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ようこそ不思議体験 1

「これはシグジール殿下、お待ちしておりました」


 白莉殿の厳かな門口で、恭しく頭を垂れるローブを着た数人の人達の前に歩み出て来たデュラは、殿下の背後から顔を覗かせている私に視線を移して、微笑んだ。


「アオイも今朝別れたばかりだというのに、会えて嬉しいよ」

「あはは・・・」


 力なく笑って片手を上げた私を他所に、殿下は宮殿の中へと歩を進めながら口を開く。


「挨拶はよい。デュラルースよ、この者の力の真偽、確かめさせてもらうぞ」

「その件、先の伝令より聞いておりますが・・・殿下、お言葉ですが私は彼女の意志を尊重させて頂きたいと思います」

「意思? はっ、下のが保護しているという名目がある限り、この女は王族の管轄内でもあるのだ。力の有無をはっきりさせる権利がある」


 カツカツと大理石の床を荒々しく鳴らして進む殿下の後ろを、置いてかれないように小走りになりながら、私はそっと溜息を吐いた。


 こういう感じで、この人ってば本当人の話聞かないんだよね。


 人の上に立つ人間はある程度、はっきりと物事を考えて、対峙していかなければならないから、不確定要素がある人間がそばにいる場合、その人物の人となりをしっかりと把握しておかなきゃいけないのは一応納得する理由ではある。

 私が怖いからってだけの理由で避けていた事、デュラがそれでいいとしていてくれた事は、実際はこの国の要である部分を持っているわけだから、王族の人がこうやってしっかりと確かめたいと思うのも道理だと思う。

 肩越しに私を振り返ったデュラに、私はもう諦めてるから・・・という了承の意味で、曖昧に笑顔を向けると、私の意を汲んでくれたのか軽く頷いた。


「・・・それでは殿下、もし彼女に私と同等の力があると証明された場合は、彼女の管轄をこの私の元へと移して頂けませんか?」


 デュラの言葉に、殿下が片目を眇める。


 この国は、基本的に王族が全てを管理しているといえる。

 けれど、この国の要である白莉殿の存在は無くてはならないもの。

 切っても切れない存在同士だけど、この国を支え導いていく王族と、この国で必要とされ崇められている白莉殿の祭司長の存在は、少しばかり存在意味が違うようだ。


 血族を主とした王族と、力を主とした存在だもんね。


 なんだか難しい事になってきたな・・・なんて思いながら、私は前を行く二人の背中を見つめた。

 ちなみに私のサイドには部屋でも一緒だった騎士の二人がついていて、その後をこの白莉殿に仕える人達が付き従って歩いている。

 普段はもっとゆっくり歩いたりするんじゃないのかなと思う、長い裾のローブを纏った人達が、懸命に殿下の遠慮も迷いもない歩幅とスピードについて歩いているのが、何だか可哀想に思えてしまった。


 こっそり、息上がってるんじゃないかな?

 膝丈スカートの皆から見れば身軽の私だって段々疲れてきたしね。

 ちらりと横目で確認する騎士の方々にいたっては、鍛えているのか慣れているのか、すました顔をしているけれど、本当はこの殿下に仕えてて疲れるんじゃないのかな?

 そんな本音トークをしてみたいものだ。


 うんうんと頷きながら歩く私を、騎士の二人がこっそりと風変わりの娘だと戸惑いの視線を向けている事など気付きもしないで、回廊を突き進んでいくうち、先の方に大きな扉が見えた。

 その傍で私達が来るのを待っていたであろう人が、私達の存在が思っているよりも早いスピードで近付いて来ている事に気付き、礼も忘れて慌てて扉を開ける姿が、目に映った。


「・・・娘の所在をどうするかは、力の有無を確かめたうえ、陛下に報告する」

「良い返事が聞けるように、祈っております。元より、この力はこの白莉殿で治めておくべきものですから。その事をお忘れなきよう」

「ふん」


 会話が無いなぁと思っていたら、どうやら殿下は私の力を確かめた後、私をどうするのか考えていたようだ。

 でも結局、どうするかまでの決断に至らず、保留にしたってところかな。


 殿下のことだから、私の事すっごく利用しそうだよね・・・


 確かに長いものには巻かれろの精神も持ってるから、相当変な事言われない限り、今こうやって付いて来てるように、殿下の言う事には従うと思うけど、怖い事や面倒な事には出来れば関わりたくないというのが、本音だ。

 でも私が拒否る事で、レィニアスさんに迷惑がかかるのではないかとか、カイルにも何かとばっちりがあるんじゃないかとか、いまいちこの国の王権制度の感覚に慣れない私は、そこが少し不安だったりする。

 権力に逆らってろくな事がないのは、いつの時代も国も一緒だよね、きっと。

 そうして、いろいろ考えていくうちに、デュラは王族という枠組みに当てはまらないから、彼が提案しているように、私は白莉殿でお世話になった方がいいんじゃないかという事にはたと気付いた。


 何だかんだとデュラは私に甘いから、面倒事とか危険な事には私を巻き込まないはず。

 そんな気がする。うん。

 後でもう一度、私の事をどうするかって話が出たら、私からも言ってみよう。

 ここにいたいって。


 掃除する場所が王宮内から白莉殿に代わるくらいだろうと、軽い気持ちでこれからの事を心に決めた時、私達はとうとう白莉殿の地下に広がるホールへと足を踏み入れていた。

 私のサイドを歩いていた騎士の二人が息を飲むように、気を引き締めたのが伝わってくる。

 やはりこの国の人にとっては、ここは本当に特別の場所で、何より中央に備え付けられた台座の上に浮く存在、集めの器はこの国の至宝なのだと感じた。

 こういう人達を横目で見ると、本当怖いから近付きたくないっパスパス! なんて言ってる浅はかな自分が申し訳なく思えて、少しだけ居た堪れない。

 視線を落として、自分の足先を見つめていた私にふと影がさす。

 顔を上げると、デュラが私の前に立ち、手を差し伸ばしていた。


「アオイ、こちらへ」


 小さく頷いて彼の手を取り、器へと近付く。

 蔦の紋様が施された透明な石像は、部屋の明かりを受けて輝いている。

 昨日、これにはもう近付かないと決めたばかりだというのに、もうここに立っている自分に何だか複雑な心境になりつつ、小声でデュラに話しかけた。


「・・・それで、私どうしたらいいの?」

「本来だったら私以外、これが反応する事がないからね。まずは触れてみよう」


 デュラが見本を見せるように、石像に手を滑らせる。

 そこが一瞬鈍い色に変化して、彼の手が離れると同時に色も消えた。

 その変化に相変わらず不思議インテリアだねと思いながら、私も手を伸ばす。

 触れる瞬間、少しだけあの恐怖心を思い出し、戸惑ったけれど、女は度胸だっ! と力んだら、べしっと音を立てて触れてしまい、支えもなく浮いているそれが揺れてしまった。


「お前っ!」


 殿下が驚きの声をあげ、隣でデュラが笑いを堪えている。

 他の方々にいたっては絶句しているというか、責めるような気配をひしひしと感じたので怖くて振り向けなかった。


 と、とにかく触れたんだから、いいじゃないかっ!


 気を取り直して、私は透明な石像を見つめる。


 怖いのは出るな、出るなよ。


 そんな事を思いながら、手の平で石の感触を確かめながら触れる。

 最初ひんやりとしていたそれは、私の体温を奪っていくかのように、急激に私の手の平の温度となじんでいく。

 右手だけ触れていたそれに、引き寄せられるように両手で触れると、何だか石が躍動したような、例えようのない感覚が私の中にりぃんと小さく音をたてて響いてきた。

 それと同時に、透明だった石が色を変える。

 デュラが触れた時に変化したような鈍い色ではなく、それは淡い恋心を抱いたような澄んだ薔薇色に染まった。


 大きなピンクダイヤみたい、何これ、綺麗なだけじゃなく凄い可愛いんだけど・・・!


「これは・・・」


 デュラも初めて見る現象なのか、小さく驚きの声を上げた。

 そして、更に驚いた事に、デュラが触れた時に見せた現象はデュラや私にしか見えてないようだったんだけど、今の石の変化はここにいる人、全員見えたみたい。


「これはどういう事だ、デュラルース」

「おおおっ」


 困惑しながら、近くに歩み寄ってきた殿下の後方では、この宮殿で仕えている人達が同じ様に驚嘆の声をあげ、その場に跪く。

 自分達が守り崇める器の変化を目の当たりにして、力が抜けたような、神々しい物を見るような目でこちらを見つめてくる彼らに、私も逆に驚いてしまった。


 何これ、可愛いなんて場違いな事思ってる場合じゃないのかな、もしかして・・・


 焦って手を離すと、石造は名残惜しそうにゆっくりとその色を元の透明へと戻していった。

 後には静寂と、またもや居た堪れない気持ちになった私が残るばかりで。

 顎に手をあて、何か考えるように石造を見つめ殿下の問いかけに答えないデュラに焦れたのか、殿下が厳しい目を私に向けてきた。ひえっ


「お前、何をしたんだ」

「触れただけですよ、マジでっ!」

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