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19話 栄養の行方とアピールしたい後輩

 ボウリング場を後にした僕たちは、次の焼肉屋へと徒歩で向かっている。


「牧村先輩」


 ちょうど僕が一人になったタイミングで後ろから声がかけられた。声だけでももちろんわかるが、僕をそう呼ぶのはただ一人。振り返ってみると、いたのは当然美園。

 ボウリングをするためだろうか、いつもより少し丈の長いワンピースにレギンスを合わせている。今こそ「今日の恰好もいいな」を使う時だろう。


「美園。今日の……飲み会は行くの?」


 ハードル高いな、やっぱり。


「はい。参加予定です。牧村先輩はどうですか?」

「僕も参加予定だよ。隆かジンの家で空いた方に行くんじゃないかな」

「若葉さんのお家には行かないんですか?」


 美園も会場の話は聞いていたのだろう、僕が若葉の家を候補から外している事が疑問のようだ。


「若葉の家は女の子ばっかりになりそうだし、そこに僕が参加するのは厳しい」


 主に僕のメンタル的な意味で。決して若葉と不仲な訳ではない。


「そうですか。私は若葉さんのお家に誘われたので、残念です。あ、でも女子ばっかりの中に牧村先輩を呼ぶ訳には……」


 そう言ってくれた美園に残念そうな色が見えて、少し嬉しい。ちょっとだけ若葉の家に行こうかなという気すらわいて来る。実際には無理だけど。


「ところで、次のお食事は席順が決まっていたりするんでしょうか?」


 何やら少し考えていたような美園だったが、顔を上げて質問してきたのは焼肉の事。


「去年は焼肉じゃなかったけど、決まってなかったかなあ。今の段階で何も言ってこないって事は今年も多分そうじゃないかな。このままの流れで何となくって感じで」

「このままの流れで、ですね」


 僕の説明に、美園は少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべてそう言った。



 あの後も美園と並んで焼肉屋まで歩いたので、そのままの流れで隣り合って座る事になった。


「いいのか? あっちに行かなくて」

「いいんです。しーちゃんとはいつでも話せますから」


 志保でなくても女子が固まっているエリアもあるのだし、そちらに行った方がいいのではないかと思うが、美園はそれを固辞する。もちろん隣にいてくれるのは嬉しくはあるのだけど。


「僕とだっていつでも話せるだろうに」


 何気なく言った一言だったが、美園は弾かれるような勢いで僕を見た。


「いつでもお話ししていいんですか?」

「深夜と早朝と授業とバイト中以外ならね」

「ちゃんと聞きましたからね。絶対ですよ?」


 そんなに念を押さなくてもと、思わず口から出そうになった言葉を美園の嬉しそうな顔を見て飲み込む。社交辞令だろうと水を差すことは無い。僕にとっても嬉しい言葉なのだから。


「イチャついてるね~」

「あのマッキーがね」


 聞こえてきたそんな声の主の二人の事は、向かいの席にいたのに全く目に入っていなかった。


「いたのか」


 横で赤くなって俯いてしまった美園の分も意趣返しをしてやろうと思ったが――


「周りが見えないくらいだったって事? そんなに二人の世界入ってましたアピールしなくてもいいよ」


 完全に向こうが上手だった。


「助けてくれ、ジン」

「無理なの知ってるだろ」

「だよな」


 向かいにいたのは香と委員長のジン。僕の向かいにジン、美園の向かいにいる香は「赤くなって可愛い」と言って美園をからかっている。発言内容については大いに賛同するものがあるが。


「そろそろやめろよ、香」

「怒られちゃったよ。ごめんね美園」

「い、いえ。全然気にしてないですから」


 気にしていても言えないだろうけど、美園の様子を見る限り多分大丈夫じゃないかと思う。美園は結構顔に出るタイプだから。


「しかしマッキーが香にああいう言い方するって、大事にしてるんだな」


 収まりかけた場に空気の読めないジンが波紋を起こす。横目で見える美園は赤い顔で僕を見ているし、斜め前の香は「こいつ言いやがった」とでも言わん限りの顔をしている。


「お前、自分の彼女を暴君みたいに言うなよ」

「ジン君酷くない?」


 敢えて後半には触れずに香を巻き込んでみると、多少責任を感じているのか香も乗ってくれた。後ろから撃たれたジンは驚いて香を見ているが、もっと驚いている人物がいた。


「え? お付き合いされてるんですか? 香さんとジンさん」

「そうだよ。まあ見ててもわかんないよな。そもそもあんまり二人でいないし」

「良かったんでしょうか、聞いてしまって」

「別に隠してる訳じゃ無いし、全然構わんよ。なあ香」

「そうそう。美園は彼氏できた時に隠したいタイプ?」

「え!」


 困らされて驚かされての続きからいきなりの質問に美園はうろたえているように見える。助け舟を出すべきかと思ったが、美園はきっぱりと言った。


「私は周りの人には言いたいです」


 少し意外だった。


「美園の場合はその方がいいだろうね」

「きっちりアピールしとかないと寄って来る男多そうだもんな」


 香とジンの発言を聞いて納得する。確かにナンパ避けならこれ以上無い手段だ。


「えっと、そうじゃなくてですね。ちゃんと私の彼氏だってアピールしないと、他の女の子が好きになっちゃったら困るからです」


 と思ったら逆だった。美園と付き合って浮気するバカはいないだろうが、美園と付き合える程の男なら、確かに他の女子も放っておかないだろう。


「おおー。意外と強いな」

「だってさ、マッキー。そっちははどうなの? 隠しておきたいタイプっぽいけど」


 何故僕に話を振る、と思ったがジンと香は隠していない。美園はむしろアピールしたい、と来たら残る僕の話になるのは仕方ないかもしれない。


「正直、考えた事も無かった」


彼女は欲しかったけど彼女が出来た想定はした事が無かった。


「空気読めよマッキー」


 お前が言うな。


「そこを敢えて今考えたら?」


 空気の読めない委員長を放って、香の質問に対して頭を回す。


「敢えて言うなら、どっちかと言うと言いたいかな?」

「えー。意外、なんで?」

「なんとなく、かな」


 本当は言った方がヘタレ扱いから解放される気がするからだけど、これ言ったら余計ヘタレ扱いされる気がする。


「一緒ですね」


 隣で笑う後輩に、照れ隠しで「そうだな」とだけ答えると、部長の隆が乾杯の音頭を取るために立ち上がったところだった。



 向かいの席で、香が甲斐甲斐しくジンの焼肉の世話をしていたのを見て、美園も同じように僕の世話を焼いてくれた。

 気にせず食べなよと言うと「あんまり食べると太っちゃいますから」と、細身の美園が世の女性の半数を敵に回しそうな事を言っていた。

 食べても胸に栄養が行くタイプっぽいから大丈夫だろう、と完全なセクハラ発言を飲み込んで、結局そのまま世話になった。焼肉は非常に旨かった。


 そんな時間を思い出すのは、今ここに男しかいないからだろう。

 現在僕がいるのは隆の家、僕を含めて男が七人のみ。若葉の家は全員女子、ジンの家は男女半々、必然残る隆の家はこうなる。

 因みに「彼女が女の子と飲むと怒るんだよね」と惚気たドク以外は、全員独り身だ。


「隆さん、彼女欲しいっす」


 初っ端からガンガン飲んだせいか、雄一が半泣きで隆に絡みだした。


「僕も欲しいよ」


 約一名を除いてここにいる全員が同じことを思っているだろう。


「彼女はいいよー。もう、こうなんか、毎日が幸せっていうかさ」


 サネはジンの家に行っており、この場の2年はドクと隆と僕の三人。これにツッコむ役を一人でやらなきゃいけないのは面倒だ。なので放置する。


「隆さんとマッキーさんはどうなんですか?」


 別の1年生から恋バナ開催の要望が出た、男七人とかいう場所で狂気か。こういう時は卒アルでも見ながら、好みの女の子のタイプでも言い合うのが定石じゃないのか。


「僕は何も無い」

「マッキーはあるでしょ」


 隆が僕を売りやがった。そっちがそのつもりならこっちにも考えがある。


「たまに美園と一緒に帰るくらいだろ? そんな事言ったらお前だって、去年若葉が何回かこの部屋に泊まってるだろ」

「あれはちが――」

「マジっすか?」「詳しく聞かせてくださいよ」


 僕は無事隆を売って自分の平穏を買う事に成功した。

 実際のところ隆と若葉の間には特に何もない、と思われる。

 他のサークルなんかは知らないが、文実は男女の仲が非常に気安い。男女が平気でお互いの家でサシ飲みするし、場合によってはそのまま泊る。もちろんそこで体の関係がある訳でも無い。そのせいか、一緒のベッドで寝た相手に告白してフラれるなんてケースもあったらしい。

 だから、家まで送ったり、家に上げてもらったり、一緒に食事をしたり、なんて事は大した事ではない。勘違いしてはいけないのだ。

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