第107話 『出来損(できそこ)ない』の襲撃
出来損ない…ギリアムの話と、襲われたゲンタたちの話になります。
その日…、ギリアムはいつものように昼近くになって起き出した。昨夜の酒がまだ若干残っている、いつも通りの事だった。
昼の明るい時間帯は限られている為、日本と違って照明や街灯の無い町は朝早くからとうに動き出している。職人が物を作り物売りは声を張り上げる。その二者を中立ちする荷運びの人夫たちも、彼ら全ての胃袋を見たそうとする食べ物を売る辻売もまた同様に町に活気を与えている。
酒場など夜に営業している店もあるが、それには店を開くだけでもカネがかかる。日本も電気が普及する前は行燈に火を灯し明かりにしていた。しかし、その油は高価である。それはここ異世界でも同様、ゆえに町の衆は朝早くから働く。一方でギリアムは働きもせず、無頼を気取って何も産まない。なくてはならない人…そこからはとても程遠い自堕落な人間、それがギリアムという男であった。
ギリアムは塩商人であり、ミーンの町の商業ギルドの副会長であるブド・ライアーの息子である。ブド・ライアーが若い頃、名前も覚えていない女に生ませた子供だ。
ブド・ライアーはギリアムを歯牙にもかけてはいなかった。何かに役立つような才能が無い。彼にとっては息子といえども自分にとって有益であるかが大事であった。
身持ちの悪い母親の血を色濃く受け継いでしまったのか、ギリアムは幼少の頃から勤勉さに欠けていた。読み書き計算、商人になるには必須のスキルであるがそれがてんで駄目。
町育ちゆえ文字に触れる機会や貨幣による取引が多いので、下位語と呼ばれる日本語で言えばひらがなに相当するものは読めるが上位語と呼ばれる漢字や専門用語を表すような難解な文字は読めないし書けない。
では計算は?という事になるが、これも駄目。二ケタの足し算と引き算がなんとか…。酒場で二、三種類の酒と料理を頼んで白銅貨で何枚払えば良いか…それが何とか分かる、そんなレベルである。
そんな訳でブド・ライアーはギリアムの事を『出来損ない』と評し、家に近付く事も許さなかった。名字の無い平民にしては珍しく、大商人になったブド・ライアーは家名を得たがギリアムにはそれを名乗る事を許さなかった。そこにギリアムへの評価と冷遇ぶりが見てとれる。
しかし、そんなギリアムに転機が訪れる。荒れた少年時代を経てギリアムは町のならず者となっていた。体も大きくなり、力も付いた。そんな中で出会ったのが、商業ギルド会長の息子ハンガスであった。
ハンガスはミーンの町で小麦などの穀物を一手に担う大商会の御曹司である。父はパン職人としても特に秀でており、一代で辻売(行商人)から店をここまで大きくした傑物でもある。そのハンガスは商会の後を継ぐべく読み書き計算など一通りの事は修めたが、同時に歪みを生んだ。ストレスである。
着実に大商会の後継者として一歩ずつ歩んでいるように見えたハンガスであるが、それは表の顔。一皮剥けば粗暴で残忍な裏の顔があった。町に出かけて悪さをしている時に出会ったのがギリアムであった。それから二人はよく連む悪仲間になった。
それに目を付けたのがギリアムの父、ブド・ライアーであった。事の是非はともかくとして商業ギルド会長の御曹司とギリアムがコネを持ったのである。今の会長がその座を退いてすぐに継ぐかは定かではないが店の規模から言えばその有力候補である。そんな相手とつながりが有るのは使い道がある。
その日からブド・ライアーは多少の小遣い銭をギリアムに与えつなぎ止めておく事にした。家には入れない、しかしエサは与える。鎖を付けずに放飼する犬のように。ハラを空かせれば帰巣する、その程度の認識で。
ゆえにブド・ライアーにとってはギリアムはそのくらいの価値しかない。塩の売り上げが下がり、商業ギルドに出させた塩の街道の土木工事は遅々(ちち)として進まず、ならばと一日で橋をかけ道を敷設た冒険者ギルドに作業の依頼を出してみれば一人の人夫も応じてこない。機嫌が良い訳がなかった。
そんな中、何も産まない出来損ないのギリアムが小遣い銭をせびりに訪れたのである。ブド・ライアーでなくとも追い返しただろう。
だが、そんな事情を知る筈もないギリアムは腹立たしい。当てにしていた小遣い銭が手に入らない。ポケットの小銭で買える露店で買った安酒を喉を鳴らして流し込む。味だ、質だはどうでも良い。溺れるように飲みたかった。働きもしないギリアムには質の良い酒を買う為のカネを得る真っ当な方法はないし、それをしようとも思わない。
そんな中で見かけたのが、以前商業ギルドから叩き出したヒョロっとした男と老婆であった。見れば路上で器を並べ、料理めいた事をしている。
ニタァ、ギリアムはこりゃあ良いと嫌な笑みを浮かべる。何か辻売でもしているならそのカネを奪ってやろう、もしロクに持っていなければひと暴れして憂さ晴らしをすれば良い。ああ、いやいやカネを持っていたとしてもどうせ殴ってやるつもりだ。ケンカの一つもした事がないような細枝みたいな男にくたばり損ないのババアだ。どうせ何も出来やしない、気が済むまで殴ってやろう、悲鳴を上げる上物の玩具を見つけたんだ、たっぷりと楽しんでやろう。
口実は…、なんでも良いか。どうせいつもやってる事だ。ギリアムは二人に近付いていった。
□
僕とマオンさんが冒険者ギルドの前の道でカレー作りの準備をしていた時に現れたギリアム。用意していたスープ皿をなぎ払い因縁をつけてきた。
「おらっ!何とか言えよ!誰に断って店広げてンだっ!」
タチの悪いチンピラ、そうとしか言い様のないギリアムは再度大声を上げた。
そもそも店を開くにあたり許認可の制度はこの異世界では無いらしい。商業ギルドに加入する者もいるが、別に加入しなくても物の売り買いは誰が行っても良い。もっとも辻売(行商人のこと)をするには道端に立って売る訳だから、誰かの土地の前を通る道端で商品を広げる事になる。ゆえにその場所を借りる為に頼み込む事になるのだが、一般にギルドに加入している者同士のやりとりはスムーズに行く場合がほとんどで、このあたりは商業ギルドに加入する一つのメリットと言えるだろう。
「…店を開いている訳じゃない」
僕は何とか口を開いた。正直、怖い。
「あ?聞こえねーよ。何だって?」
ギリアムはさらに凄みながら詰め寄ってくる。巨漢と言える体格とケンカ慣れしている自負があるのだろう。こちらを威圧しながら見下すような視線を送ってくる。
「店を開いている訳じゃない、冒険者ギルドの一員としてここで食事の用意をしているんだ」
僕は震えそうな声をなんとか抑え、そう返答する。
「テメエが?冒険者?ハッ、コイツはお笑い種だぜ!まともにケンカ一つした事もねーよーな貧弱なナリしてよぉ!なんだ、ガキの冒険ごっこが出来りゃあ入れンでちゅかあ?冒険者ギルドってのは」
小馬鹿にしたような態度でギリアムは続ける。
「それが何だってんだい!」
僕の横にマオンさんが出てきたマオンさんが口を開いた。
「ろくでなしが凄んでんじゃないよ!誰が何処で物を売ろうと御法度の品でもなければ誰に憚る事も無いんだよ!だいたいこの軒下までは冒険者ギルドの土地だよ、道や辻じゃないんだよ!誰の許可もいらない、冒険者ギルドの許可さえ有ればね!その冒険者ギルドから許可受けてやってるんだ!お前なんかにお断り入れる必要なんか無いんだよ!」
マオンさんがそう啖呵を切った。
「あン?必要が無えだと?」
ゆらり…、ゆっくりとした様子でギリアムがにじり寄る。口元にはニタ〜っとした笑みを浮かべて。
それが一気に豹変した!目を吊り上げ怒声を放つ。
「ナメた事抜かしてンじゃねえぞ、ババア!ああ?断りなんてモンじゃねえ、挨拶だ!挨拶しに来るんだよ、俺に金子持ってよお!ここで商売させてもらいます、よろしくお願いしますギリアム様って具合によォ!」
凄むギリアム、だがマオンさんも負けてはいない。
「ふん!何が挨拶だい?挨拶ってのは人に対してするモンさね!お前みたいなウジ虫にする挨拶も下げる頭も無いんだよ!」
「ウジ虫だと…?」
「ウジ虫で分からないなら便所虫か、それともノミかダニかい?人にまとわりついて生き血をすするようなマネするお前なんかそんな名前で十分だよ!」
ギリッ、歯軋りの音がギリアムから聞こえた。怒り心頭に発するという様子だ。
「逆らうなら少し痛めつけてやろうと思ったンだがよう…、こうまでコケにされちゃそんなモンじゃあ済まさねえ!叩ンでやるぜババア!そのまま棺桶に叩っ込ンでやンよぉ!」
激怒したギリアムが殴りかかっでくる。まずい!僕はマオンさんをかばうように彼女の前に進み出る。
しかし、殴りかかろうとしたギリアムの後頭部にパンッと何かが当たった。
「あン?何だこりゃあ?」
何かが当たった後頭部をさすりながらギリアムが後ろを振り返った。
そこにいたのは…。
「土塊だよ、バカ野郎」
ギルドの制服、赤い髪。怒りがこもったその声はいつもよりやや低く、それでいて美声。
「マニィさん!!」
颯爽とこの場に現れたのはギルドの受付嬢、マニィさんだった。
《次回予告》
ゲンタとマオンのピンチに現れたのは冒険者ギルドの受付嬢マニィだった。しかし、相手はケンカ慣れした怪力の巨漢ギリアム。果たしてマニィに対抗する手段はあるのか?
次回『ギリアムざまあ!玄人と素人の差』。お楽しみに!
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