第70話:国王様と話し合い3
国王様の私室にオババ様が乱入したことで、部屋の前で警備していた騎士が呆然するほどの異常事態が起こっていた。
普通なら騎士に止められるような気もするが、古代錬金術を止める方法を知る人で、国王様が機嫌取りに草餅を送っていることを考慮すれば、なかなか対処が難しい。
思わず、いろんな意味でややこしい話し合いになってきたな……と、クレイン様がぼやくのも無理はない。
何も見なかったかのように、部屋の扉をゆっくりと閉める騎士の行動が一番正しいだろう。
なんといっても、威圧的な言動を繰り返すゼグルス様と、ツンデレのオババ様というややこしい二人が同席してしまったのだ。
下手に口を挟めば、二人から罵詈雑言を浴びせられかねない。私は沈黙が金だと悟った。
「錬金術師バーバリルよ。話を聞いてもらいたい」
しかし、古代錬金術を防ぎたい国王様は勇敢にも切り込む。
「老いぼれを錬金術師の枠に当てはめるのはやめておきな」
「心中を察するが、事態は急を要する。バーバリルの力を借りぬ限り、この国が滅びかねん」
「そんなの知らないねえ。あんたの話は面白くないんだよ」
聞いているこっちの背筋が伸びるほど、オババ様は国王様に対して反抗的な態度を取っている。
相手が誰であろうと変わらない対応、と言えば聞こえはいいが、少しくらいは相手を考えてほしい。
ただ、国王様もオババ様がどんな人かよく知っているみたいで、気にした様子を見せなかった。
「再び古代錬金術の魔の手が忍び寄っておるのだ。どれほどの脅威であるか、よく理解しておるであろう」
「無理なもんは無理だね。この年で無茶をすれば、先に命が持っていかれちまうよ」
「其方に作れとは言っておらん。せめて、対抗策だけでも教えてくれ。頼む、この通りだ」
どんなことをしてでもオババ様を味方に引き入れたいらしく、国王様は深く頭を下げる。
こんな状況になるなんて、いったい誰が予想しただろうか。現場の空気が凍り付き、時間が止まったかのように誰も動けなくなってしまう。
古代錬金術のことを聞かされたばかりの私たちは、まだその脅威がわからない。しかし、想像するよりも遥かに危険なもので、直ちに対処しなければならないものだと察した。
そのこともあって、誰もがゆっくりとオババ様の顔色を確認する。
「カアアアアアッ! 情に訴えかけるなんて、しょうもない国王になっちまったもんだねえ、まったく。そこまでして止めたいなら、この子にやらせてみな」
さすがのオババ様でも、国王様に頭を下げられたら、断ることなんてできないみたいだ。憎まれ口を叩きながらも、打開策を――。
ポンッ
突然、私の肩に何か温かいものが乗り、一瞬で思考が停止した。
やけにみんなと視線が合うのは、気のせいだろうか。全身から変な汗が湧き出てくると同時に、絶対に何かの間違いであってほしい、という気持ちも湧き出てくる。
思わず、ギギギッと錆びついた扉のように首を動かし、肩に乗っているものを確認した。
「オババ様、私の肩に虫でもいましたか?」
「イーッヒッヒッヒ。あんたも面白いことを言えるようになったじゃないか」
「ありがとうございます。じゃあ、今日はこの辺でお暇しますね」
「忙しないねえ。普通はもっとゆっくりしていくもんさ。さっ、古代錬金術に対抗する魔装具の話でもしてあげようか」
ニコッと笑うオババ様を見て、私は心の中で絶叫する。
ヌゥオオオオオオオオ! どうして二人の宮廷錬金術師を差し置いて、見習い錬金術師の私が選ばれたのぉオオオオオ!
確実に人選ミスだと思うですけどォオオオオオ!!!!!!
「オババ様も知っていますよね? 私が付与スキルを勉強し始めたばかりだということを」
「常識に囚われていては、良い魔装具が作れやしないよ。今回みたいなケースなら、破魔の矢で射貫くしかないねえ」
「さりげなく話を進めないください。クレイン様も何か言ってくださいよ」
国王様が頭を下げるほどの異常事態なのに、まさか火の粉がこっちに飛んでくるとは思わなかった。
ここはなんだかんだでいつも気にかけてくださるクレイン様にお願いすれば、きっと――。
「ミーア、残念な知らせがある。オババは宮廷錬金術師の最高責任者であり、ありとあらゆる権利を持つ。ハッキリ言って、拒否権はない」
ぬぅああんだってええー!? お、オババ様が、宮廷錬金術師の最高責任者ッ!?
さすがに冗談ですよね。冗談だって言ってくださいよ、オババ様ッ!!
「ありとあらゆると言えば、破魔の矢はありとあらゆる魔法を破壊する効果があるよ」
さりげなく破魔の矢の情報を流してこないでぇえええ!
動揺を隠せない私は、リオンくんの肩をガッとつかみ、必死の形相で助けを求めることしかできない。
「魔装具を研究しているリオンくんならわかりますよね? ようやく付与が使えるようになった私には、絶対に無理だって」
「えっと……、ご、ごめんなさい! バーバリル様がおっしゃるなら、止められないかなって」
「おやおや。止められないと言えば、古代錬金術で起動した魔法陣は、破壊しない限り止められないねえ。破魔の矢以外の選択だと、もっと厳しいことになるかもしれないよ」
今度は古代錬金術の情報をさりげなく流してこないでよ。しかも、妥協した結果が魔装具だったなんて、一番知りたくなかった情報だから。
いったいどうしてこうなってしまったんだろうか……と頭を抱え込んだ時、一筋の希望の光が目に映る。
誰よりも正義感が強く、現実を見据え、この国を変えるために功績を欲する人物、ゼグルス様の瞳が燃えているのだ。
魔装具に限りなく近いものを作るヴァネッサさんと交流があり、力の腕輪を研究するリオンくんが師事する宮廷錬金術師ともなれば、付与が専門である可能性が高い。
よって、自信に満ち溢れた表情を浮かべたゼグルス様は、堂々とした態度でオババ様と向き合っていた。
「この中で付与に精通しているのは、うちの工房だ。バーバリル様の意見とはいえ、破魔の矢の制作は俺が中心となって――」
「お前みたいなチンチクリンは早くクソして寝な! 結界の一つや二つをパパッと調整してから文句を言うべきだね」
ギャアアア! まさかのチンチクリンカウンターが炸裂したー!!
ゼグルス様の言い分は正しいはずなのに、オババ様が聞く耳を持つ様子はない。もはや、彼女を止められる人はこの部屋にいなかった。
さすがにそのことを国王様も察したのか、眉間にシワを寄せている。
「うーん……やむを得ない。此度の件が片付くまで、ミーア・ホープリルに特別依頼を与えよう。破魔の矢を作成し、魔法陣の破壊に尽力してほしい」
「こ、国王様……? 失礼ながら、正気ですか?」
「バーバリルの対抗策を否定して、敵対したくはない。だが、あくまで対抗策の一つであることを忘れるな。他にも対抗手段を持つ者に声をかけておる」
「そ、そうでしたね……! 私は全力でそっちに期待します!」
「……バーバリルが認めている以上、可能であるなら――」
「ちょっと待ってくださいよ! 国王様、期待しちゃってないですか!? ……あっ、すいません」
思わず、国王様に突っ込みを決めてしまうが、これは私のせいではないと思う。
やらなくてもいいみたいな雰囲気を出した後、やっぱりやらせようとした国王様が悪い。まあ、口が裂けてもそんなこと言えないけど。
一番の原因を作ったのは、オババ様だし。
「それじゃあ、後は頑張るこったね」
「ま、待ってください。せめて、作り方だけでも教えてください」
「自分の胸に手を当てて聞いてみな。作れるかどうかは、あんた次第だよ。イーッヒッヒッヒ」
相変わらず大事なところは教えてくれない……と思いつつも、国王様が敵対を拒む以上、強く問いただすことはできない。
特別依頼を押し付けられた私は、満足げに帰るオババ様の背中を、複雑な気持ちで見送るのであった。







