第112話 帰り道
翌朝…。
僕とマオンさんは冒険者ギルドでの早朝の販売に向かう。いつも通りギルドの裏口から入る。出迎えてくれた受付嬢のシルフィさん、マニィさんにフェミさんにはいつも通り先にパンを販売する。
その際に僕たちはどうにも気恥ずかしくもあり、なんていうかぎこちなく言葉を交わす。僕たちのそんな様子を後でマオンさんには『初々(ういうい)しいねえ』なんて言われたりもした。これはこれでやはり恥ずかしい。
冒険者ギルド内では昨夜のカレーの話題で持ちきりであった。
「おお、坊や!昨日の『かれー』は美味かったぜ!」
「ま、また近いうちに食わせてくれよ!なっ!なっ!」
「このパンや、真っ白な塩だけでも凄えのによう。あんな美味えモンまでこしらえられるなんてなあ!商人ってだけじゃなくて、凄腕の料理人かあ?」
「私はあの『くりーむしちゅー』がまた…、食べたいです」
パンを売る際に色々な人が声をかけてくる。エルフの皆さんはクリームシチューにゾッコンのようで、こちらもしっかりとその胃袋を掴んだようだ。
そして販売後はいつものようにみんなでテーブルを囲んだ。さすがに今日は仕事中という事もあってか両脇を固められる事はなく、ただただ和やかな時間であった。
ふとした瞬間、フェミさんと目が合う。『えへへ…』、そう言って笑うフェミさん。昨夜にこっそり、テーブルの下で重ねた柔らかな手の感触が思い起こされる。僕は顔に熱が帯びていくのが自分でも分かる。
シルフィさんにしても、マニィさんにしても時々視線が重なるとやはりいつもより熱を帯びている感じで、これまた恥ずかしい。もっとも、手鏡を渡したからといってすぐに結婚とか付き合うといった感じになる訳ではないらしい。手鏡を渡した後に女性から返事をもらうようで、受諾の場合もあるし拒否の場合もある。
いずれにせよ今は待つのみ、そんな状況らしい。だから無理に『あの手鏡は、深い意味も無く渡してしまいまして…』なんて言わなくても良い。そんな事したら…、想像すると凄く怖い…。
そんな僕の心配をよそに朝食の時間は何事もなく終わったのだった。
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「さて…、と。オレはじゃあ行くかな」
マニィさんが立ち上がり『うーん』と伸びをしながら言った。
「えっ?仕事は良いんですか?」
「ああ、オレは今日非番なんだ。だけど旦那のパンが食いたかったからさ」
だから、つい来ちまったぜ…そんな風に彼女は言う。今日もあんパンを買っていたし、よほど気に入ってくれたのだろう。売り子をしている身としては嬉しいものがある。
じゃあ、これで…、マニィさんがギルドから出ていった。僕はいつも通り塩の自動販売後に塩を補給する。日を追う毎に売れ行きは増していく。一日に10キロ…、とまでは言わないが7キロくらいは売れるようになってきた。パンの売り上げを含めれば毎日十数万円、純利益は十万円を超える。仮に一か月毎日こんな状態なら月収三百万円…、どこの高給取りだ。ちょっと震えが来る。
塩の補給も終えて、今度はギルドで冒険者の皆さんに売るお買い得な塩の納品もする。後はヒョイオ・ヒョイさんへの訪問の打ち合わせをする。賽子の購入を電車で一本、新宿に出向き名の知れたホビーショップで色々と購入したので、納品に向かいたい。
その為には先方の都合を確認しておきたい。連絡をお願いし、僕とマオンさんはギルドを出た。
外は活気付いていた。物を運ぶ者、物を売る者、いつも通りの町の賑わい。僕の今日の予定は一度マオンさんと家に戻り、その後に町の外を沿うように流れている川に行く予定だ。
ここにはガントンさんらドワーフの皆さんが早朝から向かっている。鉄を得る為である。本来なら山に入り鉱山…とまでは言わないまでも岩場に行き鉄を多く含む岩石から鉄を得るのだが、ミーンの町の町から山までは少し距離がある。そこから鉄の原料を得てくるには時間がかかる。少なくとも泊まりがけ、数日がかりの仕事になる。
「ほう…、川砂鉄とな」
僕は冒険者ギルドで聞いた川の流れの様子についてガントンさんたちに話した。基本的にこの川は急流からは程遠いゆっくりとしたものである。しかし、とある場所では高低差がつき流れが早くなる場所があるそうだ。そのあたりでは泥で濁っだ水ではなく、底が砂地の他と比べ澄んだ流れの箇所があるらしい。僕はそこに目を付けた。
「聞けばまったくもってその通りだべ!鉄は重い、そして軽い物は水に浮く。流れサ急な所じゃあ、軽い泥が流されで…それでも沈んでる物サ鉄みてえな重い物だ」
「理に叶いますネェ、これなら鉄とそれを含まない部分が自然と分離されて効率よく鉄を得られるやも知れません」
「それにもし鉄が無くても川海老などが漁れるかも知れんぞ」
「お前、それで夜に一杯呑みたいだけだろうが!」
そんなやりとりをしたのが何日か前。丁度、作業の工程がひと段落したので朝早く彼らは出かけていった。
そして今に至る。
「それじゃあゲンタはこのまますぐにガントンたちの所に行くのかい?」
マオンさんが僕に聞いてくる。
「はい、やはり気になりますからね。もし思うように鉄が採取れなければ申し訳ないですし…。あと、試してみたい事もあるので…」
「そうかい、じゃあ儂は洗濯でもしておこうかね。後は、夕飯の用意でもしておく事にするよ」
そんな話をしながら僕たちがマオンさんの家にもうすぐ辿り着きそうな時に…。
「よ、よう…」
「マニィさん」
先に冒険者ギルドを後にしていたマニィさんがいたのだった。
《次回予告》
ゲンタたちの前に現れたマニィ。しかし、その様子はいつもと違って何やら弱々しいものにも思えた。泣きそうな彼女にゲンタが出来る事は一つ、二人の物語が始まろうとしていた。
次回、『離さない』。お楽しみに。
《皆さまにお願い》
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また次回お会いいたしましょう。




