第82話:破魔の矢4
魔法効果のあった霧が晴れると、古代錬金術が与える影響の恐ろしさを実感して、私は呆然と立ち尽くしていた。
「本当に霧全体が魔法の影響を受けていたんですね……」
「あのまま放っておいたら、周囲一帯が魔物の繁殖場になっていたぞ。まさかこれほど脅威的なものだったとはな」
「国王様が焦っていた理由、今ならハッキリとわかります。霧を隠れ家にしながら、瘴気を生成して魔物を繁殖させていたなんて、世間に公表できるような内容ではありません」
錬金術師が作り出した、たった一つの魔法陣で、国の存亡に関わるほどの事態に陥る恐れがあったのだ。
この事実を公表すれば、ポーションで人の命を繋ぐイメージが強い分、大勢の人が錬金術に不信感を抱いてしまうはず。世界中の人々を混乱させることを考えたら、我が国だけで決められることではなかった。
しかし、今回の事件が許されることがないのも、また事実である。
どこの誰の仕業かわからないが、自然災害に見せかけた人災など、敵対行為としか思えない。
他国の仕業なら、明確な侵略行為に該当して、戦争に発展する恐れがある。犯罪組織の仕業なら、他国を巻き込むほどの国際テロ問題に発展するだろう。
表沙汰にできない内容なだけに、どうやって対処するのかはわからないが……。そう言った難しいことを考えるのは、偉い人たちに任せよう。
そんなことを考えていると、不意にクレイン様の持っていた大弓がバキバキッと音を立てて壊れ始める。
どうやら破魔の矢の負荷に耐えられなかったらしい。
「古代錬金術もそうだが、破魔の矢の性能も異常だな。環境に影響を与えるほどの魔法効果を、たった一度で破壊してしまった」
「もしかしたら、古代錬金術に対抗する一つの手段として、神聖錬金術が生まれたのかもしれませんね」
「魔物を生み出した古代錬金術と、魔装具を作り出した神聖錬金術……か」
何かを考え込み始めたクレイン様は、深刻な表情で壊れた大弓を見つめている。
たった数日で作り上げてくれたとはいえ、あの負荷に耐えられたことを考えると、かなり良い武器だったんだろう。
「すいません。せっかく大弓を作っていただいたのに、壊れちゃいましたね」
「構わない。無事に破魔の矢を放ち、弓の役割を果たすことができたんだ。破魔の矢が与える負荷を想定しきれなかった俺のミスとも言える」
クレイン様の言いたいことはわかるし、魔装具を作った私に落ち度があるとは思えない。
ただ、クレイン様が作ってくれたものを壊したという結果に、どうしてもモヤモヤしてしまう。
錬金術師として活動して、ものを作り上げる苦労がわかるからこそ、申し訳なく感じるのだ。
まあ、それ以上に気になることもあるが。
「手、怪我してませんか?」
なぜかクレイン様の手がプルプルと震えている。こんなことは今まで一度もなかっただけに、妙に気になってしまう。
「……。怪我などしていない」
「いま変な間がありましたよ。怪しいですね」
「破魔の矢を打った疲れが出ただけだ」
「じゃあ、両手を広げて見せてください。怪我、していないんですよね?」
「残念ながら、俺は人に手を見せる趣味はない。必要性を感じない限り、誰にも見せようとは思わない」
なんて嘘をつくのが下手なんだろうか。ゼグルス様と言い合っていた影響か、子供みたいな言い訳しか出てこない。
もはや、自分で怪我をしていると言っているようなものだった。
素直に言うことを聞いてくれないクレイン様は断固として拒否するが、私にだって考えがある。なんといっても、この場には同じ感性を持ったもう一人の私とも言える人物がいるのだから。
破魔の矢の威力に誰よりも驚き、言葉を失っている彼の協力を得れば、すぐに捕まえられるはず。
「リオンくん、確保ッ!」
「はいっ!」
「お、おい! ちょっと待て!」
背後に回ったリオンくんが手首に触れた瞬間、痛みが走ったのか、顔が歪めたクレイン様が持っていた弓を落とした。
すると――、
「うわっ、痛そう……」
「これは、魔力焼けですね……。治るまで時間がかかるかもしれません」
思わず、私は目を逸らしてしまうほど、手が負傷していた。
魔法適性がないと魔装具は扱えない、とお父様が言っていたのは、こういうことだったのか。魔力操作が上手くいかないと、術者の体を蝕んでしまうのだ。
クレイン様も手の状態がわかっていたから、気遣って見せないようにしてくれていたんだろう。
でも、自分の作ったものがどういう影響を与えるのかは、錬金術師として知っておかなければならない。
あまり凝視したいものではないし、見習い錬金術師の私は騒ぐことしかできないので、あとは対処の方法を知っているであろうリオンくんに任せるけど。
「心配するな。これくらいの魔力焼けなど大したことはない」
「嘘はダメですよ。ヴァネッサ様が魔力焼けした時は、一か月も休暇を取られていたんですから」
「半分以上はズル休みだと思うが」
「気分転換も仕事のうちです。この機会にクレイン様も休まれてはどうですか」
……。どうしてだろう。まーたこの二人の方が師弟関係っぽくなってしまった。
私ももう少し、そういう方向性で行きたいんだけど。何か手伝えることはないのかな。
「レシピさえ教えてもらえれば、魔力焼けに効くポーションを作りますよ?」
「ミーアさんの気持ちもわかるんですが、魔力焼けは自然治癒させることしかできません。ポーションでは治らないんですよ」
何もできることがないと悟った私は、クレイン様に白い目を向ける。
「私に無理はするなって怒っていた割には、自分は無理をするんですね」
魔物の繁殖騒動でEXポーションを大量生産していた時、私は無理をしないように釘を刺されていた。それなのに、師匠が守らないなんて、言語道断である。
これはしっかりと反省してもらい、たっぷりと休養を取ってもらおうか。
そんなことを考えていると、なぜかリオンくんは誇らしげに胸を張っていた。
「僕はクレイン様の肩を持ちますよ」
「珍しく意見が分かれましたね。どうしてですか?」
「男の意地、というやつですね。僕も男なのでわかりますよ。やらなきゃいけない時って、ダメだとわかっていても体が動いてしまうんですよね~」
これがアリスの言っていた、女性が絶対にわからない謎の意地、男の浪漫というやつかもしれない。
心境を解説されたクレイン様が恥ずかしそうに下唇を噛み締めているので、男同士で思うところがあるんだろう。
でも……、なんとなくリオンくんにはまだ早い気がする。
「リオンくんに男の意地と言われても、説得力がないんですよね」
「ええっ! こういうのって、男にしかわからないんでしょうか」
「うーん。単純にリオンくんが男であることを忘れていました」
「み、ミーアさん!? さすがに酷くありませんか? 僕を何だと思っているんですか!」
「弟ポジション、もしくは、工房で飼う子犬枠がピッタリです」
「そんな枠はありませんよ。僕だって、やる時はやる男なんですからね! 今回だって、付与を頑張って――」
キャンキャンと甲高い声を上げるリオンくんは、やっぱり子犬枠かもしれない。彼が頑張ってくれたのは事実なので、ちゃんと後で褒めておこう。
頭を撫でてあげたら喜ぶかな。うんうん、きっとそうに決まっている。







