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お久しぶりです。気付けば半年振りの更新となってしまいました^^;

「失礼致します」


 一人がそう声をかけて私の髪を持ち上げると、後ろに控えていたもう一人の女性が背中の止め具を留めていく。

 ショップで試着する際に上着をかけてもらう以上の至れり尽くせりな着替えに、なんだか申し訳ない気持ちで一杯になりながら、大人しく彼女達の言葉に従っていた。


 封じの器を見るための決まりだからと、身を清める為に以前に使わせてもらった室内付けの浴室と違い、思わずぽかんと口を開けてしまうような無駄に広い浴室へと案内されたのは今より1時間以上も前だ。

 体を洗うのを手伝うと言ってきかないデュラを笑顔と鉄拳で制し、恥ずかしながらも、この白莉殿の女官らしき人達に教えてもらいながら身を清め、用意されたローブへと着替えている最中だったりする。

 この宮で仕えている人達が普段着ているのだろう何度か見かけたローブよりも、袖口に施された刺繍なんかがより繊細で、真っ白なそれに袖を通す時はちょっと緊張した。

 そして、コスプレみたいでちょっと楽しい。


 やっぱりね、折角異世界なんだもの。

 普段出来ない服装が出来てもいいよね。

 後は折角王宮住まいなんだから、ふわふわドレスにパーティをクリア出来たら言う事ないんだけど。


「ああ、よく似合ってるね」


 最後のゆったりとした長いベストに袖を通していた時だ。

 声に顔を向けると扉に手をかけたデュラが、彼もまた先程の軽装と違いお揃いのローブを身にまとって立っていた。

 祭司長という肩書きが絵になっているその姿に、おおっと素直に感動する。


「デュラもそういう格好してる方が、なんかいいね」


 私の言葉にデュラは嬉しそうに笑みをこぼす。

 ミハとアレンが開かれた扉の向こうから、こちらの様子を伺い、ミハが親指を立てて片目をつむり笑顔をくれた。

 そんなミハをたしなめるアレンの姿は、もはやお約束だ。

 着替えを手伝ってくれていた女官の方々が、静かに微笑んで後ろに下がるのと同時に、デュラが近付いてきて私に手を差し伸べた。

 雰囲気にのまれるように、自然にその手に自分の手を重ねる。


「では我がシュランツ国の誇りであり、白莉殿の守護する公然の秘密へとあなたをご招待致します」


 この国の誰もが崇め奉り、この国の一握りしか実際に見る事を許されない封じの器。

 デュラの厳かな言い方に、吹き出しそうになりながら、頷きを返した。


「よろしくお願いします」








 以前と同じ様にカツカツと大理石の床を歩みながら、私は着替えを済ませた頃から感じていた胸の高鳴りを押さえられないでいた。

 服装を変えると、ビシッと気持ちが引き締まるような、スーツを着たら仕事モードになるような、そんな些細な事も手伝っていると思う。


 皆が見守る中、具現化した私の中にある不思議な力。

 デュラに言わせればこの国に縛られてしまう面倒な力であるその力の正体を、より明確にするために綺麗に磨かれた大理石の床を進む。

 面倒ごとは出来れば避けたいし、難しい事には関わりたくない。

 国を動かすレベルなんて言われたら、はっきり言って恐縮する。


 でもそれと反して、ちょっとわくわくする自分がいる。


 子供の頃に夢見たような、大人になってからは現実と向き合うばかりで、そんな事ありえないと思い描く事さえしなくなった、でもテレビや映画で話題を攫う摩訶不思議な魔法の世界。

 そんな世界で活躍する不思議な力が、自分の中にあるのだ。

 そう思うと、やはり胸が躍るようなわくわくした気持ちが込み上げてくるのを止められないのは仕方ないと思う。


「・・・なんだか、楽しそうな顔をしているね」

「ちょっとね」

「子供のように目が輝いていて、惹き込まれそうになるよ」


 あはは、とデュラの軽口を笑って流す。

 面倒ごとはとりあえずその時考えるとして、今はこの国のもう一つのお宝、そして自分の中にある不思議な力に対して、私は期待に胸いっぱいだと、真っ直ぐ前を見詰めた。


 気持ちの昂ぶりは治まりそうに無い。









 それから、厳重に鍵をかけられた扉を何度か通り抜け、もうぶっちゃけどこをどう歩いてるのかわからなくなるような細い通路を通ったりした後、一つの扉の前でデュラが袖から鍵を取り出した。

 今までは、扉に鍵がついて無かったり、近くの衛兵さんや扉番のような人達が私たちの姿を見かけては、鍵を開けてくれたりしていた。

 国宝守るのにこれでいいのー!? とか思ったりもしたけど、ある意味目くらましな感じがするし、何より一応神殿的な場所だもんね。

 神殿に軍事力バッチリって何か違う気がするし、日本の神社にもいろいろ国宝が眠ってたりするみたいだけど、警備はされてるだろうけど、蟻の子一匹通さないってレベルじゃないような・・・何より、そういうの盗もうなんて罰当たりな話事態、あまり聞いた事ないから、大丈夫なのかな?


 危険を冒してどうせ盗むなら、確実に金になる物って感じだものね。

 銀行やら宝石店やら、末は飲食店までお金を盗む場所っていったらいろいろあるもんね。


 彼が鍵を開ける姿をぼんやりと見つめながら、そんな不謹慎とも取れる事を考え、疲れからくる溜息を小さく漏らした。

 先程まで胸にあったわくわくした気持ちは、思った以上に長い道程にすっかりしぼんでしまった。

 この国どころか、この世界唯一無二の封じの器なんだから、そう簡単に行ける場所にはないだろうとは思っていたけど、本当どれだけ歩かせるつもりなんだってね。


 王宮もそうだけど、白莉殿でもかくれんぼなんてしたら、私絶対遭難するわ。


 なんて事を思っているうちに、デュラが両開きの扉に手をかけ中へと入り込んだ。

 それに続いて私も入ると、彼が後ろを振り返りそのまま開けたばかりの扉に手をかける。

 少し離れて私達の後を着いてきていたミハとアレンの、えっという驚きの視線と一瞬目が合ったと思った時には無常にも扉は閉まり、向こう側でバタバタと二人が走る足音が聞こえている間に、こちらではガチャリと鍵の閉まる音がした。

 何で? と顔を上げれば、デュラの楽しそうな笑み。


「デュラルース様!?」


 声をあげドンドンッと扉を叩いているのは、ミハ。


「・・・これは一体どういう事でしょうか」


 戸惑いを含んだ声音は、アレンのものだ。

 扉一枚向こうで、いきなりの事に焦る彼らの姿が目に浮かぶようだと思いながらデュラを見つめると、彼は微笑んで私を見下ろした。


「歩き疲れたかい?」

「んー少しね。まだまだかかりそう?」

「いや、もうすぐそこだよ。だから、ここから先は彼らを通すわけにはいかなくてね」


 なるほどと思いながら、通路の先へ顔を向けた。

 窓の無い広い通路の奥に、また一つ大きな扉が見える。

 目的のお宝はその扉の向こうなのだろうか?

 けれど、散々歩いた後の、途中かなり豪華な扉やいかにも怪しげな通路を通り、散々肩透かしをくらった後の今の私は、すぐそこだと言うデュラの言葉に期待するのをやめる事にした。


 でもまあ、ミハとアレンを置いてくレベルには、お宝に近付いたって事で頑張らないとね。

 

「それでは行こうか」


 そう言って私の手を取るデュラにつられて歩き出そうとした所で、扉を叩く音が再度鳴り響いた。

 いきなり私達から切り離された二人の存在を、一瞬で忘れてしまったと慌てて扉に向き直る。

 しれっと立つデュラは彼らにフォローを入れる気は全くないようだ。


「デュラルース様っアオイちゃんっ返事して下さいよーっ!」

「ごめんっなんかこの先は二人は入っちゃダメなんだって!」


 そう大声で告げると、ドンドンと叩かれていた扉がしんとなった。

 扉の向こうで二人が何やら話しているようなぼそぼそとした声が聞こえるけれど、普通に話す声の音量では何を言っているのかまではわからず、自分の声も向こうに聞こえたのかどうか不安になる。

 結構、叫んだつもりではあるけれど。


「ミハー? アレンー?」

「はーいっ聞こえてます! とりあえず、俺達はここで待ってれば大丈夫そう?」


 どうなの? とデュラを振り返れば、彼は無言で頷いた。


「そうみたいー! 封じの器がどんなのかしっかり見てくるから、待っててね!」

「楽しみにしてるねーっ!」

「行って来まーす!」


 ミハが扉の向こうで笑顔でぶんぶん腕を振ってる姿が目に浮かぶようだと思いながら、大声で叫んだ事もあってテンションの上がった私は、くるりと扉に背中を向けた。

 そこへ突き刺さる、デュラの引き絞った弓のような鋭い視線。

 え、何で!?


「・・・あなたは本当に・・・」


 上がったテンションも一気に下がる勢いの、デュラの冷たい視線に射抜かれて、わけもわからずびびりながらも表面は強気な態度で彼を見返せば、はあっとデュラが深い溜息を吐いた。


「いや、これからのあなたの時間は私と共にあるのだし、こんな事で焦る必要もなかったね」


 軽く首を振り独り言のように呟かれた言葉は、深く考えると何だか凄く怖い事のような気がしたので、ここは聞こえなかった振りをするのが妥当だと、私は顔に笑顔を貼り付ける。


「ほら、デュラ早く行こうよ」


 言って、気まずい空気を振り払うべく、前方を指差し大股で数歩進んだ先で、着慣れない長いローブの裾が足にまとわり付いた。

 わっと崩れる体勢を後ろから伸びてきた腕に助けられた。


「全く、いつでも目が離せないね。あなたは」


 デュラの胸元に背を預けた状態で、上から苦笑交じりに言われた言葉に、ありがとうと空笑いして体制を立て直したところで、デュラが先程と同じ様に手を差し伸べてきた。


「本当に、もうすぐそこだから」


 やんわりと子供をたしなめる様に微笑を浮かべたその声に、大人しく従いその手を取った。

 そして、人の気配が完全に遮断された回廊を二人で歩く。


 この国のお宝がすぐそこに迫っている、そんなわくわくよりも、今の私の心の中は、やはりデュラに想われるのってなんだかいろいろ疲れるっていうか・・・

 力の事で国家権力に巻き込まれるなんて面倒ごとは避けたいと思い、白莉殿に保護してもらうべく、置いてもらおうなんて思っていたけど・・・


 うん、私にとっては同じ様に疲れる面倒ごとだ。

 どちらにしろ、面倒ごとを避けては通れそうにない。


 この回廊の先、扉の向こうにあるのだろう封じの器を前にして、そんな結論に辿り着いた私は、深い溜息を誤魔化すように深呼吸した。






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