第7話:宮廷錬金術師の助手
冒険者ギルドの受付から宮廷錬金術師の助手に転職した私は、新しい職場となる王城に足を運んでいた。
「なにこれ。うわっ、すっご……」
初めて宮廷錬金術師が働く施設を目の当たりにして、とても貴族令嬢とは思えない言葉遣いで驚いてしまう。
思わず「あっ」という声と共に、手で口元を隠した。
冒険者ギルドのみんなと打ち解けようと努力して、口調を崩すことを意識していたのだが……。今となっては、口調を崩す癖がついてしまい、意識しないと敬語で話せなくなっている。
王城の敷地内で働く以上、貴族令嬢らしい姿を求められると思うので、昔みたいな敬語を中心とした話し方に戻さなければ。戻せる自信がないと思うあたり、相当やばい領域に踏み込んでいると思うけど。
あっ『やばい』も平民言葉になるのか。うぐっ、言葉狩りがツラい。
もっと気を付けて過ごさないと……と思う反面、規模の違う工房を目の当たりにすれば、呆気に取られるのも仕方がないと思ってしまう。
それくらい宮廷錬金術師が過ごす施設は衝撃的だった。
国内の優れた錬金術師の中から、たった十人しか選ばれない宮廷錬金術師には、一人ずつ工房が用意されている。平然とした表情で行き交う人々を見ても、いつも歩いている王都とは光景が違う。
宮廷錬金術師に関わる助手や弟子さんが多いみたいで、エリートオーラを放っていた。
「場違い感がすごいなー。やばっ、周りの人たち、頭良さそう……」
とても頭が悪そうな感想をこぼしてしまうが、今日から私もここで働く人間の一人だ。正式に通行許可も下りているし、不審者のようにキョロキョロするわけにはいかないので、堂々としていよう。
……いま『やばっ』を使っちゃったな。この言葉が使えないのは、本当にやばいわ。
少し緊張しながら歩き進め、クレイン様の工房にたどり着くと、大きく深呼吸をした。
そして、意を決してドアをノックすると、クレイン様が出迎えてくれる。
「おはよう。歓迎するよ、ミーア嬢」
「おはようございます。本日から、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む。ひとまず中に入ってくれ」
あっさりと中に入れてもらった私は、見た目以上にしっかりとした工房に圧倒されてしまう。
「広いですねー……」
「宮廷錬金術師の仕事場だからな。国の支援があるし、その辺の工房よりは遥かに豪華な設備だぞ」
「噂には聞いていましたが、実際に目の当たりにすると違います。見たことのない機材もいっぱいありますね」
クレイン様以外に誰もいないためか、妙にシーンッとしていて、高そうな機材ばかりに目がいく。
研究に不自由のない設備と、潤沢な資金が提供されていると聞いていたが、まさかここまで違うとは。
「気持ちはわかる。俺も使ったことのない機材の方が多いくらいだ。錬金術師でも専門分野が違うと、なかなか使う機会がない」
「そういうものなんですね……。うわっ、知ってる機材も形状が違いますよ」
錬金術の機材では一般的な『ろ過装置』でさえ、かなり豪華なことになっている。
作業の正確さを求めた結果なんだろう。不純物を取り除くフィルターが三段階に分かれていた。
「最新型の設備を揃えている影響だな。基本的な構造は同じだが、使い勝手が僅かに変わる」
「慣れるまで大変そうですが、頑張って覚えたいと思います。せめて、雑用くらいは足を引っ張らないようにしなければ……!」
「そんなに張り切らなくてもいい。ミーア嬢には御意見番として居てもらいたいんだ。助手という立場でも、遠慮しないでくれ。何か違和感を覚えたら、すぐに教えてほしい」
錬金術をかじった程度の私が『御意見番』と言われるとは。力になれるところが限られているだけに、変なプレッシャーを感じる。
「改めて言われると恐縮しますが、思ったことを口にするだけですよ。あまり期待はしないでください」
「問題ない。有益な意見ではなかったとしても、クビにするつもりはないんだ。冒険者ギルドにいたときと同じように、気軽にやってくれた方が俺も落ち着く」
「……クレイン様のメリットが薄いような気がするんですが」
「その程度でクビにするなら、最初から声をかけていないだろ。ポーションの出来映えを査定してもらうだけでも、俺にとっては有益な情報だ。ミーア嬢は普通に過ごしてくれたら、それでいい」
元々の性格もあるのかもしれないが、クレイン様は必要以上に気遣ってくださっている。
まずは環境に慣れる方が先決な気がするし、お言葉に甘えさせていただくとしよう。
今日から私は、この工房で働く助手なんだから。
「では、まず私の呼び名を変えてください。助手を令嬢扱いするのは、違和感があります」
「言われてみれば、確かにそうだな。よし、これからはミーアと呼ぶとしよう」
「わかりました。それと、もう一つ。どう見ても工房に人がいないんですが、他の従業員の方はどこで仕事をされているんですか?」
広々とした工房にもかかわらず、私とクレイン様以外に誰もいない。防音設備も整っているため、ずっとシーンッとしていて、とてつもないほどの違和感を放っていた。
「誰もいないぞ。ミーア以外に人は雇っていないし、他に雇う予定もない」
「私、何か変なことを言いましたかね。宮廷錬金術師の工房なら、普通は大勢の人が働いているはずですよね?」
「俺は少数精鋭派だ。何人もの錬金術師を雇うことを嫌う。人が多いと、かえって研究の邪魔になりかねないからな」
言いたいことがわかるようでわからないのは、気のせいだろうか。
私以外に人がいないのなら……。はて、少数精鋭とは?
「独りぼっちですよ」
「ちゃんと数えてみろ。二人だ」
雇ったばかりの私を含められても困りますよ。孤高の天才とは、こういう人のことを言うんだろうか。
「唯一引き入れたメンバーが、どうして私なんですか。もっと実績のある人を雇わないと、周囲の反感を買いますよ」
「気にするな。実績なんて、後からいくらでもついてくる」
「御意見番の実績とは、いったい……」
「深く考えなくてもいい。とりあえず、うちの工房に人が少ない分、国に給料は高めで申請するつもりだ。契約の内容を確認してくれ」
そう言ってクレイン様に契約書を渡してもらうと、驚くべき数字が記載されていた。
冒険者ギルドの受付をしていた私は、普通の貴族令嬢より金銭感覚がまともだと自負している。
それだけに、書類を持つ手が震えてしまう。
「給料の桁、間違えてません?」
「そんなことはないだろう。ボイトス家で助手をやっていたのなら、最低でもその半分はもらっていたはずだぞ」
「いえ、無給でしたよ」
「意外に冗談が好きなんだな。錬金術師の助手というのは、製作物に大きな影響を及ぼす。ボイトス家みたいに急成長していたら、普通は助手を手放さないようにと、給料を大幅に……」
何か違和感を覚えたみたいで、クレイン様の言葉が途切れた。
それもそのはず。何の未練もなく手放されているだけではなく、そもそも大事にされていないから、浮気されているのだ。
ノー給料、休日出勤の過剰労働である。
「闇が深すぎないか? 完全にブラックだぞ」
「私に聞かないでくださいよ。元々は婚約者で身内になる予定でしたし、文句を言える立場ではなかったので」
「話を聞くのが怖くなってきた。とりあえず、契約書に問題があったら何でも言ってくれ。不満があれば、交渉してもらっても構わない」
「逆にホワイトすぎて怖いですね……」
「普通の権利だ」
昇給やボーナスというのは喜んで受け取るが、さすがに基本給の桁が違うのは怖い。国と契約を結ぶ形になるので、安全性は高いと思われるものの、ついつい二の足を踏んでしまう。
「詳しい契約内容について、いくつか聞いてもよろしいですか?」
「構わない。俺の方で判断できなければ、法務部に問い合わせよう」
おいしい話に疑い深くなった私は、色々とクレイン様に質問した後、契約書にサインするのだった。







