第86話:見習い
国王様への謁見が終わり、宮廷錬金術師の工房に向かっていると、突然、一人の大きな男性が姿を現した。
「国王陛下の依頼をこなしたからといって、図に乗るなよ」
相変わらず威圧的な態度で、ひょっこりと出てくるゼグルス様である。
貴族が嫌いだと言いつつも、なんだかんだで姿を現すあたり、気にしてくれていたんだろう。
きっと『よく国王様の依頼をこなしたな。褒めてやろう』と言いたいのだ。でも、私が貴族だから素直になれない。
「ちょっと可哀想になってきましたね」
「何を考えているかは知らんが、勝手に同情するな」
ここまで素直になれないのなら、本当にそのままの言葉の意味で言っている可能性もある。私の頭がお花畑になりすぎて、良い人だと誤解しているのかもしれない……と、言いたいところなのだが。
すでに私たちはゼグルス様に助けてもらっている。浄化ポーションを大量に生産してくれていたのだ。
破邪のネックレスが完成した時も浄化ポーションを少し持ってきてくれたが、あれだけで落ち着くほど、瘴気の影響は小さくない。
野営地まで霧が広がっていたこともあり、魔法陣を壊した後、既存の浄化ポーションだけでは浄化できないことが判明していた。
急いで作らないと魔法陣を壊した意味がなくなってしまう、と思いつつも、あれは私一人で作ったものではない。しかし、魔力焼けで苦しむクレイン様に頼めるような状況でもなかった。
今度はリオンくんと二人だけで作るしかないか……と、肩を落としていると、突然リオンくんが大きな箱を持ってきたことで、事態は急変する。
なんと、大量の浄化ポーションが入っていたのだ。
ゼグルス様の工房で作ってくれていたみたいで、難を逃れることができている。そのこともあって、私はゼグルス様が本当に素直になれない人なんだと確信していた。
「浄化ポーションの追加作成、ありがとうございました。おかげでゆっくりと休むことができました」
「フンッ、馬鹿なこと言うな。チンチクリンと見習いがサボった分、我々の工房の手柄としようとしただけだ。勘違いしてもらっては困る」
クレイン様と言い、ゼグルス様と言い、なんて言い訳が下手なんだろうか。この二人、ある意味では似たり寄ったりである。
でも、何より気になるのは――、
「見習い、ですか?」
私のこと、ひよっ子って呼んでた気がするんだけど。
「早くも一人前の錬金術師になったつもりか?」
「……いえ、私はまだまだ見習いでした」
フンッとそっぽを向く姿を見て、深く突っ込まないで置こうと思った。
どうやらゼグルス様に認めてもらえたみたいだ。彼なりの精一杯のお祝いの仕方が、こういう形なんだろう。
「では、私はポーションの納期がギリギリなので、これで失礼しますね」
「もっと早く終わらせればいいものを。チンチクリンも苦労するものだな」
「クレイン様がいない分、私が書類を書かなければいけないから、納期が遅れているんですけどね」
今まで宮廷錬金術師の助手として活動してきたが、書類作成の方法なんて教えてもらっていない。そのため、今回の調査依頼の報告書を書くのに、とても苦労している。
過去の資料を見比べながら、あーでもこうでもないと一人で呟き、残業続きの毎日だった。
だから私は、今日こそ定時で帰って、甘いものを食べると決めている。仕事帰りにイチゴ大福を買って、家で至福のひと時を過ごす予定なのだ。
少しでも早く作業に取り掛かるべく、軽く会釈して立ち去ろうとすると、ゼグルス様がポケットから名刺を取り出した。
「今後、もしチンチクリンに見放されるようなことがあれば、情けで面倒くらいは見てやる」
まさかの勧誘である。
貴族嫌いのゼグルス様が、わざわざ貴族の私を引き抜こうとするなんて、何か心境の変化でもあったのかな。
「お誘いいただきありがとうございます。でも、クレイン様の元を離れるつもりはありません」
「万が一の事もあるだろう。ちょうどうちにも一人、似たような態度を取っていた弟子が辞めたばかりだ」
「あっ。そ、そうなんですね……」
ちょっと触れにくい話だが、どうやら円満退職だったらしい。ゼグルス様は嬉しそうに微笑んでいる。
「部下が旅立つ姿を見るのは、決して悪いことではない。どういう生き様を見せてくれるか、楽しみが増えるからな」
そう言って立ち去るゼグルス様は、とても満足そうな印象だった。
きっと、本当に行く場所がなくなったら来てもいい、という勧誘だったんだろう。困ったことがあったら、訪ねてみてもいいかもしれない。
なんだかんだでゼグルス様は丸くなったなーと思いつつ、クレイン様の工房にたどり着くと、私は扉の鍵を取り出した。
休養中のクレイン様がいないだけでなく、臨時メンバーだったリオンくんももういない。広い工房に一人ぼっちの私は、こうして寂しく出勤するだけなのだが……?
「あれ? 昨日、鍵を締め忘れたっけ?」
鍵が空いている工房に疑問を抱きつつも、扉を開けてみると、そこには予想外の光景が広がっていた。







