第6話:新たな道へ
クレイン様があまりにも真剣な顔で「偽造ポーションだ」と言ってくるので、暇そうにしていたアリスをチョイチョイッと手招きして呼んでみる。
「どうしたの?」
「このポーション、どう思う?」
「クレイン様が持ち込んだポーションでしょ? 良品じゃないの?」
「お願いだから、ちゃんとチェックしてみて。アリスの意見が聞きたいの」
キョトンッとしたアリスは首を傾げるが、ポーション瓶を受け取り、査定を始めてくれた。
色合い、不純物、魔力……次々にチェックしていき、アリスが出したその答えは――!
「問題ないと思うよ。良いポーションだね」
まさかのポーション判定だった。しかも、良品扱いである。
「本当に言ってる?」
「うん。不純物も入ってないし、綺麗なポーションだよね。やっぱり宮廷錬金術師様は違うわ」
アリスが嘘を言っているようには思えないし、そもそも嘘をつくような性格ではない。
私が一番信頼している友人であり、冒険者ギルドの中でも後輩を指導する立場。ベテランの領域まで差し掛かっていると言っても過言ではない。
よって、これは本当に偽造ポーションだと断定してもいい。完全に違法品なのだ。
「クレイン様。違法品の売買は犯罪だって知っていますか?」
「大丈夫だ。買い取ろうとしていたら、こちらで止めている。あくまでポーションの研究中にできた副産物であり、販売する気はない」
「心臓に悪いですよ。お願いですから、変な事件に巻き込まないでくださいね」
状況をうまく理解できていないアリスが挙動不審になっているので、あとで簡単に説明しておこう。
きっと私と同じように『またまた~。そんな冗談を言っちゃってー』と、話を聞いてくれなさそうだが。
でも、一つだけ確かなことは、私は偽造ポーションを見抜けるということ。クレイン様にできないのであれば、本当にお力になれることがあるのかもしれない。
「これでわかっただろう? 俺がミーア嬢を助手にしたいという理由が」
「まだ信じられませんけど――」
「ええええっ!!!!!!」
突然の転職話に驚きすぎたアリスは、耳がキーンッとなるくらいの大声を出した。当然、何事なのかと、周囲の視線を集めてしまう。
「い、今……み、ミーアを助手にするって言いませんでした……か?」
「その通りだ。俺の工房に引き抜きたいと思ってな」
不敵な笑みを浮かべるクレイン様を見て、ようやく私は察することができた。
宮廷錬金術師の助手というオファーの、隠された意味を。
普通、こんな大事な話をたった一日で決めさせようとしない。仮に前から目を付けていたとしても、考えるための猶予期間を与えるはず。
しかし、他に目的があったとしたら、期限を早めてもおかしくはない。
たとえば、浮気されて捨てられた令嬢が寿退社する、という悪い情報を上書きするためのものだったとしたら。
クレイン様がわざわざ二日連続で足を運んだことにも納得がいくし、冒険者ギルドから引き抜くと言った言葉にも説明がつく。
結婚するから仕事を辞めようとしていたのではなく、宮廷錬金術師の助手として働くために辞めた、と思わせることができるのだ。
冒険者ギルドにいる人たちが固まり、唖然としている姿を見れば、そのことがよくわかる。
「み、ミーア? そ、そんな夢みたいな話がきてたの?」
「えっ? あ、うん。私も冗談かなって思ってたから、言いにくくて」
「気持ち、わかる。私、気持ち、わかる」
「私より焦らないでもらってもいいかな。片言になってるよ」
「ごめん。ビックリしすぎて。それで、ど、ど、どうするの? 転職するの?」
元々断る理由のないほどありがたい話だし、ここまでお膳立てされて、引き受けないという選択肢はない。
中途半端に返事するのは失礼だと思い、クレイン様と向かい合い、私は軽く頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
「わかった。明日から、正式に俺の助手として雇おう」
オファーを受けた瞬間、冒険者ギルドに「「「おぉぉぉー」」」という声が鳴り響く。
「マジかよ。ミーアさんって、いったい何者なんだ?」
「冒険者ギルドから引き抜かれて、宮廷錬金術師の助手に抜擢されるなんてな……」
「しかも、最年少で宮廷錬金術師になった、あのクレイン様よ。完全に勝ち組じゃない」
注目されるのは苦手だが、早くも『浮気された可哀想な女』という暗いイメージは消えている。今まで何気なく接してきたけど、今日ほどクレイン様の偉大さを感じた日はなかった。
なんといっても、冒険者ギルドの職員が大騒ぎなのだ。
みんながどうやって私を送り出そうか悩んでくれていたのは、間違いない。
千載一遇のチャンスだと言わんばかりに「花束どこいったー!」とアリスが声を荒らげて走り出し、騒ぎを聞きつけたギルド職員たちが次々と集まってくる始末である。
「冒険者ギルドに呼び戻す前に引き抜かれちまうとは、一本取られたな」
「ミーアさんに泣き顔は似合いません。嬉しい時は笑うべきですね」
「やっぱり明るい話で見送ってあげないとねえ」
私の話題でコロコロと振り回してばかりで恐縮してしまうけど……、今日くらいはいいのかもしれない。最後くらいは思いっきり見送ってもらおう。
ただ、どうしてここまでクレイン様が気遣ってくれたのか、それだけがわからなくてモヤモヤしていた。
「余計なお世話だったか?」
「いえ、素直に感謝しています。でも、どうしてここまでしてくれたんですか?」
「深い意味はない。しいて言えば、借りを返しただけだ」
「……借り、ですか」
「こっちの話だ。気にしないでくれ」
どういう意味なんだろう、と思っているのも束の間、私の思考をかき消すようにアリスが「どいてどいて!」と叫んで、大きな花束を持ってきてくれた。
受付嬢が仕事を辞めるにしては、とても華やかで大きな花束を。
「ミーア、今までお疲れ様。新しい仕事、みんなで成功を祈ってるから」
別れはいつでも寂しいもの、そう思っていたけど、今は嬉しい気持ちの方が大きい。
こんなにも温かく送り出してくれる仲間がいてくれるから。
「ありがとう、アリス。頑張ってくるね。みんなも本当にありがとう」
この日、私は三年間勤めていた冒険者ギルドを退職して、新たな道を歩み始めるのだった。
「続きが気になる」「面白い」「早く読みたい」など思われましたら、下記にあるブックマーク登録・レビュー・評価(広告の下にある☆☆☆☆☆→★★★★★)をいただけると、嬉しいです!







