第118話 『塩商人』ブド・ライアーの締め出し
今回はブド・ライアー視点です。
明日の広場での出店に販売する予定の食べ物がこの異世界でも受け入れられるかどうかを確認する為、ゲンタは一度日本に戻り買い出しに、一方で受付嬢たちは一刻も早くその試食会に向かう為に仕事に勤しんでいる頃…、塩商人ブド・ライアーは商業ギルドに所用で訪れていた。
ここのところ組合長は自分の商会はおろか、ミーンの町も離れがちだ。噂通り王都か商都か…、出店をしようというのだろう。ゆえにブド・ライアーは思う、ここが勝負所だと。
自分がこの町で頭一つ抜け出して組合長になる。この町の商売を支配するのだ。その為には金だ、金が必要る!とにかく売って儲ける。そして儲けた金でさらに仕入れて売る!あるいは手堅い商売をしている店を傘下に入れる。
彼は今までそうしてきた。これからもそうする。傘下に組み入れるのは儲けが出ていれば…、極端な話で言えば白銅貨一枚(日本円にして百円)でも良い。収支がプラスであれば…、それだけでブド・ライアー商会の商売の規模は大きくなる。だから金にあかせて買収に買収を重ねた。
例えば元々この町の近くで川魚を扱っていた漁業者を幾人か、そしてそれを売る商家全てを傘下にした。そうする事でこの町の魚の流通を支配出来た。俺は塩だけじゃない、様々な産物を支配して牛耳ってやる。この町は皮切りに過ぎない、踏み台だ!
俺を相手にしなかった生まれ故郷…、商都!そこに至る為の踏み台、それがこのミーン!そうなる為にはどんな手でも使う。
そう、どんな手でも…だ。
□
塩が売れない、それが目下のブド・ライアーの悩みである。
あの白い塩…、白銅貨一枚で9.96重(10グラム)を売っているあの塩のせいだ。そのせいで我がブド・ライアー商会の塩が売れない。
「何なんだ!あの塩はッ!」
午前中に部下から昨日の売り上げの報告を聞いた後、思わず口をついて出た言葉。真っ白な…まるで王室に納めるような上質な塩。
それをあんな町中で…、しかも白銅貨で手が出る値段で売っている!どこの馬鹿がそんな事をやっているんだ!海水から得るのが主な塩の入手方法だが、どうやったら一点のくすみの無いあそこまで白い塩を得る事ができるのだ?
まあ、それは置いておこう。今は売れない塩をさばく方が先決だ。明日の広場での出店でその分を取り返せば良い!幸いな事にウチは塩だけではない。野菜や魚も取り扱いがある。
野菜や魚、売れ残ったやつは捨てずにこういう時にこそ使うのだ。どうせ煮たり焼いたりすれば品質の良し悪しなんて分からねーんだ。腐りかけぐらいなら馬鹿な町衆どもの胃袋にくれてやれば良い。
そんな訳でブド・ライアーは商業ギルドを訪れていた。自分の商会の出店を増やす為である。本来なら一枠しかない参加枠を二つにしろとねじ込むのだ。
しかし、もう既に枠はいっぱいとなっており一枠しか参加枠が確保出来ない。これでは沢山売れない。安く仕入れた肉と売れ残りの野菜、それに自前の塩を少し多めに入れたスープとかき集めた魚の干物や川魚を焼いた物…。どちらもこの町の奴らにはご馳走だ。涙を流しながらありがたがって食うに違いない。
さあ、俺の為に金を落としていけ…、そう思っていた矢先に出店できるスペースがないとは…!なんて事だッ!
だが、少し冷静になって参加希望の一覧を見てみると…ブド・ライアーはその中に因縁の相手の名前を見つける。
「冒険者ギルドだと…!?」
□
商業ギルド内でブド・ライアーは一人の事務員を呼びつけた。少し痩せ過ぎの気弱そうな男である。彼もなかなかに苦労が絶えない。
「この冒険者ギルドの出店を認めるな!」
「そ、そうは言いましても…。既に文書で参加を認める旨を通知してしまいましたので…」
事務員は冷や汗をかき、しどろもどろになりながらもなんとかそう受け答えをする。ゲンタが出店を承知してからのシルフィの行動は早かった。まるでこうなる事を見越していたかのように商業ギルドに参加する旨を伝える通信用の鳩を飛ばしていた。
その鳩に参加を受諾した事を書き記した返書を持たせ冒険者ギルドに送り返した後にブド・ライアーはやってきたのだ。
「キャンセルには出来ねーってか?」
「そ、そうなりますね…」
気弱だが決まり事は守るタイプなのだろう、事務員はそのあたりはキッチリとしていた。思い通りにならぬイライラを募らせブド・ライアーは広場の見取り図と出店場所の割り振りを書いた添え書きを見てさらに怒る。
広場の中央付近、メインとも言って良い場所。そこには二ヶ所の出店スペースがあるのだが、そのうちの片方はブド・ライアー商会の名で押さえてあった。しかしもう片方に出店予定なのは『冒険者ギルド』であった。
ブド・ライアー商会がこの場所を押さえたのは事前の仕込みである。前々から手を回し確保しておいたのだ。もう片方については純粋な抽選だった、その結果がこれである。
「どごまでも邪魔をしやがって…!」
冒険者ギルドの前に置かれた塩を売る機巧、わざわざあの場所に設置しているのだ。塩の販売に携わってなくてもなんらかの関与はあるはずだ。いや、そうに違いない!
よくよく思い出してみれば、塩の売り上げが落ち始めた頃から冒険者ギルドは塩を仕入れなくなったじゃないか!?きっと何かがある!
それにあの巨大猪が狩猟された時もそうだ!俺がわざわざ手代を使いに立てて購入を申し込んでやったのに奴らは断ってきやがった!商業ギルドの副組合長がわざわざ買い取りを打診してやってるんだぞ!普通ならばありがたがって、冒険者ギルド側から『お届けです』と来るべきじゃねーのか!
まったく!頭の悪い奴らはそれすらも分かっちゃいねえ!
ブド・ライアーは本気でそんな事を考えている。しかし、巨大猪の肉を購入しようと手代に提示させた金額は話にならない端金。
日本人的な感覚で言えばA5ランクの高級和牛の肉を産地も品種も定かではないお得用牛肉の細切れパックの値段で買ってやるよとしつこく持ちかけてくる迷惑な客でしかない。手に入るはずもなかった。
だが、それを自分への敵対的な行動だとブド・ライアーは思っている。逆恨みも良い所だが、他人の気持ちを意に介さないのがこの男だ。塩が売れないイライラも加わり短絡的な行動を始めた。
「キャンセルは出来ねえ。ならよー、冒険者ギルドには参加はさせるけど…どこで店を開かせるかは言ってねーんだろ?」
「え、ええ。それは明日発表する手筈になっておりますので…」
事務員の回答にブド・ライアーは満足そうな…、それでいて嫌な感じの『にやあ』とした表情を浮かべる。
「だったら方法はあるじゃねーか…」
そう言って事務員の肩に手を回し、『ここを…こうするんだよ』と言いながら広場の見取り図に何やら書き込みを加えていくブド・ライアーの姿があった。
《次回予告》
初めての広場での出店…、店を構えようとしたゲンタはいきなり逆境に見舞われる。食べ物を扱うゲンタにしてみればそれは死地とも言うべき致命的な場所であった。しかし、そんなゲンタの窮地に現れた救世主たち…。それは…。
次回、異世界産物記第119話、『小さな大援軍』。お楽しみに!
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