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信長の庶子  作者: 壬生一郎
九尾編
149/190

太平千年を求む

「ちよつとまつてくだしい!」

「どうしました母上。慌てすぎて口が回っておりませんが」


天正六年の春、尾張国は古渡にて起こった一連の騒動が決着を見た二日後、その騒動において表向き全く無関係のまま、草葉の陰にて一働きした俺は、そのまま人知れず古渡を後にし、一路東国へと向かおうとしていた。


「しばしの別れが寂しく、息子を抱きしめにきたというのでしたらかたじけなく思いますが、生憎とすでにそのような年頃でもなく」

「そんなことはどうだって良いのです! これです!」


真顔のまま冗談を言ってみると、母らしからぬ面白くもない言葉で一蹴された。うむ。しっかりと追い詰められているようで何より。それくらいでなければならない。


「そんなこと、とは酷いことを仰せになられますな。して、これなるは経文、経典、武経七書、漢詩集や和歌集、そのほか色々とございますが、それが如何しましたか? 宿題については既にお伝えした通りでございますが」

「私がどうして写経などせねばならぬのですか!?」

「それはもう、此度迷惑をかけた方々へ、政所様よりの心づくしと思し召しくださいませ」


一連の騒動を受けての原田直子の対応は事実無根の書物を回収し、それぞれの寺へと送付するというものであった。同時に、自由闊達なる書の街にせんとする気持ちが逸り、世に害をなす悪書を検閲するという、管理者としての仕事を怠っていたという反省の弁も公式に述べている。実情を知るものとしては、検閲ではなく自粛をしてくれというのが真に伝えたいところであろう。このままであれば、原田直子およびその左右に侍る部下二人、そしてその一味はほとぼりが冷めたところでまた同じようなことを繰り返すは必定であるからだ。そこで、俺は此度の騒動において中心となった三名に、それなりに面倒臭い罰を与えることとした。


「心づくしというのであればわざわざ私自らが写経をする必要などないでしょう?」

「ございます。日に四刻、真面目に写経をして頂くことでありがたき教えをその身に染み込ませ、煩悩を洗い流していただこうというのがまず一つ。直接の手において写経を行うことにより、その間母上や姉上方に余計なことをさせまいとするのが二つめ。同時に、諸寺において原田直子の筆跡を読み取らせ、今後同じようなことが出来ぬようにするのが三つ。最後の四つめはこの戦国乱世にて貴重な書物が多く失われてしまいましたので、これを少しでも復刻するというのが狙い。四つめだけは確かに、誰が行ってもようございますが、いずれにせよ母上に日に四刻の写経をしていただくことは揺るぎませぬ。お二人には既にご納得いただいております」


言葉を終え、母の後ろを手で示した。母に遅れること数呼吸、慌てて追いかけてきた市姉さんと犬姉さんが肩で息をしながら頷いていた。母が二人と俺とを交互に見る。二人には母を見張る役を頼んでおり、協力的でさえあれば二人合わせて一日二刻でよいと裏取引を終えている。姉さんたちは母と視線を合わせず、俺はしれっとした顔を崩さない。それだけで、何かあったのだろうと予想がついている様子な母であったが、今更そこについてほじくり返そうとはしなかった。


「でしたらせめて、あんな毛根が死に絶えた連中の独りよがりを書き写すのではなくて、もっと面白いものを書き写させてください」

「四郎、今の言葉誰にも聞かれていないな? 人払いはしてあるか?」


予想をはるかに飛び越えた暴言を吐かれ、少し慌てた。四郎こと五右衛門が無言で頷き、一応安心したが、何ちゅうことを言うのだこの母は。


「なりませぬ。母上には御仏の教えというものをもう少し敬っていただく必要がございます。写経とは申しましたが他にも書物はございます。(まつりごと)についての正道を学びたくば貞観政要なども用意がございますし、先に申し上げたように武経七書もございます。立正安国論ばかりは抜いておきましたが、本朝における大師たちが書き上げた著書も多く用意いたしましたので、ご随意にお選びなさりませ」

「源氏物語は?」

「ございません」

あれは割と淫美であるからして。悪書とは思わないが母の毒抜きには向いていない。


「母上、繰り返しますが此度一つ間違っておればお三方ともに焼き討ちにされていたやも知れぬのです、寝る間や食事を削れとは申しません。御身の働きにおいて、反省を示してくださらねば」

「せめて半刻に負けてください」

「八分の七の値切りは欲張りすぎです」


全く引くつもりのない母であるが、勝負はついているのだ。写経は本日より始めていただく。科挙の受験でもする心算で身を入れていただきたい。


「では、行って参ります。拙者が戻り次第、写経は終わりとなりますので、皆様どうぞ無事の帰宅をお祈り下さい」

「息子か天魔か……」

「父親が魔王でありますので、当たっているかもしれませんね」


なおも嫌がって暴れつつ、女中たちに運ばれてゆく母の愉快な姿を見届けたのち、いよいよ俺は旅路へと踏み出すのであった。



「ということで、宜しく頼みます、雲八(うんぱち)殿」

「んん! 承知した! 今より儂は東国にてもうひと戦し、死に花咲かせんとする老武者、そなたらは儂の弟子である。よろしいな!」

「はい。師匠。四郎も宜しく頼む」

「……はい」

「私は雲八爺様の孫娘ですね。足手まといにならぬよう努めさせていただきます」


長島を後にした俺と四郎はかねてより申し伝えておいた船に乗り、東を目指した。まずもっての目的地は甲斐。船にて一気に東海道を下り、霊峰富士の手前で北上、恵林寺を目指す。そうして乗り合わせた船には予定しておいた通りの同行者が一人、そして予期せぬ旅の道連れが一人。


「お珠、どうしてここに?」

「ハル様に言われて参りました。女子が一人いればあの人は無茶が出来なくなるであろうと」

「ハルには暫く古渡で大人しくしていると伝えておいたのだけれどなあ」

「かっかっか! 見破られておるわ。若いのう。たいとうよ」

雲八爺さんが楽しげに笑い、心底から気の知れた弟子にするかのように俺の頭をワシワシと撫でた。四郎がその手を払いのけようとし、しかし今はこれが正しいのだと思い直し、伸ばしかけた手を戻す。


「真面目じゃの、四郎は。儂は中途半端な嘘は苦手であるが大嘘であれば得意としておる。松永弾正より平蜘蛛を盗みし大泥棒石川五右衛門の名は少々売れすぎたので四郎に戻しておるのであろう? ならば思い切って帯刀と同じ兄弟弟子なのだと信じ込んでしまえ」


今度はバシンと、四郎の肩を叩き、雲八殿がもう一度笑った。お珠は終始楽しそうにしており、俺もまだ見ぬ東国、そして陸奥にワクワクしている。やがて色々と思い切ることが出来たのか、四郎が俺を見て、宜しく頼む、兄弟子。と言ってきた。何人目になるかわからない弟分だ。何人目でも可愛いものだと思う。


「それと帯刀よ、先に聞いておくが右耳に左手の方はどうじゃ?」

「母上たちと四郎たちのお陰でこの通りです」

かつて本能寺の変において細川藤孝(ほそかわふじたか)殿に切り取られた右耳、血を止める為焼けた刀を押し当てたので火傷の跡もあった。かつては少々女顔にも見える己に迫力を出す為あえて見せつけるようにもしてきたが、これより先の旅においては目立ちたくない為、木を削って漆などを塗り、耳らしくしたものを伊賀忍たちが用意してくれた。火傷の跡も随分と薄くなり、その上で母上たちが化粧に使うものを色々と混ぜ寄越してくれた。結果火傷の跡はほぼほぼ分からなくなった。笠などを被っておればより分からぬであろう。

剣豪疋田景兼(ひきたかげとも)に切り取られた左手は、腕というより手首より先、というところであったのでこれもまた義手を作ってもらった。いくつか替えもあり、鉄の塊のようなものも一つある。これを使って何か鍵のかかった扉や壁などを打ち破ったり出来ないものかと少し楽しみにしている。普段は文鎮がわりにすれば良いし、左の肩を使って物を担ぐことなどは問題なく出来る。


「うむ、ならばよかろう。仔細は四郎が面倒をみるべし。よいか弟子どもよ。天下は既に織田の大うつけに降ったと思われておる。しかし儂は美濃斉藤氏に仕え織田に弓を引いて戦い続けてきた弓大将である。あのような尾州の田舎侍に屈する膝は持ち合わせておらぬ。坂東(ばんどう)陸奥(みちのく)にはうつけの一味に屈せぬつわものどもがいると聞く。(かつ)て! 中華天下の過半を征した曹孟徳が赤壁にて敗れたように、まだまだもう一波乱あってもおかしくはない。故にこれより東国へ、そして北へ向かう。孫娘が紛れ込むとは考えておらなんだが、いざ戦となれば守ってはやれぬ。また、道中疲れたなどと腑抜けたことを言うようであれば、三人のうち誰であったとしても切り捨てて進む。良いな!」


なるほど確かにと思わせる見事な大嘘であった。周囲の人の目を気にせず、というよりはむしろ聞かせてやろうという様子すら伺わせるその言葉に、はぁい、と元気よく言い返したのはお珠で、その後に俺がおうと続き、四郎が承知と頷いた。


「まあ、などと表向き儂が指図をしつつ、その実我らの大将は帯刀。そしてその黒幕には妖狐玉藻前様がおられるということであろう?」

それまで周囲に聞こえても委細かまわぬといった風に大きな地声で話しをしていた雲八爺さんが急に声を潜めて聞いてきた。うんうんと頷き、ニヤリと笑う。

「そう。俺の正体は九尾衆筆頭、狐尾の帯刀(たてわき)

狐尾、悪賢いという意味を持ち、狐火と音もかかっていて何とも不穏かつ不気味で良いじゃないか。


「たてわき、という呼び名で勘付かれてしまわないかと懸念しないでもないけれど」

「帯刀、という呼び名の者はそれなりにおる。もし勘付かれたとしても直子様の手の者として帯刀の呼び名を一時授けられたとでもすれば良い」

「ふむ。まあそうかな。そういうことであった方がらしくもある」

「となれば残りの八尾もはよう決めねば。儂や四郎は狐尾の兵であろう? それなりの連中を迎え入れねば形になるまいよ」

「私は狐尾に入れていただけないのですか?」

「お珠もか。まあ、狐尾には娼婦を嘲る意味もあるので、見目の良い娘はお誂え向きと言えよう。道中男どもを手玉に取り、大いに面目を施すべし」

はぁい、と、お珠が小気味好く返事をした。お珠の身分をよく知る四郎が、それで良いのでしょうかと首を傾げているが、良いのだ。単なるお遊びであるからして。


「では雲八師匠、道中よろしくお願いいたします」

弟子らしく頭を下げると、雲八爺さんはうむと頷いた。祖父と孫ほども歳の離れた俺たち。親族であり弟子でもある3人は雲八爺さんに敬語を使って文字通り敬い、雲八爺さんは師匠として振る舞う。俺たちの立場もこれで決まった。


「早速ですが師匠、路銀は如何するおつもりで? (しばら)くは保ちますが、もし戦となれば次の春までの持ち合わせはないですよ」

「弓の遠当てを見世物として路銀を稼ぐ。四郎も手投げで的当てをするのが得意であったろう。帯刀はよく口が回るので前口上を考えておけ。お主は物知りでもあるゆえ辻々で説経節など語っても良いかもしれんの。若い女子がおれば男どもの財布も開きが甘くなるであろうから、お珠は客引きの手伝いをせよ」

簡潔で分かりやすい説明を受けつつ、俺たちが乗った船は無事出航し、三河湾より出でた後、東海道を東進し、二日後には駿河湾へと入った。そこからは霊峰富士を右手に見ながらの行軍となったわけであるが、恵林寺への道は存外分かりやすく、坂道や獣道も思ったほどではなかった。足手まといは斬って進むぞ、などと言っていた雲八爺さんは言葉とは裏腹に優しく、特にお珠には荷物など一切持たせず、鍛錬であると自らが最も重い荷を背負って俺たちを先導した。確か年はちょうど七十かそこらであり、間違いなく老人であると言い切れる人物であるのだが、心身ともに矍鑠(かくしゃく)としている。




「そういえば帯刀よ。此度は甲斐より始め、陸奥や蝦夷地まで目指したいと申しておったが、道中においての目的を聞いておらなんだな」

「いくさは良くありません。多くの男が死に、女子や子供が売られ、一家が離散となり、国が荒れ果てます。と説得するのではないのですか?」

「それで納得するような連中であれば既に織田家に屈しておろう。真心を込めて話せば道理を分かってもらえる。などと考えておってはいつ寝首をかかれるか知れたものではない」


十日はかかるのかと思っていた道行きは四日で終わり、それもお珠に気を使っていなければもう少し早かったろうと思える程度の行軍であった。ひとまず最初の目的地に無事到着という頃になって、雲八爺さんから問われた。迷いなく紡がれた珠の答えは人として正しく、それでいくさが避けられれば文句のないところであるが、雲八爺さんの返答が誠真実である。諸勢力に対しての説得工作というのは確かに、目的の一つとしてあっても良いと思うが、突然現れた身分不詳の者から説得を受けた程度で、これからは織田家からのご沙汰に全て従い、末代までの忠節を誓いまする。と皆が平伏するだろうなどという夢物語は信じられない。ましてこれから俺が会おうとしている者からすれば、織田家は数百年続いた伝統を無視した検地などという行いを強制し、家臣となれ、人質を出せ、これより先は何をするにも織田家に裁可を求めよ。などと言ってくる傍若無人なる者どもなのだ。命を捨ててでも意地を通す。と考える者が多くいたとして、何も不思議なことはない。


「いくさによって貴重なる図書が散逸するのは国の損失。故にこれらの書物を守ろうということです。筆に秀でた才人もおるかもしれませんので、これに出会えれば密かに匿うことも」

二人のやりとりに笑っていると、俺よりも先に四郎が答えてくれた。そういえば俺と母とのやりとりを見ていたのだ。あの時の会話をよくよく理解した受け答えであった。


「であれば、金沢文庫や足利学校か。やはり、寺を多く回るが上策。いや、やはりそれぞれの土地の国人や大地主、領主を訪ねるべきであろうな」

「うん。四郎の言うことは正しい。けれども俺は日の本の東半分からあまねく物語や文人を連れ出そうなどとは考えていない。時間も手間もかかりすぎる。それに俺は母上ほど己の楽しみに忠実にはなれん。やはり、織田の世を千年のものとするために動きたい。そのために必要なものとは何かを考えた」


それが一体何であると思う? と問うてみた。雲八爺さんはやはり兵馬であろうといくさ人らしいことを言い放ち、四郎は少し考えた後、どれだけ早く多く正しい報せを得られるか、とこれまたらしいことを言った。


「お珠は何かないか?」

「んー、お約束ごと、ではないですか? 太平の世が来るのであれば、皆がお約束を守れれば皆心安らかに暮らせるように思います」


大変おおらかで、良い意味で子どもらしくもあり同時によく考えられた答えだと思った。雲八爺さんも四郎も女子供の申すことだと馬鹿にするような真似はせず、しきりに頷きなるほどと言っていた。そして俺もまた驚いていた。俺が用意していた答えを言い当てていたからだ。


「お珠の申す通りだ。本朝において武家が長くまつりごとを差配していたことが二度あり。すなわち鎌倉と室町」

「その前にあった平氏政権は数に入れぬのか?」

「一応、長く、という点において外すこととしました。武家政権の始まりとしては極めて大事であったということは勿論ですが」


問いに答えると、雲八爺さんはうむとばかりに頷き、残りの二人もそれぞれに俺の言葉を頭の中にて噛み砕いている様子であった。

「鎌倉の府には御成敗式目あり、室町の府には建武式目あり。お珠が言う通りお約束事だ。これが蔑ろにされるようになった時、世は混迷する。織田家は破竹の勢いで天下を征した。だが今この天下を支えているのは式目ではない。当代の麒麟児織田信長なる英雄がいるがため、周囲はそれに屈服しただけのこと。いつの日か、必ず人は死ぬ。その時までに織田は織田のための式目を作らねばならぬ」


鎌倉の府は承久の変において朝廷を圧倒したものの、それでも東西において権威が並び立つような状態であった。室町の府はその誕生から終焉まで勢力基盤は脆弱であった。南は薩摩から、北は陸奥まで、全てを覆い尽くす新しき世の式目を作り上げることができれば、安土に開かれた新しい御公儀は、二つの先代を凌駕することもできるだろう。


「成る程、かの今川義元は己の領土を幕府から下されたものではなく自分が切り取った領土であると言い、独立独歩を明言したが、そのためにこそ今川かな目録があった。とも考えられる。それぞれの土地の有力者が己の領地領民に下した目録や法度をかき集めれば、それは日ノ本の武士にとって新しき式目たりうる」

「四郎さんがやりがいにうちふるえておりますよ」


雲八爺さんが腕を組んで頷き、お珠はくつくつと笑っていた。前々から思っていたが、四郎は案外己の仕事にやりがいを求めるタチだ。いやな仕事でもやるにはやるが、己が納得した仕事であれば黙っていても一命を賭すというか。もしかするとそれは四郎が生まれもったものに止まらず、忍びが求めるものなのかもしれないな。


「ともあれいくさが始まってしまっては本を見せてくださいましと悠長なことを言ってもいられなくなってしまう。今日は休み、明日俺の手下に会いに行く。今の織田家の内情をつぶさに報告させてから、どう東へ向かうべきか決めようじゃないか」

「手下、我ら伊賀忍ではなくですか?」

「うん。さっき思いついて、九尾において第二の尾にしてやろうと決めていたんだ。ちょうど御誂え向きでもあるし。何しろ」

言いながら、俺はコンコンと己の額を指で突いた。


「鯰尾の武者であるからして」

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― 新着の感想 ―
[一言] 突然復活してた、びっくりですが大歓迎です。
[良い点] 帯刀殿が楽しそうで何よりです [気になる点] 雲八爺さん…一体何者なんだ!! [一言] 完結後に壱から読み返したのも既に年単位で前なので適度にキャラ関係図が頭から抜けてました。 丁度いいの…
[良い点] 狐尾はカッコいいですね。尾鰭がつきまくって正体不明感が増しそう。隠された十尾とか消された零尾とか裏九尾とか面白おかしく設定増やされるヤツ。 [一言] この四人の珍道中、黄門様御一行みたいで…
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