関東下向
「思うておったより、遥かに楽な道行きであったのう」
甲斐と相模の国境となる山々を超えるべく歩き出してから僅かに3日後、早々に山歩きを終え、広大な関東平野が見える山裾にまで出たところで、雲八爺さんがしみじみと、それでいて拍子抜けしたような声音で呟いた。
「忠三郎が申していた通り、既に織田軍10万が通ったことのある道ですからね。北条武田が戦に及んだ際にも兵馬が踏み固め、この度の葬儀においても、関東諸豪族こぞってこの道を通るとのことで、滝川家指揮の下、北条家ら関東の者共も取り急ぎ街道の整備を推し進めたと」
雲八爺さんの言葉に四郎が答えた。成る程と頷き、来た道を振り返る。間違いなく山道であった。しかし道幅も広く、駕籠でもって進むことも可能な程度には整えられていた。道中にあった村においては銭で飯を買うことも出来、寝泊りに不便はなし。道に迷うということもなかった。
「何ともつまらん。あのような街道があっては甲斐から関東へ大軍を送ることも容易。北条は関東諸勢力の全てを向こうに回しても屈することのない気骨ある家と思うておったが、これでは織田家に対しても関東の者共に対しても門戸を開いているようなものではないか」
「まあ、そうも言っていられない時勢であったのだと思います」
今度は俺が答えた。かつて手を結んでいた武田も今川も滅び、軍神上杉謙信をしても最後には屈服する以外に手はなかった。ことここに至っては生き延びる為の最良の手とは従順であることだ。北条の努力によって関東武者は皆遅れることなく下知に従うことができた。となれば覚えもめでたかろう。
「が、今もって築城に励んでおる、その尚武の気風やよし。いざとなれば西国勢をここで押しとどめ、逆撃して再び関東に覇を唱えんとしておる」
俺たち3人を後ろに従え、のしのしと歩を進める雲八爺さんが、向かって左手、北側を指差しながら言った。見る。山と木に隠され、そこに城の姿は見えなかった。しかし、山中から立ち上る煙がうっすらと見えた。火をおこしている煙と、飯を炊いている煙だろうか。
「あんなところに城が?」
「間違いない。あの活気はまだ築城をしているところであろう。戦支度をしているのなら別じゃがな。先ほどから、後ろより追いついてくるものが減ったであろう? おそらくあの城へ向かう者が多いということよ」
自信を持って言い切る雲八爺さんに、半信半疑の俺であったが、その言葉が正しいことはそれから一刻あまり後に確認できた。山を下り、相模に入ってから俺たちは北東、滝山城へと向かったのであるが、その道中、山を下りきった平地から見ると、山中のややひらけた場所に広大な城が建てられており、今尚東西南北に広げられているのが分かったのだ。そしてその城へ向かう人々もまた多く、この地を八王子といい、彼の城を八王子城であるということも知った。そして余談にして恥ずかしい間違いであるが、ここは相模ではなく、その北武蔵国であることも、道ゆく旅人から教わった。
「この土地勘のなさは、笑い話で終えてはいかんかもしれんの」
「確かに。しかしこちらとしては都合が良い。この辺りは滝川家の領地ではない様子です」
「うん? 頼りとせぬのか?」
「どうしようもなければ頼りもしますが、今顔見知りと直接会えば少々面倒なことにもなりかねませんので」
俺の言葉に、雲八爺さんはそうであったなと言いながらカラカラと笑った。
「ともあれ目的の滝山城はもう目に見えています。雲八師匠。ともかく今日は滝山城下まで向かい、今後について考えましょう」
「うむ。北関東の武者どものうち、どれだけのものが織田に弓引く意気地を残しておるのか、しかと見極めねばな。カッカッカ!」
雲八爺さんは出立前に取り決めた己の役割を忘れず、周囲に聞こえるような声でそんなことをのたまった。一度として疲れましたなどという言葉を述べはしなかったお珠は、その辺りに落ちている花を愛でてみたり、鳥を見て目を細めたりと、終始楽しそうにしていた。四郎は場所についてよく分かっていなかったことが悔しかったのか、少し無口になっていたが、仕方がない。準備などさせてやる時間もなかったし、旅に出てからは常に俺と共に過ごしていたのだ。真新しい話など仕入れる暇はなかったであろう。
「ここより南へと向かえば北条の本城小田原城、東にはかつて大田道灌が構えたという江戸城、北にはかの有名な河越夜戦が行われた河越城があるとのこと」
やはり悔しかったのだろう。滝山城下にたどり着いた俺たちがその日の宿を取り決め、さて飯でも食うぞという頃になると、どこからともなくそのような報せをもってきた。
「房総の三ヶ国、それと常陸に下野上野、これらは全て織田によって奪い取られ、北条に残ったのは伊豆と相模、そしてここ武蔵の南と聞き及んでおる。出来うることなら北、それも関東の北までなどと言わず、陸奥や出羽の諸大名と繋がりがあるような大物と話ができれば良いのだがな」
豪傑の雰囲気違わず、瓶ごと買ってきた酒を煽りながら干物を食う雲八爺さん。隣にちんまりと正座している珠と合わせて見ると、鬼ヶ島にいる大親分と攫われてきた姫君のようであった。
「ここ滝山城の主たる北条陸奥守殿は、先代の三男にして、現北条家当主の御実弟とのことでございます。仮名は源三。諱は氏照」
「ふむ……続けい」
「御先代の頃より北関東の武士は元より古河公方様、東には常陸の佐竹、あるいは北、奥州の名門伊達家とも誼を通じておられた人物とのことで、伝手としては十分かと。蒲生様より頂いた書状もありますれば、お会いし、話をすることも叶いましょう」
そこまで聞いたところで、雲八爺さんはバシンと己の膝を叩き頷いた。
「流石は四郎。この限られた時の中で見事なものよ。先ほどは慣れぬ土地ゆえ多少不如意であったやもしれぬが、お主の力は我らの旅路に不可欠のものである。小さな片手落ちなど気にせず、これからも励んでくれい」
「ははっ」
威厳ある振る舞いで四郎に伝える雲八爺さんは実に様になっていた。いつの間にやら甕から酒を飲むことをやめ、盃を手に持っている。そこにお珠がそっと酒を注ぐ。うーむ、絵になっている。本来お珠はそんなことをさせて良い身分ではないのだが。母やハルの影響を受けて、お珠もまたこういうことを楽しむようになっている様子なので、今更無粋は言うまい。
「と、いうわけで帯刀よ。これより先はわしにはよくわからん。真の大将としてこれからのことを考えよ」
「ええっ!?」
己にはない豪傑っぽさを目の当たりにし、それなりに憧憬の気持ちを抱いていると、いきなり話を振られた。あたかもこれからの道行きについて大体の絵図は描けている風であったというのに。
「まあ、領主殿にお会いできるということであれば、会ってお話しさせて頂く以外にないかと。御先代の三男というのなら早雲寺殿廿一箇条もお持ちであろうし。可能なら是非とも手に入れたい。早雲様のお話も聞かせていただけると嬉しい」
「今更ですが、手に入れるだけならば蒲生様に頼めばなんとでもなった気がしますな」
言われて笑った。確かに、突然現れた我々から頼むより、忠三郎から正式に書簡のやりとりをした方が穏便かつ手早く話が済んだかもしれない。などということを笑いながら話すと、なぜだか四郎が頭を抑え、困ったものを見るような目で俺のことを見た。
「かっかっか、この行き当たりばったりの気風は美濃尾張の武士特有のものかもしれんのう!」
「いやいや、雲八殿や俺の父上と一緒にしないで下さい。この帯刀は道理を弁え、前もってしっかりと絵図を描き上げてから動く者ですよ」
「だ、そうな。二人はどう思う?」
ニヤニヤと笑いながら雲八爺さんが四郎、お珠に話を振った。四郎は目を伏せ、お珠は楽しそうに微笑んでいた。どうやら雲八爺さんと同じ考えであるらしい。少なからぬ衝撃を受けた。その後、口数が減った俺に、四郎とお珠がそれぞれ慰めの言葉をくれたが、行き当たりばったりと思われていることについては、どうやら間違いないらしい。非常に悔しい思いを抱きつつ、ともあれその日はお開きとなった。
翌朝、日の出とともに起き出した俺は、日の出よりも前に起き出し、弓の稽古をしていた雲八爺さんに一声かけ、そのまま表へと出た。東を向きながら瞼を閉じ、日の光を顔に受けると、どこからともなく気力が漲ってくる。漲ってきた気力と、起き抜けの体力で勢いをつけ、俺は良い梢の木を見つけ、登ることに決めた。木で作って漆を塗り人肌を再現させた左手は握ることも開くこともできないが引っ掛けることは出来る。ちょうど良い枝に左手を引っ掛け、そのままぐいと体を持ち上げ、太い枝に右腕を伸ばす。更に体を持ち上げて枝の上に立ち上がり、そしてそこから跳び上がって茅葺の家屋に乗り、そうして陽の光を背に受ける方向を見上げた。
「おっと、先客がいるとは」
「先客ではない。兄弟子がまたおかしなことをしていたので先回りしたのだ」
まだ馴染み切ってはいないながらも、兄弟弟子としての口調がサマになりつつある四郎がそこにはおり、俺が見ようとしていた西を眺めるともなく眺めていた。
「昨日の、八王子城というのが気になって、見たいと思ったんだ」
「うん」
「太平の世が来れば、東西交通の要となるかもしれない。東西手切となれば、北条の最前線となるかもしれない。そんな希望もあり危うくもある城について、もう少し知りたくてな」
「うん」
俺の話を聞きながら、うんうんと頷く四郎はしかし、何か意味ある言葉を返しはしなかった。それでも何も考えていないわけではないようで、噛み締めるように小さく頷いている。一つ何か言えば三つ四つと言葉が返ってくる俺の親類縁者とは違い、あくまで俺のしたい通りのことをさせようとし、その上でこの後についてのことを考えてくれている様子だ。
「城の普請となれば、日雇いで力仕事などもあるだろう。そこに加わってあわよくば地元の人間から話など聞ければ良いと思う」
「それだ、さすが四郎」
思っていた通り、素直な四郎がたった一度だけ述べた己の意見は、実に当意即妙なものだった。肩を抱きすくめるようにして褒めると、照れたようにはにかんだ。そんな四郎の背をポンと叩き、俺は意気揚々と八王子城へ歩を進めたのだった。
「歩いて一刻(約二時間)。走れば半刻といったところか。馬に乗ればさらにその半分、やはり近いな」
八王子城下まで到着した時、俺は呟いた。滝山城から見て南西に位置する八王子城はその山の頂にもう本丸が出来上がっており、そこから山の裾野に沿って、北東に様々な曲輪や居住地が伸びる形で作られ、今もそれらが広く高くなり続けている、そんな城であった。
「普請の手伝いか。人を雇ったことも住民を集めたこともあるが、人足として自ら手伝いをするのは初めてだな」
ともあれ人の集まる場所に行けば雇い手も見つかるだろうと、人の波に従って進んだ。目論み正しく、俺たち二人はすぐに、口髭を蓄えた大柄な男に声をかけられ、普請のため人を求めていると言われた。俺たちは俺たちで、路銀が尽きかけていて日銭を稼ぎたい。多少きつくてもいいので払いの良い仕事をくれと伝えた。
「荷運びが一番キツくて稼げるぞ。馬じゃ通れない細い道を通ることもある。怪我をすることもあるが、どうする?」
「じゃあそれで」
馬が通れない細い道、という部分に惹かれて即答した。細い道ということは戦のために細く作られたということであろうし、そういった場所であるということは城の高い部分であるはずだ。八王子城の深奥たる部分について調べることができる。別に、調べたからといって攻め落としたり調略をかけたりという予定はないが。
「それじゃあ後ろからこれを押してくれ」
俺たちに声をかけた男は、俺たち二人が人足として加わるとすぐに、すぐそばにあった荷車の元へと俺たちを連れて行った。大きな荷車で、重たそうな岩がいくつも載せられているそれは人の力で動かすのは困難だと一目でわかるものだった。馬で牽くのだろうかと思っているとそうではなく、すぐに、のっそりとした動きの牛が連れてこられた。体は大きく、それでいて気性は大人しそうに見える。牛の鼻面を二度ほど撫でた男は、牛に荷を牽かせるべく慣れた手つきで牛の首と鼻に紐を通し、牛車の前に二本突き出た轅に結んだ。
「牛車に乗るなんて、この石どもはお公家さんのようだと思わんか?」
さあ出発という時になって、前をゆく男がそう冗談を飛ばし、俺は笑った。貴人は牛車に乗る。唐国から伝わってきた文化で、応仁の乱以降そんな雅な文化はすっかり廃れてしまったようだったが、京都ではここ数年になって牛車に乗って移動する貴人が増えた。畿内から戦乱が絶えたということが理由の一つ。公家と、ひいては天皇家と融和する方針を固めた織田政権が、古き貴族文化を徐々に復古させているということがもう一つ。
「お、笑ったな。何となく良いとこの子供かと思って声をかけたんだが。牛車を見たことあるのか? 京都や大坂の出か?」
「いんや、尾州の出身だがね。牛車を見たことはにゃーけど、城の普請で牛が荷物を運んどるところくりゃーは見たことあるもんだで」
俺が流暢な尾張訛りで返事をしてみると、隣で牛車を押し始めた四郎が珍しく顔に出して驚いていた。俺は父も母も自身も尾張出身の田舎者であるからして、流暢な尾張訛りが出ることは全くおかしくないことである。普段と違う、と言われるのであれば、普段は格好つけているのだと答えさせていただこう。まあ、美濃に近江に山城にと、他国で過ごすことも多かったので、年寄り連中に比べれば訛りも薄いのだが、ここは尾張出身の田舎小僧と思われるため、殊更に訛りを強くして話をした。
「尾州、強い方のオダがいるとこだな。何だお前ら。そんなとこからわざわざ関東くんだりまで来るくらいなら、畿内に行けばよかったのに。親族でもこの辺りにいるのか?」
「おらん。昨日山越えてきたとこみゃあ。うちの爺様がどえりゃあ戦バカでのう。もう一旗挙げてやる言うてきかん。おみゃーらもきてちょーせんかて言うもんだでの。爺様ほかってもおけんから、こうして石つって銭こ稼いどるんよ」
折角なので張り切って尾州訛りを披露してみると、男が分かったような分からないような返事をしてきた。それでも男は俺がこの辺りでは珍しい海道よりも西の者だと分かって、牛を引きつつ俺たちに話をしてきた。ただ黙って荷を押すよりは会話をしていた方が楽しい俺としても、彼と話をするのは楽しかった。八王子城の裾野から中腹辺りまでの道幅は広く、牛車を押して尚十分に人々がすれ違うだけの余裕があった。そして、俺たちを雇った男はそれなりに顔が広かったようで、大将だのおやっさんだの棟梁だのと、楽しげに話しかけてくる男連中が多くいた。
「いやいや、お前ら若いくせに根性があるなあ。慣れてるのか?」
俺たちの仕事は、牛車が登れる山の中腹まで石を運び、上では糞尿で熟れさせた土を入れた桶を乗せ、下まで運ぶ。ということの繰り返しだった。確かに足腰も使うし、熟れたとはいえ糞尿を混ぜた土を運ぶというのは喜んでやりたい仕事ではないだろう。しかしながら昔俺が居城としていた丸山城は戦の合間に大急ぎで作業しなければいつ敵に攻められ、首を取られてもおかしくないという状況で築城した城だ。あの時に比べれば大して辛いとも思わなかった。
「尾張じゃあしょっちゅう城が造られたり壊されたりしていたもんだからね」
流石に事情を全て話すわけにもいかなかったのでそれっぽいことを言っておいた。因みにここまでもここから先も、実際にはキツめの尾州訛りで話している。
「働き者の孫たちほっぽって、爺さんは何をしてるんだ?」
「さあ? ここのところ織田と東国、陸奥が手切れになるかもしれないと言っていたから、この辺りで兵を挙げそうな人のところに行ってるんじゃないのかな?」
「爺さんはそんなにすごい侍なのか?」
「さあ。弓の名人だって自分では言うし、俺もそれはそう思うけど、今の戦は鉄砲だろ? 弓がどれだけ上手かったって何になるのか分からないよ」
「そんな爺さんに、お前たち良く付いてきたな」
「さっきも言ったけど、だからって爺さんほっておくわけにもいかないんだよ」
もう時期日も傾いてくる頃合いとなって、汗だくとなった俺たちは麓にある休憩用の長椅子に座りながらそんな会話をしていた。話の流れで、このまま夕餉もご馳走してもらえることになり、一旦水浴びをしてからもう一度ここに、ということで話がまとまりかけた。
「後でまた誘うけどな。それだったらお前ら俺のところで働かんか?」
この一日で、随分と気心が知れたその男は、それまでの冗談めかした言い方ではなく、至って真面目な様子でそんなことを切り出してきた。そうして、その言葉を聞いていた周囲の男たちが面白いものを見るような目で囃し立てた。
「おっ、小太郎様、また風魔党に若い衆を入れるのかい?」
「これを機に、とうとう風魔様が関八州を征するってか。うまく行ったら城持ち家臣にしてくだせえよ」
からかうような物言いを受けた男は、五月蝿いバカタレどもが。と、周囲の連中を追い散らした。
幕末時、将軍慶喜公に曰く「薩摩武士が色々話してたけど何もわかんなかった」
とのことですので実際には尾張と武蔵で既に言葉がほぼ分からなかった可能性もあると思います。
本作においては「訛りはあるけれど一応通じてはいるんだよ」という空気感で行こうと思いますので
読者の皆様におかれましてはあらかじめご了承ください。




