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「アオイが嫌がるので確かめようがないけれど、やはり見るだけではなく、私と同じ様な力がある・・・か、芽生えようとしていると思う」
先程の一騒動から、話を私の不思議体験に戻し、デュラが彼なりに説明してくれてる所なんだけれど、私は彼の言葉に思い切り眉を顰めた。
変な力なんて本気で遠慮したい。
彼はそんな私に目だけで笑うと、集めの器に手を伸ばし蔦の彫刻部分を指でなぞる。
まさか、またあの黒いの出すんじゃないだろうな、と身構えた私だったけれど、デュラはただ触れただけのようでそこから何か出てくる事はなかった。
「力を操る時に触れるものが、時折中に入る事は確かにあるからね」
こつんと器に額を付けて、唇の端を持ち上げて笑う。
そんなデュラの横顔は、やはり冷たく私の知らない人のようだ。
「この感情が、自分のものなのか他人のものなのか解らなくなる時がある」
そう言って目を閉じたデュラを見て、私は溜息を吐いた。
私が1度味わったあの感覚を、デュラは何度も経験してきてるのかもしれない。
怖くないの? 嫌じゃないの?
そう聞こうとして、止めた。
私みたいにぽっと出の人間なら拒否も出来るけれど、デュラはもうこの国の決まりで祭司長の立場を持ち、その生活を余儀なくされている。
そう問いかけたところで、慣れてしまったからと、いつかのように笑うのだろう。
とにかく、デュラの言葉で私が心に決めた事は・・・
黒い靄を見ても、見ない振りをする。
近付かない、触らない。
それに限るって事だ。うん。
怖いから近付きたくないって思ってたけど、更にその思いは強くなったよ。
「よくわかんねぇんだが、どんな感じになるんだ?」
一連の話しを聞いていたカイルが首をかしげて私を見た。
「なんていうか、私は挑戦的になった感じ?」
言葉にするのはどうにも難しくて、同じ様に首をかしげて答える。
すると、カイルは顎に手を当てて、やってみせてくれと言い出した。
「えっ嫌だよ。なんか恥ずかしい」
「そんな恥ずかしい事やったのか?」
私の返事に、逆にカイルが興味津々と言ったように目を輝かせる。
しまった返事の仕方を間違えた。
「やっそんな事もないんだけど・・・でも、そういえば切られそうになったかな」
えへ、と笑う私にカイルもデュラも目を見開く。
「誰にだ?」
「えーっと、レィニアスさんのお兄さん」
「・・・お前、マジか」
「マジです。どっちのお兄さんかわかんないけど、口論になって気が付いたら・・・あはは」
言葉の途中でカイルが額に手を当てて大きく溜息を吐いたものだから、最後は笑って誤魔化した。
レィニアスさんが貴族か何かだろうくらいしか思ってなくて、でも貴族の時点でやっぱり口論なんてすべきものじゃないって後で気付いたんだから、許して欲しい。
不敬罪? 何それ美味しいの? って言葉が出てくるくらいに、あの時の私は何も考えてなかった。
「口論で切るって言ったら、第1のシグジール殿下だな。平和なこの国には珍しく世界を見てる方だから、この国だけじゃ治まらない野心と激情の持ち主だ」
へえ、近寄りたくない人物・・・
「第2ってどんな人?」
「シャウラ殿下は逆に物静かな感じだね。兄殿下と違って、この国を護り維持する事を考えている。レィニアス殿下は簡単に言うと、御2人の補佐的な立場といった所かな」
レィニアス殿下の配下として、第3騎士団があって、それの隊長がカイルだねとデュラが言葉を続けた。そういえば、レィニアスさんがカイルから私の事報告されたとか話してたっけ。
「私の事は結局どうなってるの?」
「その事なんだが、実は異世界の人間だって事は殿下で止まってる。お前は俺が街の巡回中に見つけた異国の人間で、記憶が曖昧のため保護してる事になってる。まあ何かあった時のために、お前には仕事を与えて、なるべく王宮内から出ないようにさせて、様子を見てたんだが、お前本当に普通の女でしかなかったからある程度自由にさせてたんだよ」
「じゃあ、カイルは私が変な事しないか調べて、レィニアスさんに報告してたの?」
「まあな。アオの事は最終的に殿下がどうするか決めるって話だったからな」
一応ちゃんと考えて、私を泳がせてたのかと素直に思った。
異世界人って言われたって、私にはやっぱりぴんと来ないし、よくある物語の異世界トリップとしか考えずに、普通に過ごしててごめんなさい。
以前にカイルが私に変わった事ないか確かめたりしてたのも、仕事だったんだなぁと思うと、少しだけ寂しく感じた。
まあ、しょうがないよね。
会ってすぐの不振人物に衣食住と仕事与えてもらっただけでも感謝すべきなのに、それ以上の信頼だとか心の繋がり的なものをいきなり望むなんて。
そんな私の落胆ともとれる感情を察したのか、デュラが近寄り私の手を取った。
「私はそんな事関係なく、初めて会った時からあなたが好きだよ」
いきなりの言葉に、きょとんとデュラを見上げた。
またいつものが始まったのかと、困った奴と思いながらありがとと返すと、デュラは肩をすくめてみせた。それを見ていたカイルが面白そうにくっと笑って顔を背ける。
「かわされたな、まぁ今は無理だろ。こいつの気持ちは殿下にある」
「全く、本当にいつの間にそうなったんだか。アオイ、私達に聞きたい事は他に何かないかい?」
あれ今の本気だったの?
2人の会話から聞き返すのもおかしく思えて、問われた事を考える。
聞きたい事が一杯あった気がするのに、いざとなると出てこないなんてよくある話しだ。
カイルとレィニアスさんの関係も解ったし、力の事も近付かないに越した事はないって結論付けた。
じゃあ、後は?
うーんと首を捻った後、1番気になる事に思い当たって、その考えのままに顔を顰めた。
それを見ていた2人がどうした? というふうに私を見る。
「あの、レィニアスさんの事なんだけど・・・」
ぶっちゃけ、女性関係どうなってるの?
なんて聞けないよっ!
それに、自分でそれを聞いた後、平静でいられる自信があるかと考えると、はっきり言えばノーだ。
私の中にある王子様のイメージは、白馬に跨って颯爽と笑顔を振りまくイメージも勿論あるけれど、やっぱり女性遍歴がすこぶる悪かったりするイメージがある。
だって実際王子様なんて、日本じゃ物語の中以外に早々会えないって。
何処かの国の王様が女優と結婚して産まれた王子様が本当に顔だけは凄い良かったのを、ネットで見たくらいなだけで、直接関わるなんてまずありえない。
そんな私がいきなり、相手がいる王子様と恋愛!?
始まる前に知ってたらあっさり鞍替えも出来るかもだけど、今更・・・
てか、透明人間さんなら、私の事待っててくれてもいいと思うんだよね。
なんてかなり勝手な事を考えた所で、続きを言おうとしない私に、カイルが腕組しながら顔を寄せた。
「殿下がどうした? まあ、あの夜の女は誰なんだとか、そんな所か?」
聞き辛い事をすっぱりと言ってくれるカイルの潔い所は好きだけど、ぐさっと刺さるっていうか。
図星を指され、むっとカイルを睨むと、彼は見透かすように私を見て笑った。
「なんだ、違うのか?」
「~~違わないけどっ」
「俺の口から言ってもいいんだが、そういう事は直接本人から聞いた方がいいんじゃないか?」
「聞けないよっ! お願いっカイル教えて!」
聞きたくなかったはずなのに、会話してると段々テンション上がってくるから不思議だ。
ぎゅっとカイルの腕にしがみついて彼を見上げると、空いてる方の手が私の頭に置かれた。
「お前のこういう男に対して警戒心ない所、たぶん殿下気にするぞ」
「・・・それ今の話と全然関係ないと思うんだけど。話逸らそうとしてる?」
「お前が傷つくんじゃないかと思って、気を使ってやってんだろうが」
それを言われると痛い。
知りたい気持ちと知りたくない気持ちが混ざり合って、複雑な心境のまま行動に出てしまっている私をカイルは判っているようだ。
私の単純な思考回路なんて丸わかりだとでも言わんばかりの、大人の目をしたカイルが目を細めて、私を覗き込んでくる。
透明人間さんの事がなかったら、カイルの事好きになってたかもね、なんて思ったりしてしまうくらいには、カイルの事人として好きだなぁって思う。
だから、さっき仕事で私の事見てたと思うとショック受けたんだね、私ってば。
「レィニアス殿下の相手など、1人しかいないでしょう」
そんな私達のやり取りを傍で見ていたデュラが、憮然とした表情で溜息と共に口を開いた。
「アオイも先日この場所で見たはずだよ? 覚えてないかい、あなたが綺麗だと見惚れた女性。リヴィエラ・ユクシーヌ嬢。彼女は殿下の婚約者だよ」
デュラの言葉で、しっかりと数日前に見た女の人の姿を思い出した。
私の胸に刺さった黒い棘が、つきりと存在をアピールする。
だって・・・
あんな天使様に勝てるわけないからっ!




