第83話:破邪のネックレス
騎士団に古代錬金術の後処理を任せた私たちは、一足先に王都に戻ってきた。
あとは国王様に報告して、事実確認を進めてもらえば、すべてが丸く収まる……と言いたいところだが、まだやり残したことがある。
そのため、私はクレイン様たちと別れ、完成した破邪のネックレスを小さな箱に入れた後、錬金術ギルドに足を運んだ。
相変わらずヴァネッサさんがカウンターで書類整理をしているので、ゆっくりと近づいていく。
「書類整理もあと一息ですね」
「ラストスパートをかけているわ。今日中に終わらせないと、休日出勤しないといけないのよ」
「こまめにしないからですよ。給料分くらいはちゃんと働いてください」
錬金術ギルド側も大変だなーと思いつつ、私はヴァネッサさんの前に腰を下ろした。
「今日は納品に来たんですけど、受け取ってもらってもいいですか?」
「構わないわ。でも、ミーアちゃんって、何か依頼を受けていたかしら」
「もう……。依頼を出した張本人が忘れてどうするんですか」
実際に依頼を出されたわけじゃないけど、と思いつつ、私は破邪のネックレスを入れた小さな箱を差し出す。
そして、あまり大きなことにしたくないので、ゆっくりとヴァネッサさんに顔を近づけた。
「魔装具の制作、私に依頼しましたよね?」
頭でうまく理解できなかったのか、ヴァネッサさんは表情を固めたまま、私の胸元を確認する。
しかし、そこには少し前まで身に付けていた破邪のネックレスが存在しない。
ゆっくりと視線を下ろしたヴァネッサさんが、恐る恐る箱を開けてみると……。そこには、正真正銘の魔装具、破邪のネックレスがあった。
「……!」
信じられない、と言わんばかりの彼女の顔を見れば、その複雑な思いが伝わってくる。
短期間でできるはずがない、簡単に付与できるとは思えない、そして、魔装具の完成を祝いたい。
でも、ヴァネッサさんはそれをしない。大きな騒ぎにしてならないし、安易に聞いてはならないことだとわかっているから。
魔装具の制作が実現できたことは、見習い錬金術師の私でもわかるほどの大きな出来事であり、禁忌の領域に近い。錬金術に精通している人ほど、聞けないのだ。
だから、私から話を切り出すしかなかった。
「どうやって付与したのか、知りたいですか?」
ゴクリッと唾を飲み込んだヴァネッサさんは、ゆっくりと頷く。
「教えて……くれるの?」
「いいえ、教えません」
正確には、教えられない、と言った方が正しい。
まずは神聖錬金術を展開します、と言ったところで、絶対に伝わらないからである。
「ミーアちゃんって、そういう意地悪をする子だったのね」
子供みたいにプクッと頬を膨らませたヴァネッサさんを見て、私はちょっぴり安心した。
今も錬金術に興味がなければ、本当に教えてほしいとは思わない。普通は教えないと言った時点で、やっぱりそうよね、と大人びた対応で流されていただろう。
だからこそ、私はヴァネッサさんに聞いてみたいことがある。
「ヴァネッサさんって、本当は魔装具が作れるんじゃないですか?」
あれだけ緻密な魔力操作で付与できるなら、神聖錬金術が使えなくても、形成と付与の二重展開を駆使して、自力で作れたような気がしてならない。
「買い被りすぎよ。私は破邪のネックレスを完成させられなかったんだもの」
「リオンくんも言ってましたね。三日三晩かけて作ったって」
「そうよ。もちろん、仮眠や食事は挟んでいたけどね」
私が一番疑問を抱いたのは、何年もかけて魔装具の研究を続ける錬金術の世界において、三日三晩という短期間で諦めたことだ。
破魔の矢を作った時だって、魔装具が作れると確信していたのに、完成まで一週間ほど時間を費やしている。
錬金術師の常識で考えたら、魔装具を三日で作ろうとするなんて、あり得ないことだった。
錬金術師のプライドをかけて作るほどのアイテムなら、なおさらのこと。もっと長期間にわたって挑むべきであり、そんな短期間で自分の限界を見極めるものではない。
諦めるにしては、あまりにも早すぎる。でも、諦めたわけではなかったとしたら――。
「魔装具の潜在能力を肌で感じて、錬金術が怖くなりましたか?」
神の裁きとも言える破魔の矢の力を見れば、神聖錬金術と名付けられた言葉の意味を知ってしまう。ヴァネッサさんほどの腕前を持っていたら、その力の一端に触れていても不思議ではない。
人の命を救う錬金術と、人の命を奪う錬金術という相反する二つの感情で心が乱れ、魔装具を作れなくなってしまったんだろう。
「……」
ばつが悪そうに苦笑いを浮かべるヴァネッサさんを見れば、そのことがよくわかる。
「ミーアちゃんは怖くないの?」
「うーん、難しい質問ですね。錬金術にまったく恐怖心を抱かない、と言ったら嘘になるかもしれません」
魔物を生み出す古代錬金術は恐ろしいものだし、神聖錬金術で作り出す魔装具は危険なものだと思う。少なくとも、魔装具は人に向けるようなものではない。
でも、正しい目的で使うのであれば、錬金術に怯える必要はないだろう。クレイン様が魔力焼けで負傷したが、私は破魔の矢を作り上げたことに後悔していなかった。
もちろん、破邪のネックレスを完成させたことにも。
「一つだけ確かなことがあるとすれば、錬金術を好きな気持ちは変わらない、ってことですかね。ヴァネッサさんも、それは同じなんじゃないですか?」
錬金術を嫌いになりたくないから引退した、そう思えてならない。そうじゃなかったら、破邪のネックレスの完成を望まないだろうし、錬金術ギルドに関わる仕事に就いていないと思う。
ただ、何年も現役を離れているヴァネッサさんが、自分の気持ちを素直に受け入れることができるのかは、別の話だ。
魔装具の持つ潜在能力に恐れを抱き、今までずっと葛藤しているんだから。
「もしもの話なんだけど……」
そう話を切り出したヴァネッサさんは、私から目線を逸らす。
「ミーアちゃんの作った魔装具が意図したこと以外に使われたら、どうするつもり? たとえば、戦争の道具に使われたり、とか」
ヴァネッサさんが悩み続けているであろう問題を聞き、私は本当に根が優しい人なんだなーと思った。
清めの護符も結界石も破邪のネックレスも、誰かを守るためのアイテムであり、決して人を傷つけるものではない。
彼女なりに答えを出して錬金術をしていたはずだったのに、魔装具の潜在能力の高さに戸惑い、心が迷子になってしまったんだろう。
だって、オババ様にも似たようなことを言われたし、ゼグルス様も戦争に使うことを前提としていた。人を救うだけが錬金術ではなく、人の命を奪うのも、錬金術なんだと思う。
そのことを破魔の矢がよく物語っていたけど……。
「そんなの考えても仕方なくないですか?」
「……へっ?」
どうやら斜め上の回答だったみたいで、ヴァネッサさんは呆気に取られてしまう。
「作ったアイテムを何に使うかなんて、製作者の立場からはわかりません。たとえ、それが戦争に使われようとも、です」
作った責任から逃れたいとか、罪を背負いたくないとか言いたいわけではない。実際にそんなことが起きてしまったら、気分は最悪だろう。
でも、それが錬金術をしない、という選択には、少なくとも私は繋がらなかった。
「一部の人が悪いことをしたからといって、製作者が悲観的になるのはもったいないです。大勢の人が正しく使って喜んでくれるなら、それでいいんじゃないですか」
錬金術をしていて一番楽しいのは、ものを作っている時だ。でも、錬金術で一番嬉しいのは、作ったものを褒められた時だと思う。
人に求められているから仕事が成立しているわけだし、難しく考えても仕方ない。
「それでも思うところがあるのなら、正しいと思うことよりも、楽しいことを選びましょう。だって、そっちの方が人生が楽しいので。……いや、そのまんまなんですけどね」
何より、人生は楽しくなくてはならない。もしもの時は、国や錬金術ギルドに守ってもらえばいいんだ。
……念のため、いつでも魔装具を破壊できるように、破魔の矢だけは作っておいた方がいいのかな。あと、弓が打てるように練習しないと。
キョトンッとしたヴァネッサさんには、理解してもらえないかもしれないが。
「じゃあ、私はこれで失礼します」
「ちょ、ちょっと待って。このネックレスはもう、ミーアちゃんのものであって……」
「そのネックレスは、最初からヴァネッサさんのものですよ。どうしても私にネックレスを渡したいなら、私のことを思って作ってくださいね」
そう言った私は、戸惑うヴァネッサさんを置いて、錬金術ギルドを後にした。
彼女が再び錬金術の世界に足を踏み入れるかはわからない。でも、もしそんな未来が訪れたら、真っ先に素敵なネックレスを作ってもらおうと思った。







