第65話:調査依頼4
神妙な面持ちのリオンくんを前にして、私はフラグを回収したことを伝えた。
彼が驚愕の表情を浮かべるのも、無理はないだろう。
「ま、待ってください。なんですか、あの魔法陣は」
「わかりません。でも、このあたりは霧が濃くなっているみたいですから、怪しいですよね。不思議と瘴気も濃いんですよ」
「そんな呑気なことを……って、ヴァネッサ様のネックレスで瘴気を無毒化している影響ですね。僕も結界石のおかげで無事でしたけど」
確かに、このあたりは不気味な雰囲気がある。私も身の危険を感じて、逃げ出そうとしていたくらいだ。
「ヴァネッサ様の助手をしていた時でも、あんなものは見たことがありません。おそらく、誰も近づかせないように、精神に干渉する魔法効果があると思います。先ほどから妙に不快な気持ちを抱くんですよね」
リオンくんにそう言われて、破邪のネックレスには心を安らげる効果があったことを思い出す。
私も調査中は妙に落ち着かなかったから、かなり強い力で人の心に影響を与える魔法陣なのかもしれない。
もしかしたら、魔装具レベルの代物かも……。
少し怖くなった私は、ネックレスの効果範囲に入れるために繋いでいたリオンくんの手を強く握り締める。
それで変に意識し始めてしまったのか、リオンくんの顔が赤くなった。
「なんか……恥ずかしいですね」
「変なことは言わないでください。私とリオンくんの関係では、そんな空気にならないと思っていたんですが」
縁談話や恋愛が億劫になっている私は、リオンくんにジト目を向ける。
別に彼を嫌っているわけではない。むしろ、クレイン様に似ていると言われたせいか、どことなく弟のように慕っている。
それはリオンくんも同じみたいで、妙にアタフタとしていた。
「急に手を繋がれたら、誰でも意識しますよ。も、もちろん、普段は意識しているつもりはありません」
「……それはそれで傷つきますね。女性としての価値がないみたいじゃないですか」
「ええ……。ぼ、僕にどうしろと?」
戸惑うリオンくんを見て、私はハッとした。
完全に彼を困らせていることを自覚し、素直に反省する。
「すいません。婚約破棄してから、複雑な感情を抱くようになったみたいです。これが平民の間で噂の、面倒くさい女ムーブ、と言うやつかもしれません」
アリスの話では、とにかく周囲の人を困らせる迷惑な女、と言っていたから、見事に該当するだろう。
いくら縁談話に嫌悪感を抱いていたとはいえ、こんな言動をしていてはいけない。男女ともに嫌われやすいみたいだし、今後は気を付けないと。
魔法陣の影響で心が乱れているだけの可能性があるだけに、一概には言えないけど。
「そんな言葉、よくご存知ですね。貴族の方が知っているとは思いませんでした」
「平民の友達が流行りの言葉を教えてくれるんです。伝統を重んじる傾向にある貴族と違って、平民の流行りはコロコロと変わって面白いですよ。友好関係を築くためには、学んでおいて損はないです」
貴族に求められるマナーや敬語は、古い仕来たりや儀式があるため、昔からほとんど変わらない。言葉遣いはその最たるもので、平民の間で流行っている言葉を使うと、怒られてしまうほどだった。
しかし、平民と親しい関係になろうとした時、流行の言葉を知っておくと、グッと心の距離を縮められる。そういったところで親近感が湧くと、信頼を勝ち取りやすく……って、今はそれどころじゃない。
パパッと頭の中で状況を整理した私は、錬金術師の先輩であるリオンくんに判断を仰ぐことにした。
「どうしますか? ここまで来られる人も限られていると思いますし、魔法陣を調査してみますか?」
「おすすめはしません。こういうのは、基本的に触らない方が無難です。でも、ミーアさんの言い分も一理ありますね」
クレイン様も心配してくれていると思うし、まずは情報だけでも持ち帰るべきだろうか。
うーん……と悩んでいると、リオンくんがお守り袋を取り出す。
「いざとなれば、結界石を消費して守ることもできます。でも、あまり使いたくは――」
リオンくんの言葉が詰まった瞬間、魔法陣が大量の瘴気を吐き出した。
私の魔力を消費し、一段と輝きを増す破邪のネックレスを見れば、どれほど危険な状態かよくわかるだろう。
話し合いなんてしている暇はない。今すぐに逃げるべきだ。
そんなことを頭でわかっていても、あまりの急な展開に体が動かない。魔法陣から目を離すのが怖くて、私たちは釘付けになっていた。
すると、大量の瘴気が一か所に固まり、魔物の形を取り始める。
その瞬間、リオンくんが瘴気に向けて結界石を投げつけた。
パリーンッ パキパキパキッ
聖なる結界が魔法陣と瘴気を包み込む。
しかし、瘴気の動きが止まる気配はない。結界石が力負けしているのは、一目瞭然だった。
「結界石では長く持ちそうにありません。今のうちに逃げましょう!」
リオンくんの言葉を聞き、ハッと我に返った私は、恐怖に負けないように全身にグッと力を入れる。
そして、後ろを振り返らないように前だけを見て、二人で全力疾走するのだった。







