第138話 呼び覚ませ獣性!らめえぇぇ!?の話、おかわり(後編)
「その古傷が…これだ…」
ラメンマさんが左側頭部の髪をかきあげる。
そこには一筋の…何かが引っかき、えぐれたような傷があった。
「俺は…、運、良かった…」
ラメンマさんによれば剣爪牙熊の最後の一撃は、ラメンマさんがかろうじてかする程度の距離まで身を引く事が出来た事で致命傷は避けられた。しかし、そこは鉄をも引き裂く剣爪牙熊の爪。
皮膚はおろか頭蓋骨さえ一部を抉り、一時は命が危なかったとの事。幸いな事に狼煙を上げていた事で、獲物を回収する為の仲間がやってきて気を失い血を流していたラメンマさんを町に手遅れになる前に運び込む事が出来たという。
だが、それ以来ラメンマさんは何かが壊れたかのように獣性を露わにする事…、つまり犬のような姿になる事が出来なくなり聴力や嗅覚を高めたりする事が出来なくなってしまったのだという。
幸い経験や知識は豊富で弓の腕もそこまで鈍らなかった為、狩猟士としての職を失う事は無かった。しかしながら、剣爪牙熊のような大物を単身で狩猟するというような事は出来なくなったと言う。
「そんな事が…」
僕はそう呟くのがやっとだった。
「ああ…。だが、この『らめえぇぇ!?ん』…、食べた。鳥を…、丸々食べたような、感覚…した。俺…、何か…忘れた、獣性…取り戻せるかも知れない」
「ラメンマさん…」
犬獣人族として本来の姿になれないのはどんなに辛い事だろう。狩猟士として大切な研ぎ澄まされた聴覚や嗅覚を用いる事が出来ないのはどんなに大変な事だろう。
「その…『らめえぇぇ!?ん』、違う…。もっと…、深く…心…訴えてくる。…俺、それを…」
「分かりました」
そう言って僕はラメンマさんの器に何回かラーメンのスープをすくって移し、彼にどうぞと勧めた。
彼はそれを両手で持ち、ゆっくりと口に運んだ。ずずっ…、スープを啜る音…。この異世界でも食事中に音を立てるのは基本的に無作法、マナー違反とされている。
だが、僕は気にもならなかった。
本当にお腹が空いた時、喉が渇いている時に格好なんか気にしないだろう。少なくともその飢えや渇きが癒されるまでは。
確かに彼は鶏ラーメンを食べたばかりだ、空腹の状態ではない。
しかし、心はどうだ?
三年間、種族としての真の姿に戻る事が出来なかったラメンマさん。きっと欲していたのだろう、心の底から。
だから今、彼は飢えているのと同じだ。音を立ててスープを啜る事に何の疑問もない。
ことっ。ラメンマさんは木製のスープ皿をテーブルに置いた。
「…こ、これだ…!」
丸太椅子からゆっくりと立ち上がり、先程まで器を持っていた両手の平を見つめラメンマさんが呟く。ぶるぶると身震いを、歓喜のような雰囲気を漂わせて…。
「この骨髄の臭い…」
野生的な顔に笑みが…わずかに浮かぶ。
「久々に獣性を取り戻せる気がしてきたぜ!!」
ぞわぞわぞわっ!髪がより荒々しく波打ちワイルドな印象がより強まる。そして骨格そのものが変化していくように顔が犬のそれに近付いていく。
「部分獣化ッ!ラメンマッ、お前!?」
ナジナさんが叫んだ。
…部分獣化。
一見、普通の人間が満月を見た途端に狼男に姿を変える…、ホラー映画によくある場面のような変身劇が目の前で起こった。ラメンマさんは犬獣人族だけれど。
その獣人族の特徴を身体的に具現化させる事で、ラメンマさんの場合には感覚の鋭敏化、身体能力の強化が起こるらしい。
その当のラメンマさんは手を握ったり開いたり自分の体の状態をチェックしている。そして、一つ大きな声で
「あおぉぉぉ〜んッ!!」
夜、月に向かって吠える犬のように遠吠えをする。
「ラ、ラメンマさんが…」
「ゲンタ…、獣化したよ!!」
驚いたようでマオンさんが僕の服をギュッと掴む。
そして、ギルドの外に向けて駆け出して行ってしまった。それも凄まじい速さで。
「オイオイ、アイツ大丈夫かぁ」
これはナジナさんの声。確かにちょっと心配。僕たちは後を追いかける。
だが、そんな心配は杞憂に終わる。
ラメンマさんはギルドの扉を開けたすぐ前の道でわなわなと震え、全身で喜びを表している。夕方の町並み、気の速い夕月が空に上りかけているのを背景に、より深い獣化をしている。
顔つきはより犬のように、そしてはだけさせた胸元まで獣毛に覆われている。そして、先程よりさらにでかい声で咆哮く。
「感謝する、坊や…。星の数ほど感謝するぜ。取り戻した…、いや!」
ニィッ!野生的な犬の口元が笑顔に歪む。
「それ以上だ!より深く獣化できたようだ…」
「ラメンマさん、良かった…」
まさにハッピーエンド!商売やってて良かったと思った。しかし、そこに水を差す奴が一人現れた。
「見ィつけたぜぇ…」
その声に僕らは振り返る。
「見つけたぜ!このクソ野郎が!」
そこには腰からナイフを抜いた出来損ない…、ギリアムがいたのだった。
《次回予告》
現れたのは凶器を持って今にも襲い掛かろうとしているギリアム。ゲンタに、そしてマオンに危険が迫る!!…という事は無かった。なんせここには前回ギリアムを叩きのめしたマニィをはじめとして腕利きたちがずらりといるのだ。万に一つの勝ち目が出来損ないにある訳がなかった。
次回『異世界産物記』第139話。『出来損ない』の襲撃その2。復活のR。作者はオーバーキルに気を付けよう、ざまあ回です。お楽しみに。
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