第110話 君は完全に包囲されている
今回は短めです。よろしくお願いします。
夕刻…。
ミーン冒険者ギルド内は沸き立っていた。冒険者たちは口々に美味え、美味えの大合唱。
「こ、これが『かれー』かッ!?」
「鼻に抜ける香りッ、これが香辛料ってヤツかッ!」
「香辛料…俺、初めて食った」
僕とマオンさんが作ったカレーに冒険者ギルドのみんなが舌鼓を打っていた。
ギリアムの襲撃をマニィさんが退け、後の事は町の皆さんに委ねた。しばらくして冒険者の皆さんが手に手に狩猟した猪を持って帰ってきた。せっかくカレーを食べるなら一番良い状態の猪肉を使おうというのである。
その一番良い状態の猪肉はナジナさんたちや腕自慢の猛者たちがもたらした物ではなかった。意外や意外、エルフのパーティであるセフィラさんたちが狩猟した物だった。もっともエルフ族は弓と魔法に長け、森林に住まうのだから狩猟上手なのは想像がつくがあまり猪を狩るイメージはない。彼らに聞いても食べる為に狩るのは主に鳥や兎の類で、猪などは森を荒らしまわっていたりとか遭遇してしまった時にあくまで自衛の為でもなければあまり狩らないという。
しかし今回に限っては冒険者ギルドがカレーへの期待に沸き立っていた事もあり、別の用事で森にいたのだが遠くに猪が見えたので狩猟したのだそうだ。
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猪を仕留めたのはキルリさん。彼は弓が届かないような超遠距離から猪を仕留めた。彼は猪を遠くに見つけると矢筒から矢を一本取り出し風の精霊を召喚ぶ。手の平に乗せた矢を猪に向け、精霊の力を解き放つ。
それは風によって運ばれる『必中の矢』と呼ばれる魔法であった。目標を視認出来れば弓の射程から外れていても届く。
その時キルリさん側は風下であった。本来であれば遠くを狙撃するのにこれほどの悪条件はない。しかし矢を運ぶのは風の精霊、風そのものと言って良いその存在は逆風であっても物ともしない。真っ直ぐに猪へと向かって行く。
また風下である事で猪はエルフの一行に気付いてはいなかった。普段なら敵の存在にいち早く気付く猪の鋭敏な鼻も今は地中に育つ茸や球根を探す為に向けられている。これが良い状態の猪肉を得る事にも幸いした。
狩られる直前に興奮状態にあったり、暴れ回ったりすれば自然と体温も上がるものだ。しかし、キルリの矢は猪に感知される事なく進む。その矢は地中の食べ物を求めて下を向いていた猪の脳天を見事に射抜いた。猪は自分が死んだ事…、いや狙われていた事さえ気付かずに逝った。
その事が猪の肉質を劣化させる体温の上昇や、激しい血流を招かなかったのだ。
またこの場には精霊の力を借りられるエルフが揃っていた。仕留めた猪を手早く血抜きし、氷の精霊を召喚。肉をただちに冷やしギルドへと持ち帰った。これにより臭みや肉の劣化を極力発生させぬようにしたのである。他の冒険者たちも努力したのだが、さすがにこれには叶わない。ゆえにエルフの一行の猪肉が最上の物であり、それをカレーに使おうという事になった。
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…どうしてこうなった?
今、僕はテーブルに着きカレーを食べている。4人掛けの四角いテーブルをくっつけてさらに大人数でテーブルを囲んでいる。マオンさんは僕と一緒にカレーの準備や販売をしていたので、それが終わって最後に食べるというのは道理である。
しかし僕の左側にはシルフィさんが、右側にはフェミさんが陣取っている。いつもより近めに…。そして正面にはマニィさんが座っている。誰が何処に座るかで三人はジャンケンのような事をしていた。負けてしまったマニィさんは『ちえっ、ツイてねーな』などと言っていたが、
「まあ、こうして正面から見るのも悪くはねえな」
そう言って彼女はこちらを見ている。
なんだろう、逃げ場がない。そんな感じさえする。ゲンタ包囲網、そんな言葉が浮かんでくる。
包囲と言えば、実は冒険者ギルドの建物自体も包囲されていた。ギリアムを何処か裏通りにでも引っ張って行った町の皆さんであるが、さすがに全員が一度に何か出来る訳ではない。視力を奪う闇精霊の能力は半日は保つのでどうやら交代で何かをするようである。手厚い看護か、あるいは…まあその辺はギリアムが善人だったかどうかである。
そんな訳でギリアムに何かする順番待ちのような人たちがギルドの近くにいたのだが、僕の作っていたカレーの匂いが漂い始め彼らはそれに釘付けになってしまった。俺にも食わせてくれ、そんな声が上がり始めたがカレーは冒険者たちの人数分しかない。それを理由に断り、カレーをギルド内に運んで調理していたのだが、それでも諦めきれない町衆が押し寄せる。
その頃には冒険者たちは全員戻って来ていたので、エルフのパーティーの一人タシギスさんがギルドの扉に『鉄の扉』という魔法を使った。
鍵をかける『施錠』の魔法を発展させた物で、施錠するだけでなく扉や周りの壁さえも鉄のように頑丈にする魔法である。
「鍵をかけたとしても、扉が壊されてしまっては意味が有りませんからねえ」
タシギスさんはそんな事を言っている。確かにどんな鍵をかけても扉が壊せば入れる、そんな訳で町衆は外で食わせろーと気勢を上げる事ぐらいしか出来ない。
でも、これはこれで迷惑な話だ。すると今度は闇精霊たるカグヤが僕の頬を撫で何か言いたげに『くす…』と僕の間近に顔を寄せて微笑んだ。
「なるほど…。行きますよ」
するとシルフィさんを始めとしてエルフの皆さんが立ち上がる。
『沈静』
シルフィさんたちエルフの皆さんが召喚した紫と黒が混じったような球体の精霊たち、そしてカグヤが壁をすり抜け外に出たと思ったらたちまち外の喧騒がやんだ。
後で聞いた話によると、闇精霊たちの力により興奮している状態の人々を一気に沈静化出来るのだそうだ。ただ、あくまでも闇精霊たちが沈静化させたのはカレーに対する熱狂だけでギリアムへの気持ちは保たれているらしいが…。
しかし、一難去ってまた一難。ギルドの外が包囲されていた事は一応の解決をしたが、今は近距離で僕が包囲されている。この状況に僕は、刑事ドラマでよくあるあのシーンが頭に浮かんできた。
『君はァーッ、完全にィーッ、包囲されているーッ!」
立てこもる犯人にトレンチコートを着た刑事がハンドスピーカーを片手に投降を呼びかけるあのよくあるシーンを。




