九尾東国冒険譚
「ともあれまずは文の中身と照らし合わせてみるか。四郎、長島はどうなっていた?」
「天下諸侯皆々こぞって長島へ馳せ参じ、参陣なされた諸侯は直子様に拝謁を願うと共に、その中の多くは『九尾』の傘下たるを乞い願うと」
万に一つ、先ほどは俺の読み間違いだったのではという可能性に賭けて四郎に聞いてみると、おおよそ文の中に書いていたものと同じような答えが返ってきた。
「た、例えば誰が?」
「まずは当然、蒲生様、小田様、戸沢家の夜叉九郎殿も。彼らは我らにもよろしくと言ってくださっていたようで、比較的大人しく帰路に着いたそうだ。戸沢家は遠く、蒲生は領地替えとなり、小田家もいつどうなるかわからぬ身であるし」
「ああ、確かにそうだな。ではその他の東国は?」
「尾張より東に領地を持つ者であればほぼ全てと言って良い。だがあえて例えばと申すのであれば、虎の尾就任を求められたのは『羽州の虎』の威名を持つ、最上義光様。どうやら藤次郎様が手紙でご自身が竜の尾を拝命したと自慢した様子で」
「……身内に対してはまだ子供であったか。南部と安東は?」
「共にご当主が来着されたご様子」
なるほど。言葉通り、奥羽二州については悉く人が来たと言って良さそうだ。
「滝川様も、柴田様も、此度の助力に対し直子様に礼を述べたと」
「筆頭家老に関東管領がか。まあ、あのお二人なら我々の動きも分かっていたのだろうが……徳川殿は何と?」
「徳川様は御嫡男三郎信康様を寄越し、『天下泰平を成すため、今後とも九尾との協力は緊密にしてゆきたい』と」
「……何とも老獪であるな」
『狸の尾』などというものを目指す事なく、此度は『九尾と徳川』の協力によって行った行為であるという印象を作った。本人でなく嫡男を寄越すところも、慌てて繋ぎを付ける必要などなく、既に我々は入魂であると周囲に知らしめているようにも見える。一つ格上の振る舞いと言えよう。
「陸奥に関東、東海、甲信ときて、越後、上杉は動いたか?」
こちらばかりは、流石に軍神上杉謙信公を亡くしたばかりである今、大きく動くことは出来かねると思うが。
「8月1日の大相国宣下の後、御坊丸様は正式に上杉家の家督を継ぐ事が発表され、通称は源三郎、元服は時期を待つそうですが、恐らく信輝を名乗るとのこと」
「うん」
そこまでは他ならぬ四郎からの報せで聞いた。かつては武田家に人質として出されていたこともあり、信勝を名乗るのではと言われていたが、上杉家の養子となるにあたって謙信公の諱、輝虎から一字拝領し、信輝とする。おかしな事ではない。因みにだが信勝の名は同じ年の生まれである兄、於次丸殿が名乗ることになる。こちらは実子がない権六殿の養子として柴田家を継ぐために、同じく諱である勝家の勝の一字を拝領したものである。
「結構なことであるし、唯一の同腹の弟が先行き明るいとなるのは嬉しいことだが。それがどうかしたか?」
「喜平次殿と与六殿を引き連れ、直子様に御目通りを願った後、上杉家家臣が直子様への取次ぎを担うようになったと」
「おい。嘉兵衛は何をしているのだ」
思わず突っ込みを入れてしまった。喜平次殿とはつまり、御坊丸改め源三郎が上杉家に捩じ込まれるより前に、上杉家の家督を継ぐと目されていた人物だ。その母は謙信公の実姉の仙洞院殿。与六殿はその仙洞院殿の小姓として側仕えをしていた者である。特に与六殿には此度東国行脚の発端となった母の行いにつき、色々と手伝いをしてもらった。喜平次殿は剛直かつ誠実。与六殿はともかく頭の回転が早い。二人ともやや潔癖がすぎるきらいがあるものの、そこも含めて、清濁併せ持ちすぎる母に対抗させるには丁度良い人物であった。
「余りに来客が多すぎる上、いかに嘉兵衛様といえど目通りを断る事が出来ぬ方が多くおられたため頼らざるを得なかったと」
「確かに……それはそうかもしれぬがそれで、上杉家は何を欲しておるのか。越後の龍上杉謙信公の跡を継ぐものとして、龍の尾などと言われても既に伊達の藤次郎殿にその名は持っていかれたぞ」
「我は直子様の実子なれば、狐尾そのものである。故に狐尾として母を支えるものであるというのが、源三郎様のお言葉」
「……なるほど」
2番目以降に甘んじる事なく、9つしかない尾っぽを奪い合う事なく、その先頭に乗り込んだか。上杉家もまた、原田家及び九尾という後ろ盾を得られる。敵も作らず賢いやり方だ。だが。
「まだ10歳であろう。やり口が上手すぎるように思うが、誰かに操られている訳ではないのか?」
「お言葉を返させてもらおう。兄弟子、御身は10才の頃既に当時の筆頭家老をやりこめていたと我らは聞き及んでいる」
「いやあれは父も母も後ろ盾であったからであるし……」
論破され、反論しようとしたが言葉は尻すぼみになった。源三郎とてこの一年半、父や村井の親父殿、そして母と話をすることはあったであろうし、成長したのであろう。あの明晰な与六殿らからも助言され、この機を逃さず動いたのだと考えればそこまで不自然ではない。というか今更ながら己が小僧の頃にした火遊びが少々危険すぎて身が震える。
「更には身内ということで、浅井・細川・佐治・筒井と言った者たちも続々と。これらの4家は遠国でもないため、土産物を山と積み、直子様の屋敷は既に質の良い反物や簪、香、各種茶器に茶道具、そして書物で溢れかえらんばかり」
浅井家は市姉さんの嫁ぎ先、細川家は犬姉さんの嫁ぎ先、佐治家は犬姉さんの前の嫁ぎ先だ。当主戦死につき、まだ若かった犬姉さんは再嫁したが、その前に二人の男子を産んでおり縁が完全に切れた訳ではない。
「筒井家までやってきたというのか?」
「藤姫様が御自ら参られ、源三郎様と二人で直子様にお会いしたと」
藤姫。俺にとって唯一の同腹の弟が源三郎であるように、唯一の同腹の妹である。歳は源三郎と同じ10。双子であり、俺の知る限り無口な源三郎に代わって会話を全てこなすような妹であった。話に聞く限りでは、俺の亡き後双子で協力して生前の俺の事績などをまとめている様子であった。
「2人共順調に母上に似てきてしまっているな」
「兄上様にも似てしまったのだと思いますわよ」
ふうと息を吐きながら呟くと、すやすやと眠った我が子を手に、ハルが部屋を出ていきながら言った。同意するように四郎が頷く。むう。
「そんなことはどうでもいいだろう。それで、東国を除いた諸侯はどうであったのか。流石に西国勢はそう多く詰めかけてはくるまい」
「いや、惟任日向様と羽柴筑前様がそれぞれご当主自ら足を運ばれたことによって西国勢も一旦長島に寄る者が増えた。そもそも、安土からであれば長島を通ってもそう遠回りにはならぬというのもある」
「まあ、そうか。十兵衛殿と斉天大聖は何と?」
「話を伺ったのは嘉兵衛様であるので詳しくは何とも。しかし、惟任様は明らかに珠姫様の為に用意したと思われる家財一式や、反物に隠した耶蘇会信仰の道具などを持ってこられた。羽柴様はご自身が九尾の末席に座ることを許して下さったこと、この上なき光栄。などと言ってとんでもない量の貢物を置いて帰られたそうだ」
十兵衛殿の如才なく慎ましい人柄、同じく斉天大聖の如才なく派手好きな人柄が表れていた。九州最南端の惟任家が当主自ら挨拶に出向いたというのは確かに大きな意味を持つであろう。
「その他、我らの知遇で言えば前田様は『犬の尾』はこの身をおいて他になし。であると仰せになり、尼子家からは名代として来られた山中様が、かつて弾正尹様とは同じ戦場をかけた中であり、我が名は『鹿之介』であると、強く主張しておられたらしい。長宗我部家からは御嫡男信親様が来られ、我が父はかつて大相国様より『鳥なき島の蝙蝠』との異名を賜ったことがあると」
「別に、動物の二つ名があれば採用するという話ではないのだが」
あと恐らく、鳥なき島の蝙蝠についてはまだ両家が敵視しあっていた頃の、蔑称に近い言葉なのではなかろうか。魔王と罵られ、それを気に入って手紙の自称に使ってしまう父のようなやり口は余りよろしくない。
「それと、此度の騒動で原田家を出し抜こうとすることは得策でないと考えたのであろう。公家衆や大商人たちがご挨拶と称してやって来ている。それから下間頼廉様率いる下間一族も動いた」
「うん? 公家と商人はわかるが、下間頼廉殿は何を?」
公家は金はないが身分はある。公家衆が客として来たのならば母も無碍には出来まい。そこに商人が乗るというのは、連中としてはどちらにも理があるであろう。しかし寺社の、それも下間頼廉殿が何をするのであろうか。『仏の尾』などというものを目指したりはしないであろうし。
「此度、仏門に帰依する者らが金稼ぎに走り、そのせいで原田家にご迷惑をかけた。故に謝罪をと」
「うーん。相変わらず世の正しさを具現化したような人物なのであろうな」
周囲の俗物加減と相まって、下間頼廉その人の周りだけ爽やかな空気が流れているような心持ちさえする。
「その他中小諸勢力の者たちの多くは、流石に大物が多すぎると初めから目通りのみを目指し、例えば蒲生様の配下、鯰尾の一尾、などという形でその傘下に収まろうとしている者がおる」
「そうなってくると流石に収拾が付かんな」
頭を抱えた。今年の早春、俺が長島を出た時、母は既にかつて『九尾』と呼ばれていた、実際には単なる人足や女中たちの集まりでしかない者たちを解散させていたのだ。そのうち、このような呼ばれ方も廃れるであろうと高を括っていた母に対し、俺は物語として面白ければ名は残り、後世面白おかしく話は加えられるだろうと思っていた。だが、実際にあのままであれば、このように巨大な、それこそ天下を裏から支える妖のような組織になることはあり得なかったであろう。当然、此度長島に本朝における名のある人物が集結しつつあるという事態について、母には責任はない。本人は嫌々ながらも真面目に書写をしていたはずであるのだ。ということはつまり、
「結局、誰のせいでこうなってしまいましたの?」
「そうですね。それが気になります」
頭を抱えていた俺は、声がした方を見た。ハルが、子を預けて来たのか手ぶらで戻って来た。だが1人ではなく、隣にはお珠が並んでいる。
「……まあ、誰か1人を挙げるのであれば、間違いなく俺だな」
そもそも『狐尾の帯刀』などと言い出したのは他ならぬ俺であるし、『鯰尾の忠三郎』までは間違いなく俺の意向で決まった。そこまでで終わっていればまだしも後世の話に尾鰭背鰭が付け加えられる程度で済んだかもしれないが、小田の小太郎殿や斉天大聖が味方となった時、『九尾などという組織は存在せず、単なる戯言である』と言って根を断ち切っておかなかったことは余りにも浅薄であった。
「そのせいで今、お義母様がご苦労をなさっておられるのですね?」
「そうですね。私たちのお義母様が、ふふ」
ハルの言ったお義母様という言葉をお珠が嬉しそうに繰り返し、それを見たハルがお珠をきゅっと抱きしめた。仲が良さそうで何より。という現実逃避はさておき。
「兄弟子。いや、余人を介さぬ故殿と呼ばせていただきますが、殿。嘉兵衛様は取り急ぎ殿が来着あるべしと請願なさっております。そして直子様、直子様はお怒りです。直ちに謝罪に向かうべきかと」
「そうですわねぇ」
「旦那様、私も一緒に謝ります。頑張りましょう」
愛する妻2人、そして同様に可愛い弟分に説得をされ、俺は天を仰いだ。遅まきながら文を読む。嘉兵衛の文には四郎の言葉通り、現在の窮状と急ぎこの場を何とかして欲しいという請願が認められていた。そして母の文にはありありとした怒りが認められていた。母親に写書などをさせている間に、東国で随分と楽しんできたようだが、母が手を痛めて筆を取っている間に満喫した東国旅の様子を是非聞かせて欲しい。だそうだ。字が綺麗なことが特技の一つである母が、中々崩れた字を書いている。下手になったのではなく、感情のまま殴り書いたからであろう。
「怒った母上は、あれで随分怖いのだが……それでも、逃げるのは悪手であろうな」
「ご賢察の通り」
「まあ、タテ様が悪いのですから」
「悪いことをしたら、ごめんなさいですよ」
うん。この旅の中で俺がまあいいやで済まして来たツケが、全て回って来たのだと思う他にはない。既に遅きに失しているのだ。となれば。
「是非もなし……四郎」
「はっ」
「今すぐ逃げるぞ。手の者を集めろ」
そして俺は四郎の肩を掴み、鼻先を引っ付けるようにしてそう言った。
「と、殿……」
「殿などと呼ぶな。俺はとうの昔に弾正尹ではない。名もなき死人が、どうして天下の有名が集まる長島に行かねばならんのか。お前は四郎だ。俺の弟弟子だな? 兄弟も同然だろう? 友達だよな? 俺に協力してくれると信じているぞ? そうだろう?」
ニッコリと笑いかけ、是、という答えを強制した。いやいやいや、と首を振る四郎。いやいやではない。俺はただ一言。御意と言ってもらいたいのだ。
「タテ様。今逃げたところでただの時間稼ぎにしかなりませんわよ。そのうちどうしようもなくなります」
「そのうちのことはそのうちに考える。ともかく俺はこの首根っこを引っ掴まれて引きずられるその時まで、降伏も投降もせん。狐も大相国も知ったことか」
「殿、余りにも母子過ぎます」
うるさい。何が悲しくて体が大きくなり切ってから母親に叱られなければならないのだ。可愛い息子の尻拭いだ。母とて最後には喜んで役目を全うしてくれよう。
「けれどタテ様、逃げると仰ってもどうなさるのです?」
「うむ。まずはこの屋敷を出る。ここには俺がいることを知っている者が多すぎるからな。村井の親父殿が頂いていた屋敷がある。そこで一旦様子を窺い、それから長島とは逆に、安土を目指す」
木を隠すなら森の中。人が隠れるなら群衆の中である。
「それから先はどうします?」
お珠に訊かれた。全く考えていない。だが。
「そうだな。村井の親父殿から取り急ぎ金を借り、そのまま急ぎ大坂へ、船に乗り込み一路日向へ。皆で十兵衛殿に会いに行こう。先ほどの話だと結構なものを頂戴したようだ。どうせ十兵衛殿なら大体のことはわかっているに決まっているのだから、ほとぼりが冷めるまでのんびりしようじゃないか。今が暑さのてっぺんだ。寒い時期を日向で過ごし、桜が咲く頃に戻って来れば皆何もかも忘れているに違いない」
今度は四郎が頭を抱えた。ハルもふうとため息を一つ。いつも楽しげなお珠はこの時も楽しげにしていた。俺が立ち上がると、ハルもお珠も俺の手を取り、ついて来てくれた。
「産後間もないのに済まないな、ハル」
「いえいえ、夫の道行きを正すのも、妻の務めと思っておりますよ。ねえ、お珠さん」
「はい。主も人の過ちを咎めたりはしません。最後には反省し、正しい教えに従えばよいのです」
そうして逃げ出した村井屋敷には、こうなることを予見して待ち受けていた母が居座っており、俺は俺の両腕を掴む妻2人と、四郎が差配した伊賀忍に囲まれあえなく御用となる。その後、天正六年が終わるまで俺は山積した面倒ごとの後始末に追われるのだが、それについてはただただつまらぬ作業が続くだけであるからして、これ以上の紙片を費やすことは避けよう。
いずれの年を始まりとし、いずれの年を終わりとすべきか、万人が皆納得する答えを出すことは難しかろうが、ともあれこの後、天正六年以降をまだ『戦国の世』とみなすものは日ノ本からいなくなった。
ご愛読ありがとうございました。
また、それなりのものが書き溜められたらお正月に投稿します。では。




