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第196話 『塩商人』ブド・ライアーの新たな販路


「馬鹿なッ!!なんだって言うんだ、クソがッ!!」


 ブド・ライアー商会は固く門を閉め、自室で息を潜めるようにしていた。下手に店を開ければ町衆が雪崩れ込んで来るかも知れない、そんな恐怖があったからだ。


 最初はそれでも店を開けようとした。しかし気の早い商家の主人や騎士などがカレー目当てで訪れたもののこれは偽物だと即座に席を立っていった。

 有象無象(うぞうむぞう)な町の衆ならばともかく、商家の主人や騎士が客である。その言葉を無視する事は出来ない。下げたくもない頭を下げブド・ライアーは商会の門を閉ざした。


 だが、自室に戻ったブド・ライアーの機嫌がそれで戻る訳がない。何もかもが面白くない、カレーを売って大儲けする筈が偽物を売ったと騒ぎになり暴徒と化した町衆に足蹴にされた商会の建物は損傷した箇所もある。

 それに大量に作った香辛料入りのスープが無駄になった。香辛料は高い、その原価だけでも安くはないのだ


「ブド・ライアー様、昨日の報告が上がってきております」


 昨日分の売上をはじめとして様々な報告をする為に使用人が声をかける。


「今日はやらなくていい!!木板(もくはん)を置いておけ」


「はっ!」


 ブド・ライアーの机に報告する内容が記載された木板を置いてブド・ライアー以外の者が部屋から退出していく。椅子に座ったまま手に取る事もなく一番上の木板を見る。昨日の売上がまとめられている。


 商会の収入の柱であった塩の売上がまた下がっている。冒険者ギルドで例の塩が発売された当初はひどいものだった。日を追うごとにガクンガクンと急な下り階段を転げ落ちるがごとく売り上げが下がっていたのだ。

 今現在はそんなひどい転落劇ではなく緩やかな下降曲線になっていった。だが下げ止まりのようなものではない。

 もう塩の売上は下がりに下がりきり、現在の塩の売上はガクンと落ちるような額ではすでになくなっていたのだ。少なくとも町で一、二を争うような大商会…そんな立場ではなくなっていた。


 それでもまだ商会としての体面をかろうじて保っていられたのは塩以外の商品を扱っていた事、そして原価を極端に抑える仕入れ方法による利益率の高さ…それが商会を支えていた。


 投げやりな気持ちでブド・ライアーは各種報告が記載された二枚目以降の木板に目を通していく。そして次々に目を通し終わった木板を小さな子供が遊び飽きた玩具を放り出すかのようにぽんぽんと手放していく。


 何枚目かの木板を手に取った時、ブド・ライアーの木板を放り投げる手が止まった。そして書かれた内容に目を走らせる。


「そーだよ、コレがあったじゃねーか!世の中捨てたモンじゃねーな、まだまだ俺には運が有るじゃねーかよォ!」


 先程までの不機嫌な様子から一転してブド・ライアーは笑みを浮かべた。ニヤリ…というような形容がよく似合う、何かを企むようなそれであった。そして、手代(てだい)たちを大声で呼びつけた。



「すぐに店を開けろ!そうだ、今すぐにだ!そして店頭に商品を山と積め!それと店の周りを掃き清めろ!」


 ブド・ライアーは次々と指示を出す。


「あと、店の周囲を確認だ!馬鹿どもが蹴飛ばしたりして穴が空いたところには前に何か適当な物でも置いて誤魔化せ!決して弱みを見せるンじゃねーぞ!!」


 何か希望でもあるのか、ブド・ライアーの瞳には意思の光が宿っている。


「ど、どうされたのですか?急に…」


 使用人の一人が主人(あるじ)に尋ねる。そんな問いにブド・ライアーは一枚の木板を見せた。


「コレだ!新たな販路が向こうから飛び込んで来やがったのさ」


 使用人が目にした木板にはネネトルネ商会がここミーンの町にやって来る事が書かれていた。予想では今日の昼過ぎ…くらいに到着するとの事。そうなると、あと一刻(いっとき)かニ(ふたとき)くらいだろうか…。

 しかし使用人は確かに新たな取引相手となるかも知れないが、そこまで喜ぶ事だろうかと感じていた。


「分からねーって顔してるよな?確かにコレだけ見りゃーそうだ」


 余程ブド・ライアーは上機嫌なのか話を続けた。


「俺はよー、こんな情報を掴んでいるんだ。ネネトルネ商会は香辛料を目当てにこの町に来てる…。ってなあ」


 にやあ…、そんな笑みを浮かべる。実にいやらしい表情だ。


「王都でも商都でも店を構えるネネトルネ商会だが香辛料は扱っちゃいねー。王室御用達(おうしつごようたし)でもあるのによー、香辛料の取り扱いは()ー訳だ。せっかく王室とコネがあるのに高値で売れる香辛料が無えのは残念だよなあ?さて、大して目立つ名物も無えこの町に香辛料を探しに来た…どこを訪ねるかは分かるよなあ?」


「なるほど!それで我らが商会にッ!」


 そんな声を上げた使用人にブド・ライアーは満足気に頷く。


「そうだ…。ここミーンで香辛料を扱う商会はウチだけだ。町に着いて宿決めをして落ち着いたら次に向かうとすれば商業組合(しょうぎょうギルド)、そしてこのブド・ライアー商会だろう?だとすれば、俺らがやっとく事は何だ?」


「……、ネネトルネ商会をお迎えする準備でしょうか?」


 ハァ…とため息をついてブド・ライアーはやれやれとばかりに首を振る。


「分かってねーなー、お前。客じゃねーんだよ、ただの物を売る相手だ。だから『お迎え』なんて言葉はいらねー、待ち受けるくらいで()ーんだよ。あんまり下手に出ると値段も高く付けづれー事になる。そもそも香辛料が欲しいのはアッチだろ?だったら頼み込んで来させるくらいで良ーんだよ。それに分からせねーとなあ、アタマ下げンのがどっちだって事もよォォ!だから、少しでもこっちが弱ってる事を知られンのは面白くねー訳だ。ホレ、分かったら準備をしてこい!」


 そう言って使用人を走らせる。


「さて…コレでいつ来たって大丈夫って訳だ。いつでも良ーぜ、コッチはよォ!」


 そう言って自室の椅子にどっかりと座り、来訪者を待ち受ける。


 しかし、いくら待とうとネネトルネ商会が訪ねてこない。時は過ぎていく、日が傾き始め夕闇が濃くなっていく。


「まあ…大商会が相手だからな。商業組合(しょうぎょうギルド)が派手に歓迎して引き止めてるのかも知れねー」


 そんな風に言って楽観視していた。夕闇はいよいよ濃くなり、夜と言われる時間帯になった。時は王女(プリンセス)(とき)(午後七時)を過ぎた、一般的にこれより後の時間に訪問と言うのは常識的にはない。

 会食しながら…と言うのであれば話は別だが、そんな約束(アポイントメント)は無い。


 ブド・ライアーは内心焦り始める、まさか来ないのかと。いや、聞いた事がある、外交で会談する為に約束の時間よりわざと遅れていく話を。

 こうする事により先に会談場所にいる側は待つ事になる、必然的に後から来る側を出迎える事になる。そして待たせた側は悠然と現れる、出迎えご苦労とばかりに歓迎された側として言外に喧伝するのである。


 ロシアの某大統領も遅刻魔として有名である。そして出迎えられた側、本来対等に始めるべき会談を一段上の立場で始める雰囲気を作り交渉を始めるのである。

 もちろん国益がかかっている為、そんな事で結果が変わる訳が無いと思いたいところだがコレが意外と馬鹿にならない。国益は利益の追求だが、それを交渉するのは人間だ。精神的な事が関わってくる。

 何もお行儀良くする必要は無いのだ。記者がいるタイミングでだけ笑顔で握手を交わし、退出した後は好き勝手やれば良い。いや、むしろ記者がいてもテーブルの上は笑顔、その下では相手の向こう(ずね)でも蹴飛ばしていればいい。外交とは銃弾を飛ばさない戦争だ、あらゆる要素を持ち出して相手の利益を奪うのだ。


 そういう事か…、現れない待ち人を焦れる思いで待つブド・ライアー。部下たちは来ないんじゃないかと薄々予想していたが、ブド・ライアーから店を閉める指示がない。ゆえに店を開けたままだ。


 そして貴族(ノーブル)(とき)(午後九時)、さすがにブド・ライアーも諦め店を閉める指示を出した。

 その日ブド・ライアー商会を訪れたのは日付が変わった頃にいたカレー目当ての町衆と、暴徒と化した彼らを取り締まりに来た兵士たち、夜が明けてからやってきた招待を受けた上客のみで他に訪れた者はいなかったという。


 ブド・ライアーが閉店の指示を出した頃…、イブ・ネネトルネはゲンタと会談していた。少なくとも彼女はブド・ライアーを訪問する価値は見出していなかったようである。

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― 新着の感想 ―
[一言] ブド・ライアー引っ張りすぎだろもう退場しろよ、飽きた
[一言] あ……ネネ、トルネ商店か! 今ようやく元ネタ理解しました。 奥さんのお弁当持って、金庫取りにいきませう!
2021/06/07 18:47 退会済み
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