第78話:誤解
破邪のネックレスを完成させた私は、工房の片づけをクレイン様とリオンくんに任せることにした。
やっぱり神聖錬金術は魔力消費が激しい分、体に負担がかかる。今日はゆっくり休んで、破魔の矢の制作に備えよう。
そう思って宮廷錬金術師の工房を後にすると、小さな箱を抱えながら壁にもたれかかる、一人の男性の姿が見えてくる。
私の姿を確認して近づいてくるあたり、今度は待ち伏せていたみたいだ。
「今回は私に用があるみたいですね、ゼグルス様」
宮廷錬金術師のゼグルス様が訪ねてくるなんて、いったい何の用なんだろうか。
「チンチクリンがいる場所では、満足に話ができんだろ」
「それは完全にそちらの都合だと思いますが、まあ、そうですね」
ゼグルス様が威圧的な態度さえ取らなければ、クレイン様ももう少し落ち着くと思うんだけど。
まあ、それは無理な話かもしれない。前回に会った時はもう少し穏やかだったのに、今日は私に対してもかなり威圧的な態度だった。
「率直に聞く。バーバリル様とは、どんな関係だ」
「普通に店主と客の関係ですけど」
「馬鹿を言うな。あのお方は国を代表するほどの偉大な錬金術師だぞ。ひよっ子に魔装具を製作させるなど、普通に考えてあり得ない」
もしかして、賄賂とか口利きを疑われてるのかな。オババ様はそんなものを受け取るような人ではないし、貴族を特別扱いするような人でもない。
甘いものを差し入れして、話し相手になっているくらいで、自分を売り込んだことは一度もないんだけど。
「普通に考えてあり得ない話でも、オババ様ならあり得ると思います」
「減らず口を。目に見える形で実績を作り上げてきた俺と、見習いのひよっ子を比較したら、どちらが魔装具の製作に着手するに相応しい人間か、一目瞭然だったはずだ」
それはその通りだと思う。ゼグルス様は宮廷錬金術師の地位を得るだけでなく、男爵位を得るほど実績をあげているんだもん。
国王様の私室で話し合いをした際、わざわざゼグルス様を呼んでいたことを考えたら、国からの信頼も厚い。
間違いなく私ではなく、ゼグルス様が魔装具の制作を依頼されるべきだった。それだけに、見習い錬金術師に出番を取られたら、怒りたくなる気持ちもわかる。
「しかし、現実にバーバリル様は迷うことなく、ひよっ子を選んだ。力の腕輪を形にしたリオンでもなく、だ」
真剣な表情で至極真っ当な意見を述べるゼグルス様は、明らかに言っていることが正しい。普通は誰もがそう考える。
しかし、相手がオババ様となれば、話は別だ。彼女は普通が通用する相手ではない。
仮にゼグルス様が魔装具を作れる腕前を持っていたとしても、あの場に私がいた時点で、魔装具の制作依頼に抜擢されることはなかったはず。
だって、見習い錬金術師の私が作った方が面白そうだから。
オババ様がそういう人だと知らない時点で、ゼグルス様を納得させる術はない。そう思っていると、ゼグルス様が諦めるように大きなため息を吐いた。
「何か裏があるとしか思えない……そう思っていたんだが、どうやら俺の目が曇っていたらしいな」
肩の力を抜いたゼグルス様が威圧的な態度を緩めると、その視線は一点に注がれる。
「どうしてひよっ子がヴァネッサのネックレスを身に付けている。それも、完成された魔装具の状態で」
もっと早くゼグルス様と会っていれば、厳しく問われたかもしれない。しかし、今は違う。破邪のネックレスを完成させたことで、魔装具が製作できると証明したのだから。
思わず、私は破邪のネックレスをアピールするように胸を張った。
「信じられないかもしれませんが、先ほど付与して完成したばかりです」
「本当に信じられないことを言うものだ。貴族の冗談なら笑えないぞ」
「冗談で言ったつもりはありません。リオンくんに聞いていただければ、ハッキリすると思いますよ」
完成した破邪のネックレスを見つめるゼグルス様は、さすがに嘘をつかないと思ったのか、頭をポリポリとかいて、ばつの悪そうな表情を浮かべる。
「その役目も俺のはずだったんだがな」
ボソッと呟いた彼を見て、私は首を傾げた。
いくら交友関係があったとしても、ゼグルス様が破邪のネックレスを完成させる義理はない。弟子だったリオンくんも預かってるくらいなのに……あっ! もしかして!
「ヴァネッサさんと交わした裏取引って、破邪のネックレスを完成させることだったんですか?」
「大きな声で言うな。俺にも立場ってものがあるんだぞ」
「す、すいません」
幸いにも人通りが少なく、誰も聞いていなかったみたいだ。
いくらヴァネッサさんが教えてくれたことでも、こういう話に首を突っ込むべきではない。しかし、ゼグルス様は気にするような様子を見せなかった。
「結界の技術を応用して魔装具を作る、それがヴァネッサの出した裏取引の条件だ」
「意外ですね。てっきりリオンくんの面倒を見るものだと思っていました」
「そっちはヴァネッサの口車に乗せられただけだな。リオンを引き取ったら、もっと早く技術を身に付けられる、と」
ゼグルス様はそう言うが、実際にはリオンくんを引き取ってもらうことが一番の目的だったんだと思う。
あくまでリオンくんの意志を尊重するため、裏取引の条件に提示しなかったんだろう。
清めの護符を渡したヴァネッサさんと、それを大事に持ち運ぶリオンくんを見れば、そのことがよくわかる。
ただ、そうなると、ヴァネッサさんが持つ錬金術師としての未練、というのがわからなくなってしまう。弟子の成長を見届けられないことが一番悔しいはずなのに、魔装具にこだわる理由がわからなかった。
「ヴァネッサさん。本当に錬金術師に未練があったのかなー……」
そう私が呟くと、ゼグルス様に鼻で笑われてしまう。
「魔装具は錬金術師の憧れであり、希望だ。魔装具の作成を諦めたヴァネッサに、未練など存在しない」
「えっ? じゃあ、どうして錬金術師を引退したのに、破邪のネックレスを完成させようとしているんですか?」
「迷子みたいなものだな」
「ま、迷子……?」
「これ以上のことを言うつもりはない。本当にひよっ子が魔装具を作れる資格があるのなら、いずれ同じ壁にぶつかるはずだ。後は自分で考えろ」
みんな肝心なところは教えてくれないんだなーと思っていると、ゼグルス様が持っていた小さな箱を差し出してきた。
「ついでだ」
何だろうと疑問に抱きながらも、小さな箱をもらい、中身を空けてみると――。
「浄化ポーション……? もしかして、魔装具を作る私たちの代わりに作ってくださったんですか?」
「勘違いするな。お前たちのためではなく、俺の保身のためだ」
決して数が多いわけではない。ただ、専門分野でもない錬金術師が上級ポーションを作るのは、かなり苦労するだろう。
現在も瘴気が広がり続け、浄化ポーションが減っていることを考えると、とてもありがたいものだった。
本当はオババ様との関係を聞くのが目的ではなく、浄化ポーションを渡すために待っていたのかもしれない。
「王都の結界に異常はないが、再び魔物が繁殖すれば、信用が失われてしまう。国王陛下が他にも解決策を探している以上、誰かが時間稼ぎをせねばならんだろ」
「ふふっ、そうでしたか。ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いなどない」
ヴァネッサさんから好かれ、リオンくんが師事している理由が、今なら少しだけわかった気がする。
ゼグルス様はとても不器用な人であって、文句を言いながらも、なんだかんだで手助けしてくれるような面倒見のいい人なんだと思った。







