第150話 勝利の女神たち(集団)
ま、ち、ぶ、せ!
「こっ、この『やきそば』という食べ物、なんという…なんと奥深いものなのだ!!」
いつもの飄々(ひょうひょう)とした好々爺スタイルのヒョイオ・ヒョイさんだがいつものような口ぶりではなく、何か一つ一つの要素を吟味していく厳格な食通のような雰囲気だ。
「ヒョイおじさん、おいしいのは分かるけどそんなに凄いの?」
兎獣人族の一人がヒョイさんに質問した。
「ああ、ああ。凄いんだよ、レミ。この『やきそば』という食べ物はね一見するとざっかけない庶民が口にする食べ物に見えるだろう?」
「うん、おじさん」
「だが、入っている一つ一つの材料を見てごらん。まずは人参…、熱を通してより甘みが活性化している。そしてこの葉物野菜、これも口当たり良く野菜本来の甘みを醸し出している。肉は普通の猪肉のようだが…」
「これも違うの?おじさん」
「あお、そうだよ。これには香辛料が使われている。そのおかげで野生の獣肉の嫌な臭いがしないだろう?この香辛料を軽く一振りだけでも銀片の2、3枚は飛んでいってしまうだろうね」
ごくり…、レミと呼ばれた兎獣人族の少女が思わずといった感じで喉を鳴らした。
「その下ごしらえもあって嫌な臭いは抑えられ、代わりに花のような甘い香りと刺激的な胡椒の香りがする…」
「胡椒ってあの黒胡椒?砂金とかと交換されるって言う…」
「よく知ってるねえ、レミは。でも、これは黒胡椒に似ているけど違うものなんだよ」
「えっ!そうなの?」
「おそらく…。だが、私にはそれが分からない。ゲンタさん、これはッ?」
「えっ!?」
そこには焼きそばを焼いてる真っ最中、死に物狂いで鉄板に向かう僕…ゲンタの姿があった。
□
冒険者ギルドの人たちや、ヒョイさんたち劇場の関係者さんら僕の顔見知り…、雑貨屋のノームのお爺さんも自前の酒瓶や敷き物を持ってやって来た。
ノームのお爺さんはすぐガントンさんらの酒盛りに合流、焼きそば片手に飲み始める。
今、屋台の周りには冒険者ギルドの受付嬢の三人が加わり、焼きそばをガンガン焼いているところだ。マオンさんは現在休憩中、代わりにマニィさんが見様見真似で焼きそばを焼いている。
元々威勢の良いタイプのマニィさんだ、その姿はなかなかに様になっている。僕とマニィさんが焼き方のツートップになり、フェミさんとダン君がが盛り付けのサポート。会計はシルフィさんに、ギュリちゃんには野菜の切り出しをしてもらう。
焼きそばの麺は何回にも分けて運び込んである。昼の部は麺100キロ、700人前を予定している。具もたくさん入っているからそれなりに量もある。それをひたすら焼いている。
そして、同時進行で作っているものもある。屋台営業、何があるか分からないから使いそうな具材を少し余分に持って来ている。
ゴロナーゴさんの所に刺身を持って行った時に使った冷蔵機能のある荷車、そこに入れた秘密兵器その1が出番を迎える。
まあ、もっとも売る為の物ではない、わざわざ来てくれたヒョイさんたちをもてなす為の物である。出来上がったのでミミさんを呼ぶ。
「ミミさん」
「何?」
「ゆっくり弱火で煮る必要があるんで時間がかかったけど…、人参の牛酪甘煮です」
「ふおおおぉぉ〜」
両手鍋いっぱいのグラッセにミミさんが目を輝かせる。
「分かった、ゲンタ」
「え、どうしたんですか?」
「結納の品、確かに受け取った」
「違いますからね、皆さんでお召し上がり下さい」
焼きそばを焼く手を止めずに僕は返答えた。
「いつか…私だけに…」
「あっ、フェミさん。焼き上がりましたッ!」
「分かりましたぁ」
そう言って鉄板の端に焼きそばを寄せた。フェミさんが紙皿に盛り付けていく。
あれ?そういえば、今ミミさん何か言いかけなかったっけ?
「すいませんッ、ミミさん。今何か…」
「何でもない…」
そう言うとミミさんは鍋つかみを使ってキャロットグラッセいっぱいの両手鍋をヒョイさんたちの方へ向かった。たちまち兎獣人族の輪から歓声が上がる。きゃっきゃっ、華やかな女の子たちの声。
「わたしきっと…」
小さな声だけど、しっかりと聞こえた。周りは焼きそばを作り売る声、それを食べて盛り上がる声。そんな中で聞こえたミミさんの声。
「あなたをふりむかせる」
僕は思わず彼女の方を見た。重なり合う視線、紅い瞳がまっすぐに僕を見つめていた。
□
色々あった気がする。だけど開店してから二時間半少々、予定の700食を完売した。前回の焼きそばは大体これぐらいを一日で販売したのだから、倍以上のペースで売った事になる。
『ひるのやきそばはうりきれました。ありがとうございました』
(昼の焼きそばは売り切れました。ありがとうございました)
いつものレポート用紙に完売御礼の張り紙をした。
完売の理由…、もちろん前回の焼きそばを食べた人たちの評判が良かった為に人々が先を競って来ていたというのがある。そして、もう一つが…。
「おいしーいっ!」
「甘くてとろーり!」
「旦那様の手料理、美味しいですわ!」
僕のすぐ横のスペースで敷き物の上に座ってキャロットグラッセをつまむ兎獣人族の少女たち。そして女人魚族のメルジーナさん。
総勢21名の美少女美女軍団。キャッキャ、ウフフ、なんだろう…ここだけ雰囲気が違う。当然それは僕だけが感じるものではなく…。
「お、おい。あれ…歌姫メルジーナだろう?」
「他にも兎獣人族の娘たちがあんなに!」
「す、凄え、あそこだけ世界が違う…」
彼女たちを遠目に眺めている男たちの驚きの声多数。彼女たちが焼きそばやキャロットグラッセを食べているのを見て、焼きそば目当てじゃなかった人も焼きそばを買う事を決めたりする人。あるいは何とか彼女たちに声を掛けるきっかけにならないかと焼きそばを買う人たち。まさに彼女たちは華であった。
その華が魅力的であればある程、男という名の蜜蜂は蜜に群がり集まるものだ。かつてジュリアナというバブル景気を象徴する場所として知られるそこは女性の入場料を無料とした。女性が来れば男は集まる。
彼女たちがただそこにいるだけで目を引き、行列が行列を呼んでいく。まさに勝利の女神たち(集団)に微笑まれた僕たちであった。
ミミさん、ガチ惚れのお知らせ。




