第103話 賽(さい)は投げられた & 帰り道
ヒョイオ・ヒョイさんが僕を尋ねてきた理由、それは
「坊やさん…、ああゲンタさんの事ですな。ゲンタさんがお持ちという賽子を是非拝見したかったものですから…」
ダイス…、いわゆるサイコロの事だ。
「私は商会主ではありますが、部屋の中で座っているというのがどうにも苦手でして…。好きな酒に囲まれているのが何よりの至福で毎晩自ら酒場のカウンターに立つんですよ。するとね、色々な話が入ってくる。私が知らない世界の話、昨晩は大衆向けの酒場に居たのですが…」
ヒョイさんの話によるとおそらくは先日の冒険者ギルド内で賽子を割ってしまった人か、あるいは一緒に遊戯に興じていた人たちだろうか、その誰かが僕が貸したサイコロがとても綺麗で透き通っていてまるで宝石のようだったと語っていた事に興味を覚えたらしい。それで一度見てみたい、そう思ったらしいのだが…。
聞けばこの異世界の賽子は、高級な物は獣の牙や角、少し等級が下がって動物の骨、もっとも安いのは木で作られた物であるという。
でも、どうしよう。アクリルの賽子はそこまで高級品ではない。きっと高級品の牙や角って僕らの世界で言えば象牙のような感じではないだろうか。それと比べるとやはりアクリル賽子は廉価だ。しかし、見てみたいと商会の当主が足を運んできたのだ。出さない…、という訳にはいかないな。
「こ、これなんですけど…」
リュックから小袋を取り出し、中の賽子をテーブルに置く。青や赤、オレンジに黄色、色もそうだが六面体だけでない様々な形の物だ。
「ほぉ、これはこれは…」
ヒョイさんが再び真面目な表情になり、綺麗な白い手袋を外し賽子を手に取り興味深そうに色々な角度から眺めたりしている。そして高級そうなハンカチをテーブルに敷き、その上で賽子をコロコロと転がしてみたりする。
「ゲンタさん。こちらの六面の物は表面に掘られている穴の数が一から六までの数を表しているのは分かりますが、例えば…この三角形の物ですな、これは四面ありますからきっと一から四までを表していると見受けましたがこの掘られている文字のような物はいったい…?」
ヒョイさんが手に持っている賽子は4面体ダイス、それには算用数字の1から4までが掘られている。
「ああ、これは僕の故郷の文字でしてね、こちらでは…」
そう言って僕は大学でノートをとる時に使っているルーズリーフを取り出し、細字のマジックで『1…いち』、『2…に』…みたいに算用数字と異世界での対応表のようなものを書いていく。十二面体ダイスまであるから『12…じゅうに』まで書いて三人に見せる。
「ゲンタさん…、貴方という方は…。いや…それよりも…」
ヒョイさんは何かを言いかけたがその言葉を飲み込み、ダイスを手に取り十二面体ダイスを転がした。賽の目は『11』。
「これは…、十一の出目ですな。ふむ…、この賽子は…。異国の…それも遥かいくつも海を超えた遠い遠い異国の品と見受けましたが…、いかがでしょうかな?」
元の柔らかい笑顔に戻りヒョイさんが質問いてきた。
うーん、海を越えた異国どころか世界自体とか次元とかも越えた異世界なんだよなあ…。でも、さっき僕の故郷の文字って言っちゃたしなあ。取引していたら偶然手に入った…なんて言えないし…。
「ははは…。ヒョイさんのご指摘の通り、海を越えた小さな島国で作られた物です」
「ほぉ…、やはり異国の…、それも海を渡ってきた品でしたか…。いえね…、このような透き通った賽子とは最初に聞いた時にはにわかには信じられませんでしたが…こうして現物を見てみると驚きました。話に聞いた通り透き通って…色とりどり、形も様々なものとは…。これは是非ともウチに欲しい逸品ですな」
「ええっ!?これをですか?」
「はい。これは向こう側が透けて見えます。これならばイカサマ…、中に鉛を仕込んだ不正賽子を使っていないという明らかな説明にもなりますし、何より見た目が良い。御婦人方にも喜ばれるでしょう。何より他で見かけた事が無い。これが良いのです。ゲンタさん、失礼ながらこちらをどなたかに譲られた事は?」
「いえ、ありません」
賽子はあくまでも一時的に貸しただけだし、結局ギルドに預けた一個も戻ってきたし他には出回っていない。だから他で見かける事はない。
「と、なると私どもだけがこの賽子を扱う事になります、これが大きい。珍しいというのはそれだけで価値がある物です。いかがでしょうかな、是非ともこちらの賽子をお譲り頂けませんかな?」
そう言ってヒョイさんは再び笑顔を向けたのだった。
□
「本日はありがとうございました。後日、僕の方からお伺いさせていただきます」
そう言って頭を下げる冒険者ギルドに所属する駆け出しの商人、ゲンタと名乗る若者と笑顔で別れ、ヒョイオ・ヒョイは馬車に乗り込み帰途につく。同じ馬車の室内には冒険者ギルドの受付嬢、エルフのシルフィも同乗している。
「感謝いたします、シルフィさん。おかげでゲンタさんと有意義なお話が出来ました」
そんな老紳士の言葉にシルフィは光栄ですと短く応じる。
「貴女が共に来られたというのは、私への配慮もあっての事とは思いますが…」
そこでヒョイオ・ヒョイは一度言葉を切り、
「もう一つ、彼を守る為でもあったのではないですかな?迅雷のシルフィ嬢」
「………」
質問にシルフィは沈黙で応じた。表立ったものではないが、若干の緊張が車内に走る。しかしすぐにその緊張をシルフィは解いて『はい』と応じる。
「そうでしたか、そうでしたか。やはり私のカンに間違いは無かった」
ヒョイオ・ヒョイは柔らかに微笑む。
「私もね、長年酒場のカウンターに立っています。するとね、色々な噂が入ってくるんですよ。良い物も悪い物も、価値あるものもただの与太話もね。そんな中で耳に挟んだ興味深い若者の話、まだ若く町に来て日も浅いのに周囲の人の心をしっかり掴んでいる」
そう言いながら、彼は帰り際にゲンタから渡された紅茶のティーパックを見る、紅茶を気に入ったヒョイオ・ヒョイに土産として彼は手渡したのだった。
「こんなにも…、こんなにも貴重な茶葉を…、それも惜しげも無くね。それでいて私に媚びて取り入ろうとする様子も無い。そして極め付けは貴女が同行した事です。はじめ私は冒険者ギルド側の傍観者としてだと思いました。しかし、ゲンタさんと話しているうちに貴女が何かと気にかけ守ろうとしているように感じられましてね…」
「そう…見えましたか…」
「ええ。ええ。貴女はギルドの一員として彼を守る為だけに同行したのではない、彼を守る為…、それも…」
ヒョイオ・ヒョイは一度言葉を切り、
「一人の女性として…、ではありませんか?」
「……。それは、分かりません」
問いかけたヒョイオ・ヒョイの言葉にシルフィが返事を返す。その否定をしない回答にヒョイは優しく柔らかい微笑みながらウンウンと頷く。
「ふぉほほ、それはそれは…。貴女ほどの方が気に入り、それに物離れも良く度量も大きい。それにあの何気なく使っていたテーブルのあの手触り。石木の…それも名のあるドワーフの作でしょう?質素に見えてあれほどの物、ドワーフの名工でもなけれざ作れますまい。そんな物を家屋の中ではなく、庭先で使うとは…。私はね、ますます彼に興味が湧いたのですよ」
その言葉にちらりと、シルフィがヒョイオ・ヒョイを見やる。
「これほど底知れぬ御仁、興味が湧かぬ訳がありますまい」
にこり。その日一番の笑顔で彼はシルフィの視線に応じた。
次回予告
パンの販売、塩の販売、そしてヒョイオ・ヒョイとの面識を得てゲンタの商売はどんどん軌道に乗っていく。一方で上手くいかない者もいて…。
次回、『塩商人』ブド・ライアーの誤算。お楽しみに。
皆さまにお願い
くっ!ガッツがたりない!
物語も百話を超え、なんとか続けております。
面白かった、続きが気になる、などありましたら是非メッセージや評価をお願いいたします。作者に元気を、オラに元気を分けて下さい!
今後ともよろしくお願いします




