった。それが今やヒョイさんの社交場(サロン)、イブさんが属するネネトルネ商会…共に複数の町に店を構えるような大店(おおだな)だ。しかも、ミーンの商業組合(しょうぎょうギルド)に属していないというところも良い。

 イブさんにしてもナジナさんかウォズマさんから聞いていたのだろうかあえて加入はせず、それどころか立ち寄る事もせず今後もそのつもりはないらしい。それだけ僕の顔を立ててくれているという事だろう。


 そんな人たちが商品を求めて声をかけてきてくれる。やはり日本のスーパーで売っている商品は偉大だ。いずれパン以外の主食になるものも売れたら良いなと考えている。


 あと意外に関心を集めたのがキャンディ…、というかドロップ。


「○○子、それドロップやない!」


 飢餓のあまりドロップと見間違えておはじきを口に含んだ妹に対してお兄ちゃんが慌てて言ったセリフで有名な缶入りのドロップだ。


 色によって味が変わり黄色ならレモン、オレンジ色なら文字通りオレンジ。白は薄荷(ハッカ)で茶色はチョコ味である。


「色によって味が違いますのでそれぞれお楽しみください」


 そんな風に紹介したらこれに関しても仕入れたいとの事、やはりそれだけ甘いものや果物の風味というのは貴重なのだろう。

 様々な果物の味を楽しめるとあってシルフィさんや護衛についてくれているセフィラさんたちエルフの皆さんが興味深々のようである。ついでに言えばナジナさんも…、おそらく商談が終わった瞬間に僕に猛然と突進(チャージ)してくるだろう。


 だいたい一通りの商談も終わった。あとは香辛料(スパイス)を実際に使ってみて胡椒やナツメグなどの特徴を感じてもらえば良いかと考える。琥珀酒(ウィスキー)をはじめとして酒類も飲みながら良し悪しを判じてもらえば良いだろう。


 商談を切り上げると太陽の傾き具合からもうそろそろ王子(プリンス)(とき)(午後五時頃)。後は歓迎の意を込め宴会だ、親睦を深めよう。


 あと意外とこういう時にこの商談では話題に上らなかったけど、新たなニーズを発見出来たりするものだ。あるいは何でもなかった商品が売り方を工夫したり、本来とは違う使い方をする事でヒット商品になる場合もある。

 それ以外にもヒョイさんのように知恵や力を借りたりする場合もある。人間関係(ひとづきあい)は大事だ。


「仕事の話、終わった?」


 唐突にミミさんの声がした。


「あっ、はい。ミミさん…あれ?」


 声はすれどもミミさんの姿は無い。


「…ここにいる」


 にゅっ!!突然テーブルの下から長い兎の耳が現れる。当然その下にはミミさんの顔がある訳で…。彼女はいつの間にかテーブルの下、僕の足の間に移動していた。


「う、うわっ!ミ、ミミさん、『また』そんな所から」


「そう、ここはゲンタのお『(また)』の間…」


「そ、そういう事を言ってるんじゃなくてッ!!」


 僕は慌てて腰を引く。いきなりの展開にてんやわんやしていたら後続の馬車が到着して兎獣人族(パニガーレ)の子たちやメルジーナさんが降りて来た。たちまち庭先が賑やかになる。


 よし、急いで食事の準備をしよう。僕は(かまど)の方に向かう。もっとも参加者の半数以上は兎獣人族の子たちだ、人参を使ったメニューが多い。もちろん肉も用意するけど…。


 下ごしらえしておいた人参を牛酪甘煮(グラッセ)に、そして他の具材と合わせクリームシチューを作る。僕の横にはマオンさんにシルフィさん、そしてメルジーナさんが料理を手伝ってくれている。


 今日はおよそ四十人くらいの人が飲み食いする大宴会だ。忙しくなるだろう。


「みんな、力を貸して」


 僕はサクヤたち四人の精霊に呼びかけた。


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