第67話:ヴァネッサの想い
騎士団の野営地を離れて、王都に馬車で戻っていると、相変わらずクレイン様は難しい顔をしていた。
「時間すらも歪むほどの空間が作られていたとはな。話を聞く限り、大きな魔力が衝突した時に起こる自然現象に類似しているが……」
霧の中であったことを包み隠さず伝えたら、より一層わからなくなったみたいで、ずっと悩み続けている。
この国に魔装具を作れる人がいないことを考えると、とてもではないが、それ以上の魔法陣を人の手で作れるとは思えない。ただ、王都の近くで起こる自然現象にしては、不可解な光景だった。
お父様の言葉から推測しても、何か理由があるのは間違いない。過去の遺物と呼んでいるのであれば、きっと……。
悩み続けるクレイン様には申し訳ないが、難しいことを考えるのは任せよう。
私は見習い錬金術師らしく、錬金術のことを教えてもらいたいから。
「リオンくん。先ほどの結界石について、聞かせていただいてもよろしいですか?」
非常事態ゆえに自重していたが、私の錬金術師大好きセンサーは、結界石に強く反応している。
瘴気の毒から身を守るだけでなく、結界を作れる錬金アイテムなんて、聞いたことがない。貴重なアイテムであれば、命を守ってもらったお礼も兼ねて、しっかりと恩を返さなければならなかった。
そのためには、まず情報がいる。決して、興味本位だけで聞き出したいわけではない。貴族の名誉を守るために聞かなければならないのだ!
無理やり正当な理由を得た私が鼻息を荒くする中、馬車が動く音だけが聞こえる静かな車内で、リオンくんがポケットからお守り袋を取り出した。
逃げる時に使用してもらったこともあり、三つあった結界石が二つに減っている。
「結界石は、名前の通り結界を張ることができるアイテムです。持っているだけでも弱い魔法干渉を防いでくれたり、魔除けの効果があったりと、破邪のネックレスに似た効果がありますね」
落ち着いた場所で改めて確認すると、付与を施した特殊な石に見える。とても精妙に作られているし、そんなに恩恵が大きいのであれば、貴重なアイテムである可能性が高い。
宮廷錬金術師のクレイン様も持っていないみたいだから、かなり高価なものなのかも……。
それよりも気になるのは、結界石を見つめるリオンくんが、どことなく寂しそうな表情を浮かべていることだが。
あまり使いたくはない、と言っていた気がするし。
「もしかして、大事なものでしたか?」
「えーっと……ヴァネッサ様が引退する時にくださったものです。僕にとっては、ちょっとしたお守り代わりのものですね」
「それは……思い入れのあるものを使っていただいて、すいません」
「気にしないでください。ミーアさんの命とは比べられませんよ。まだ二つ残っていますし、後悔はしていませんから」
苦笑いで説明してくれたリオンくんを見れば、大事な思い出の品だったと誰でもわかるだろう。
破邪のネックレスのような装備品と違って、結界石は使えば無くなってしまう。それが寂しくもあり、怖くもあるのかもしれない。
ヴァネッサさんの錬金術師だった証が消えて、もう戻ってこなくなるような気がするから。
申し訳ないことをしたなー……と落ち込んでいると、なぜかクレイン様が笑みを浮かべていた。
「どうやらヴァネッサから想いを託されたのは、ミーアだけではなかったみたいだな」
クレイン様の言葉の意味がわからなくて、リオンくんと顔合わせた私は一緒に首を傾げる。
「ヴァネッサさんの想い? 結界石のことですか?」
「いや、違う。結界石を入れている袋をよく見てみろ。それは清めの護符と呼ばれているもので、ヴァネッサが魔装具を作るきっかけとなったものだ」
お守り袋に二人して顔を近づけ、一緒にそれを凝視した。
「そう言われてみると、僅かに魔力が流れていますね」
「僕にも感じますけど、これは本当にヴァネッサ様が作られたものでしょうか……?」
眉間にシワを寄せたリオンくんが、うーん……と唸るのも、無理はない。精妙に作られた結界石や破邪のネックレスとは違い、このお守り袋は拙い魔力操作で付与された形跡があった。
とてもではないが、同じ人が作ったとは思えない。
でも、真面目な一面もあるヴァネッサさんのことを考えると、彼女らしいなーとも思う。
「初めて作成に成功した思い入れのある清めの護符を、リオンくんに手渡していたのかもしれませんね」
「俺も同じことを思う。昔、魔装具に似た付与ができるようになったと自慢されたことがあるんだが、その時に見た護符にそっくりだ」
想いを受け継いでほしいリオンくんには、一番想いの込もった品を渡したかったのかもしれない。
未練という負の想いが残る破邪のネックレスではなく、希望を見出した清めの護符を受け取ってほしかったのだ。
自由奔放に生きた自分を支えてくれた大事な人であり、大切な弟子だからこそ、前を向いていてほしかったんだろう。
「同じ道を歩ませたかったのか、進むべき道を示したかったのはわからない。だが、リオンが錬金術師として活動する限り、ヴァネッサは引退したことを後悔しないだろう」
「ヴァネッサ様……」
特別なお守りだったことを理解したリオンくんは、晴れやかな表情を浮かべている。
僅かに瞳を潤ませながら、両手で優しくお守りを包み込んでいた。
その光景を横目に、私はもう一つの気持ちが託されたネックレスを握り締める。
リオンくんにネックレスを渡さなかったのには、ちゃんと理由があった。
私に未完成のネックレスを託したのは、錬金術師の想いを受け継いでもらいたかった訳じゃない。錬金術師としての未練がそうさせたんだと思う。
完成された魔装具が見たい、その気持ちを抑えきれなくて。
「ヴァネッサさん。本当はまだ、錬金術がやりたいのかな……」
思わず、心の声をボヤいてしまうが、それは誰にもわからない。ネックレスが完成して、初めて彼女の中で答えが出せるのかもしれない。
ただ、そこまで導いてあげられるのは、未練を受け取った私にしかできないこと。
いつもなら、見習い錬金術師の私になんて……と悲観するだろう。
でも、リオンくんとオババ様の言葉を思い出す限り、本当に私にしかできないことなのかもしれない、そう強く思うようになっていた。
『付与した魔力の力を最大限まで引き出したものを、魔装具と言っています』
『いいかい? 神聖錬金術は、物質の性能を極限まで引き出す錬金術だ』
どれだけの負荷がかかるかわからないけど、きっとその方法の鍵となるのは――。
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