第119話 小さな大援軍
「なになに…?おっ、おい…兄ちゃん!今日の昼間に広場で店を開くのか?」
今朝も冒険者ギルド内のパンの購入の為に先頭に並んでいたナジナさんが、販売スペースの横に立て掛けた板に貼られていた紙を見て興味深そうに質問いてきた。
そこにはレポート用紙に黒の太マジックで書いた『きょうのひるまから、ひろばにてやたいをだします。めずらしいりょうりですので、ぜひみなさんきてください』というメッセージ。
「珍しい料理か…、それはどんな物なんだろう?」
ナジナさんの隣にいたウォズマさんもまた興味があるようだ。
「へっへっへ、ウォズマのダンナ。ありゃあスゲエぜ!」
「あんなの初めて食べましたぁ」
「お、おい…。お前ら…。も、もしかしてその珍しい料理ってヤツ…もう食ったって事か?」
心底羨ましそうな顔でナジナさんがマニィさんたちを見ている。しかし、次の瞬間…、
「だが、昼には食える!ちっと早めに仕事を切り上げて広場に戻るぜ、相棒!」
「仕方ないな…」
「お、俺も坊やの作るメシ…、食いてェぜ!」
「俺も!」「俺もだ!」
次々と他の冒険者たちも声を上げた。
「よしッ!ならいっちょ今からササッと行くか!?」
「応ッ!行かいでかッ!」
「この朝っぱらから狩るのに良い獲物っつうと…」
「大蛇蜥蜴か?昨夜は冷え込んだし、今朝は曇がちだ。暖かくなる前ならヤツらも動きが鈍いッ!」
「なら、急ぐぜ!食いながらでも移動は出来るって!」
「よしッ、お前ら!用意は良いか!?」
「おうっ!一狩猟行こうぜ!」
そう言うとナジナさんをはじめとして二十人くらいがパンをかじりながら時間を惜しむかのように早足でギルドを後にした。即興の大集団を作り狩場へと向かっていく。
彼らが口にしていた大蛇蜥蜴は文字通り大蛇と蜥蜴が合わさったようなものらしい。蛇のように這いずる事もあるから摩擦に強くかなり丈夫。ブーツや鞄の素材として有用なのだそうだ。弓を扱う冒険者や狩人、軽装で戦う者の中にはこの大蛇蜥蜴の革で作った革鎧を使う者も少なくはない。
そんな彼らを見送り、パンの販売を完了させ僕とマオンさんは出店を開く為に広場へと向かったのだった。
□
その頃…。
広場の中央部ではブド・ライアーが色々と指示を出していた。
本来、一個人または一団体で一つの出店スペースしか与えられないのだがブド・ライアーはこのイベントの管理を委託されている商業ギルドに手を回し二店舗分のスペースを押さえた。
本来ならばその二店舗目のスペースは冒険者ギルドが使うはずだったスペースである。
ブド・ライアーが押さえた二つの出店する為のスペース、片方では自社製品である塩といたみ始めた野菜などを処分する為のスープを販売する。確かに品質は良いとは言えないが、最悪とまでは言えない程度の状態のものだ。一般的な辻売が売るスープよりは褒められるぐらいの部類であった。
もう片方のスペースでは肉と、そして魚を焼く。魚はいつも塩を搬入している商都からすこし離れた漁村からのものである。
もちろん魚は生の状態ではない、この異世界には圧倒的な速さを持つトラックを用いた輸送体制も冷蔵設備も無いのだ。ゆえに日本人が考える干物のようなものではなく、よりはるかに固い干し魚の状態で輸送される。そのぐらいしないと簡単に腐ってしまうのである。
だが、山や森林に囲まれたミーンの町では大変貴重な魚である。町の側を流れる川でも魚は漁れるが大変希少な物である。すぐさま高値が付いてしまい庶民の口には入らない。しかし、干し魚とてなかなかに高価なもの。それをこの屋台で出すのだ、売れない訳がない。
そんな事を考えていると、広場の外れに変わった形の荷車を引いてくる者たちがいた。あの場所に行く者は一組しかいない。
「俺に逆らう冒険者ギルドめ…、思い知るが良い!」
ほくそ笑むブド・ライアー。アイツらは今日、ロクに物が売れないハズだ。せいぜいムダな努力をして疲れと売れ残り品を持って帰れ…、ブド・ライアーは今この上なく上機嫌であった。
□
「これは…」
「この嫌なニオイ…、こりゃあ食べ物を売るような場所じゃないねえ…」
荷車を引いて僕とマオンさんは広場に着いた。
自分たち冒険者ギルドに当てがわれた出店スペースを確認してみると広場の外れだった。周りには他の参加者はいない、だからこのあたりは独り占めだ。
しかし、目の前には屋台をするにあたって大問題があった。それは…、
「くさい…」
そう、このあたり一面くさいのだ。原因は一目瞭然、すぐに分かった。この広場の外側に沿うように流れる小さな川…下水なのだろう、ヘドロのような物やたまにゴミのような物が流れていく。
元々この広場は火事の延焼を防ぐ為に作られた空き地だ。整備した所ならば下水は暗渠(地面の下を流れる川)としている為、ニオイが外に漏れ出す事は無い。
しかし、この広場はあくまで利用目的は無い、ゆえに悪臭の対策などをする必要は無い。だからこのあたりは地表にむき出しの川のまま下水としているのだろう。手っ取り早く言ってしまえば、ドブ川のほとりで食べ物屋をやる事になってしまったのである。
「これじゃあいくらゲンタの料理が珍しくて美味しくても人が寄って来ないよ…。いや、せっかく来てくれても…この悪臭じゃ食欲も無くなってしまう…」
マオンさんもしょんぼりしている。せっかく三百食ほどの材料を用意したが、これでは売りようがない。しかし、材料を無駄にする訳にはいかない。ここは冒険者ギルドに戻ってカレーの時みたいにそこで作るかなあ…。
ドブ川を見ながらそう考えていた時、僕の頬を『ツンツン』とつつく者がいた。
「サクヤ…、カグヤも…」
そこにはふわふわと浮かぶ光精霊のサクヤ、闇精霊のカグヤの二人の精霊がいた。
□
広場の片隅、ドブ川の悪臭で商売どころではないと思っていたところで僕の前に現れたサクヤとカグヤ。一体どうしたんだろう。
するとまずカグヤが僕の頭を撫でた。まるで小さな子供をあやす姉が母親のように優しい手。そして彼女の体に濃い紫色のもやのような物が包まれそれを周りに解き放つ。
そうするとあたりの悪臭がしなくなる、カグヤの力だろうか?
「これはカグヤの能力なの?」
にこり…、カグヤが月のような静かな微笑みを浮かべた。
「驚いたねえ…、この周りの嫌なニオイを押さえ込んだってのかい」
マオンさんも驚いている。あたりを歩き回りニオイを嗅いで間違い無いと言っていたが…。
「あっ!?でも、この辺りからはニオイがするね。屋台の周りはなんとかなるけど離れたらニオイはそのままだね」
するとカグヤは一瞬姿を消した。そして次の瞬間『ずらり』と闇精霊たちが現れる。その彼女たちは広場のドブ川周辺に散り、先程のカグヤ同様の事をする。ま、まさか!?
たたたっ!僕は走り出す、ドブ川べりの広場のあちこちでクンクンとニオイを嗅ぐが悪臭はしない。
「す、凄い!凄いよ、カグヤ!闇精霊のみんな!嫌なニオイが全くしないよ!」
カグヤが僕の元にやって来て肩に座る。僕の頬をゆっくりと撫でた。
次にサクヤが目の前にやって来た。カグヤ同様に何人もの光精霊たちがいる。彼女たちはドブ川のあちこちにちり、身体に黄金色の光をやどしそれを川面に向かって放つ。
「ああっ!あんなに汚かった川が…」
ゴミが浮きヘドロだらけの川が清流としか言いようがない綺麗な川になっていく。サクヤはこちらに振り返り『にぱー』と太陽のような笑顔を浮かべた。
悪臭は消え、目の前には綺麗な川。誰も嫌な気分はしないだろうし、川を眺めながら食べる事も出来るだろう。この広場で最高のロケーションではないだろうか。
「これならいけるんじゃないかい?ゲンタ?」
「はいっ!」
マオンさんの言葉に僕は力強く首肯いた。




