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信長の庶子  作者: 壬生一郎
津田所司代編
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第百十五話・この胸にかけて

 山陰地方、若狭より丹後へ惟住若狭守を大将とする軍二万。山陰地方、摂津より丹波へ羽柴筑前守を大将とする軍三万。四国勢、一条信孝を大将、惟任日向守を副将とし、長宗我部家らを与力とした軍二万。淡路よりは九鬼水軍。後詰や与力も入れ、八万を超す軍が毛利を追い詰める。八万の総大将となるのは俺だ。自分は京都に居座ったままで指示だけ出すというのは我ながら良い御身分であると思わないでもないが、大将は死なないのが第一。劣勢になったら味方の士気を高めるために前線にも出ようが、それまでは一に食料、二に武器弾薬、三に情報といった具合に、支援に徹することに決めている。


 「毛利家は四面楚歌だな」


壁に張った地図を見ながら呟いた。反毛利の手は西からも打たれている。土佐一条家先代当主一条兼定の継室は北九州に威を張る大友宗麟の次女であり、両者共に切支丹である関係から関係は顕密であった。加えて中国地方を制覇した毛利家は度々北九州に出兵し大友家を脅かしていた。その為反毛利包囲軍を形成するにあたり大喜びで味方をしてくれた。俺がしたのは京都で隠居料を貰って暮らしている一条兼定殿を接待し、大友家との繋ぎを作ることだ。噂によれば気性の荒い人物であると聞いていたので、内心ビクビクしていたが、いざ会ってみたら三十そこそこの何とも気の抜けた中年男であった。穏やかに茶を飲み、織田家からの隠居料に礼を言い、俺が土産を渡すと目を輝かせていた。この男が本当に名門土佐一条家の当主であったのかという疑いを禁じ得なかった。


 「これ程までに、肩が軽い生活は初めてにござる」


 俺のもてなしをひとしきり楽しんだのち、かつての土佐国主は朗らかに笑いながら言った。その一言と表情を見て得心がいった。この顔は、最後に見た公方様と同じ表情だ。戦国の世に振り回されてきた人物が、漸く安寧の時を得た。腑抜けたのではなく、この人物は元々こういう気性で、戦国という時代が緊張の糸を緩めることを許さずにいた。そういうことだ。


 最早何かを疑う必要もない一条兼定は、誰々には悪いことをした、誰々には謝らなければならない、などと言いつつ、これからの余生は基督教の教えを守り、恙なく暮らしてゆくと胸を張っていた。少々羨ましさを覚えた。


 東と西の、片方に八万。これでは俺が本隊になってしまい、東国攻めに出せる兵数が減るのではないかと思われるかもしれないがそのようなことはない。東の攻撃路は北陸、飛騨、信濃、駿河であるが、織田家がこれらに動員した兵の総数は合計十二万に上る。計二十万の軍勢、織田家の総石高が額面上で七百万に迫る今、この動員は決して国を亡ぼす数ではなくなった。日ノ本最大級の商業都市はほぼ織田家が独占し、銭の鋳造や富となる名物の制作を行い、貿易によってそれらを売買している為実際の実入りは七百万どころではない。今回の兵も、農民兵を借り出したのは一部の地域のみで多くは織田家の職業軍人達と、金で雇った兵達だ。丹波や丹後攻めにも、逃散した元雑賀衆が多く参加している。金が無く行く当てもない男達は最後の手段として己の腕っ節を売り、一発逆転に賭ける。特に戦続きで荒廃している北陸などは、織田家が気前よく金を払って兵を雇うので、餓死者の数が減っている現状である。織田家には、二十万の動員を二年続けても揺るがない地力がある。今回の戦いさえ凌げば織田家も手を引くだろうと思っている者がいるのだとしたらそれは大きな考え違いだ。


 東国の攻略についてどういう方針なのか、俺は余計な手出しをしないと決めた訳であるから割愛する。俺が見ねばならないのは西国だ。


 西から順に長門・周防・石見・安芸・備後・出雲・備中・伯耆・美作・備前・因幡・播磨・但馬・丹波・丹後。計十五ヶ国。これが俺の攻略目標だ。その内長門から備前までの十ヶ国が毛利氏の領国。最終的な目標として、俺は最大でも毛利家の領地を長門・周防・安芸三ヶ国にまで減らしたい。目標としては安芸一国まで削れれば御の字だ。


 中国十五ヶ国を合計した総石高は、概算であるが恐らく二百五十万石から三百万石程度だと思われる。織田家及びその家臣家の領国は既に二十ヶ国を超えているので、併せれば日ノ本の半分を超す。総石高も、日ノ本全土の過半を征したこととなる。そうなれば最早詰将棋どころの話でもない。それ以降の戦は作業だ。可能な限り敵国に抵抗をさせ、領土を奪う大義名分を得てから大軍を送り込む。俺が考えるべきことは戦略や戦術ではなく、敵をどの程度で許すか、味方にどれだけの褒美を与えるか。きっと、傲慢な態度で無情な選択をする日が連続することだろう。性格的に、得意ではない。


 話を戻す。即ち、この中国攻めは勝てば天下が決する戦いである。今年中に、少なくとも大勢決してしまいたい。


 まず、毛利家の領国ではない東の五ヶ国であるが播磨の実質的な旗頭は別所長治であり、彼は周辺勢力の者らとの折り合いも良く、丹波、播磨、但馬あたりの兵を巻き込んで織田家との対決姿勢を見せている。有力国人は波多野秀治。彼は娘婿たる別所長治からの要請に従って動いた。そして丹波の精神的支柱と言えば何と言っても赤井直正だ。丹波の赤鬼、赤井悪右衛門。織田家が北陸に紀州に四国にと、着々と勢力を伸ばしていたのにも拘らず摂津、山城に接する丹波を攻略出来なかったのはこの男一人がいた為だ。全力で仕掛けたわけではないにしろ、既に織田家は都合五回この男に敗れている。


 赤鬼には、中国攻めの主攻たる羽柴勢にぶつかってもらうこととした。与力には蒲生家がおり、忠三郎がいる。俺は負けていないがどう見ても戦向きの男だ。俺は勝っているがきっと活躍するだろう。俺は、奴より上だけども。


 羽柴勢が決戦にて中国国人衆を打ち破れればそれで良し、それ以外にも当然攻略の手は伸ばしている。山陰からの惟任勢の攻撃がまずそのうちの一つだ。それ以外には、去年の年末に、父が備前の浦上宗景に対して朱印状を与えた。内容は、播磨・備前・美作三ヶ国の領有を認めるというものだ。朝廷からでも幕府からでもなく、一個人からの認可状であるが、正二位右大臣からの認可である。浦上宗景はこれを手にし躍り上がって喜んだ。


 備前の国は毛利氏の領土であり、この備前について父が口を出したということはある意味最初の領土侵攻と言えるかもしれない。


 絶対権力者の父を中心かつ頂点に据えて勢力を拡大して来た織田家と違い、毛利家は寄り合い所帯の中国諸豪族を、最大勢力である毛利家が取り纏めている。という勢力である。父の統治が『天下布武』の一言で表されることが多いのに対して、元就公の統治が『百万一心』で表されるのはこの点によるものかと思われる。味方や家族にも被害を出しながらとにかく敵対者を潰してきたのが父。長い時をかけつつも、謀略調略の限りを尽くし、最終的に西国の覇者となったのが元就公。


 さて、別所長治達からすれば備前と美作はともかく播磨だ。播磨まで領有を認められてしまうとなると、自分達はどうなるのか。これまで対織田という共通認識で半同盟状態にあった中国東部の国人衆、その協力体制に楔を打ち込む一手だ。


 更に、浦上宗景も又、父から朱印状を貰い喜んでしまったせいで毛利家から弾劾を受け、豪族達からは疑われ、却って足元を悪くしてしまった。足元が覚束なくなっている浦上宗景は、最早織田家を頼るほかにない。


 もう一つ、浦上家の家臣に宇喜多直家なる人物がいる。この人物が中々に癖の強い人物で一度は浦上家を離反していながら、後に降伏して帰参を許されている。今回も、この難局を上手く立ち回って生き残り、あわよくば領土拡張を目指さんと、織田家に接触してきた。俺は、父と勘九郎と話し合い、宇喜多直家と、そしてこれまでに名が挙がった人物を含めた豪族衆と書簡のやり取りをする許可を得た。その手紙の中で俺は味方をすれば一国であるとか十万石であるとか気前よく約束している。時折父もそこに朱印状と共に名を連ねる。だが、勘九郎が名を連ねることはない。一連の戦いが終れば父は隠居し、俺は勘九郎から『何故勝手な約束をしたのか』と叱られる。そういう段取りだ。尤も、一連の戦いの後独立を保っていられる勢力が果たして幾つあるのかは大いに疑問が残るところではあるが。



 

三月二十五日、京都。


「先程の方は、では海賊でしたの?」

「うん。村上水軍、名は聞いたことがあるだろう」

ハルと二人、昼餉を食べながら話をしていた。


「村上水軍というのは今三つに分かれていて、その内の一つが来島村上氏と呼ばれる者達だ。伊予北岸の島々を領している。これが味方となれば瀬戸内の制海権は一気に織田家に傾く」


大友氏の領地から含めれば、織田家は瀬戸内に面する長門・周防・安芸・備後・備中・備前・播磨全てを海路から直接攻撃出来るようになった。来島村上氏離反となれば、毛利氏に従う者も更に減ってゆくことだろう。


「タテ様はその、降伏ですかそれとも服属? 細かくは分かりませんけれども、それを御認めになられたので?」

「それは勿論。村上水軍を家臣に出来るならば喜ばしいことだと言ったさ」

「それにしては、随分難しい表情をして帰ってゆかれましたわね」

ハルが言う。俺は頷いた。今回来た使者の名は得居通幸(とくいみちゆき)。来島水軍棟梁の実兄である。俺よりも三つ年下で若く、良く日に焼けた海の男という顔をしていた。


彼が家督を継げない理由は、弟通総の生母が、父通康の正室で主家筋の河野氏出身の娘であったためであるそうだ。どこかで聞いたことのある話過ぎたので、俺と通幸殿はすぐに胸襟を開くことが出来、半右衛門と呼ぶようになった。父親は死に、今は幼い弟の後見を行っているらしい。幼い弟と言ってもその年は三つしか離れておらず、父通総殿が亡くなられたのは半右衛門もまだ十歳の時の話だ。


「どうも、海賊働きを辞めろという話に頷くことが出来ないらしい」


由緒正しい海賊衆、という言い方も変だが、瀬戸内の海賊衆程歴史ある海賊は日ノ本にない。承平天慶の乱、平将門が新皇を称した頃、瀬戸内にて海賊追捕の任に当たっていた藤原純友が祖と言われる。平将門の乱の方が歴史上重要なのかもしれないが、新皇を称した彼が僅か二ヶ月余りで鎮圧されたのに対して、藤原純友を鎮圧するのには二年の時がかかっている。どれだけ厄介な相手であったのか分かるだろう。藤原純友が朝廷に反乱を起こした理由は、働きに見合った禄や報奨を求めての条件闘争である。その結果得たのが海賊働きの権利だなどと、そこまで単純なつながりを見出すことは出来ない。だが、瀬戸内の海賊衆にとって海賊働きは悪事ではなく仕事であり権利であるという認識はそれくらいに長い歴史を持つ。


「人から物を盗ってはいけません。当たり前の話ではありませんの?」


瓜の漬物を口に放り込みながら、ハルが訊いてきた。うん。当たり前の話だ。当たり前の話ではあるのだけれど、前述の通り、先祖伝来の特権意識がその当たり前のことを認めさせずにいる。


「織田家は、海賊働きと、水上においての関所を無くすことを家臣化の条件とした」

「人から物を盗るのを、権利だと言い張る方々が、関所を無くすのを認めるとは思えませんね」

「そうだな」


となるとまた手切れだ。海賊働きはともかく、関所を廃されたら俺達はどうやって暮らしてゆけば良いんだ。という理屈は分かる。俺は、海上交通の手助けをし、瀬戸内の島々を貿易拠点とすれば、その中での利益は認める。そして漁民として漁をする特権、織田家から下される賃金でもって生活を保障すると伝えた。陸が海になっただけでこの辺りの条件は他と変わらない。


「何と言われましたの?」

そうやって説明をすると、訊かれた。なめこと豆腐の味噌汁を啜る。旨い。味噌汁の中で一番好きかもしれない。


「誇り高い海の男が今更チマチマ魚など捕れるか。だそうだ。半右衛門が言った訳ではなく、そうやって言う者が恐らく多数派であるらしい」

あらあら、と、ハルが溜息を吐いた。珍しく怒っている様子だ。普段俺を叱る時とはちょっと違う。


「誇り高い海の男が、弱い者虐めをして生活をするのですか?」

「仰る通りだ」


軽く溜息を吐く。最近俺の悪い所が出ている。道理として、織田家が間違っているとは思えない。だが、迂闊にも使者と仲良くなってしまった。これから淡路や因島辺りで九鬼対村上の、即ち織田対毛利の代理戦争が行われるだろう。そうなった時に俺は敵の殲滅を命じるし、抵抗するようなら皆殺しという命令も下す。その際、一々こうして敵の心情を慮って傷ついているようでは身が持たない。来島村上だけでなく、俺はこれから毛利を叩き潰し場合によっては全てを奪うのだ。その後は九州。もし東国の平定が遅くなるようなら関東、東北で同じことをするかもしれない。割り切らなければ。


官兵衛を送りつけた父上は既に割り切っていた。官兵衛の才を認めた上で、『戦いになれば遺漏なく、黒田家もろとも殲滅すべし』という手紙が送られてきた。この状況にあって、小寺官兵衛という才能は最早織田家にとって必要ではないのだろう。場合によっては父が切るのかもしれない。


「タテ様が正しいですわよ」

鯵の身を飯に乗せ、一緒に口に運ぶと、ハルから力強く言われた。


「タテ様はこれから沢山の人を殺すのでしょう。その中には何も悪いことをしていない方もいると思いますわ。けれどタテ様はそれを当然とも、自分に逆らうお前達が悪いのだとも思っておられません。毎回、悩みながら傷つきながら、一つ一つ考えて、後の世の為に戦っておられます」


箸を置き、手を取ってくれた。優しい表情だ。誰かに言って欲しかった言葉を、ハルが言ってくれた。嬉しかった。


「ですから、タテ様は正しいですわ。私のこの、乳房にかけてタテ様が正しいですわ。周りは鬼だの悪魔だの乳狂いだの家族馬鹿だのと言いますでしょうけれど、気にすることはございません」

「うん……うん? 後半、ハルの意見が入っていなかったか?」

「気のせいですわ。春の陽気のせいですわ」

「陽気なハルのせいではないのか?」


ケラケラとハルが笑った。釣られて、俺も笑った。


「沢山悩まれたら宜しいですわ。タテ様がお武家様に向いておられないことはよく存じております。傷ついた時には慰めて差し上げますからね。恭様にもそう言われております」

「何だか、赤子扱いされているようだな」

「そうですね。寂しがりやなあの人の事をちゃんと見ていてあげて、と言われましたから」


あっさりと頷かれて、俺はまた笑った。ハルも楽しそうに笑っていた。


「その胸にかけてくれるのか」

言いながら、手を胸元に伸ばすと、いつも通り叩き落とされた。



翌日から、丹後丹波瀬戸内と、続け様に戦端が開かれた。結果は、一勝二敗。それでも、織田家にとっては大勝利と言える戦果が挙がった。


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