第57話:レアアイテムの恐ろしさ
リオンくんがヴァネッサさんの弟子だったと発覚して、私は驚きを隠せなかった。
あの自由奔放なヴァネッサさんが弟子を取っていたなんて……と疑いたくなる気持ちはある。でも、リオンくんの寂しそうな表情を見れば、とても慕われていたんだと悟った。
クレイン様とリオンくんが知り合いだったのも、リオンくんが付与スキルを専門にしているのも、きっとヴァネッサさんの影響だろう。
もしかしたら、魔装具を作るというのは、リオンくんとヴァネッサさんの目標だったのかもしれない。
ヴァネッサさんにいただいたネックレス、本当に私がもらってもよかったのかな……。
少し不安な気持ちを抱きながらも、慣れない付与作業で聖水を生成して、リオンくんの話に耳を傾ける。
「ミーアさんが身に付けているものは、破邪のネックレスと名付けられた魔装具に限りなく近い代物です。ありとあらゆる魔法干渉を防ぎ、状態異常を防いでくれるものですね」
「破邪のネックレス? どこかで聞いたことがあるような……あっ! オババ様が言っていた魔装具だ!」
確か、腐ったものを食べても勝手に解毒してくれる、とか言ってたっけ。
もっとちゃんと説明してくれたら、これがその破邪のネックレスだと気付けたはずなのに。オババ様め……。
私が気づかないように、わざと曖昧な説明の仕方をしたなー? 本当に変なところでイタズラしてくるんだから、もう。
どうせ今頃『あの子はいつ気づくんだろうね、イーッヒッヒッヒ』と笑っている頃だろう。
「僕も何度か似たような経験があります。オババ様って、肝心なことは教えてくれませんよね」
「そうなんですよ。わざとやっているあたり、タチが悪いと思います」
「まあ、オババ様にも色々と考えがあるんでしょう。その半分は、老後の楽しみだと思いますが」
自分が面白いと思うことを優先しているので、半分で済めばいい方である。
「ただ、オババ様がわざわざ魔装具の名前を出すほどであれば、やっぱりヴァネッサ様のネックレスはかなり完成度が高いと思います」
「そうですね。リオンくんの力の腕輪を使ってみて思いましたが、ヴァネッサさんのネックレスは体に馴染みます。私の魔力と同調している、と言った方が正しいでしょうか」
何気なく身に付けているが、私はネックレスに魔力を流している感覚はない。それなのに、勝手に起動して、効果が発揮されていた。
もはや、ネックレスに私の魔力が流れ込むのは当たり前のように。
「魔装具の種類にもよりますが、破邪のネックレスは常に効果が表れるタイプのものになります。魔力消費も感じないほどの微々たる量ですので、とても良い品だと思いますね」
「ネックレスの効果を考えれば、身に付けるだけでいいなんて……ズルすぎませんか」
仮に状態異常を治そうとすれば、まずは何の影響を受けているのか分析する。次に解毒ポーションの素材を集めて、不純物が混ざらないように調合して、それを飲まなければならない。
それなのに、このネックレスを身に付けるだけで、すべて無効化してくれる。
風邪を引かない、病気にもならない、腹痛も起こさない。このネックレスを身に付けているだけで、常に健康でいられるのだ。
毒物による暗殺や魔法による洗脳などの心配もいらないとなれば……。
「とんでもないネックレスじゃないですか!」
「そうなんですよね。魔装具として認められれば、国王様に献上するレベルのものですから」
いま、リオンくんがサラッと恐ろしいことを言った気がする。いくら未完成とはいえ、本当に私が身に付けていてもいいものか疑問に思ってしまう。
可愛いデザインだし、心が落ち着くし、健康でいられるし、錬金術師として箔が付くけど……。
あぁ~! 知れば知るほど欲しい理由が増えてくる! これが魔装具というレアアイテムの恐ろしさか!
「やっぱり、このネックレスは返した方がいいですかね?」
「うーん、何とも言えませんね。錬金術師が志半ばで引退する際、思い出深い品を一つだけ手元に残す傾向にあります。これ以上のものは自分に作れない、という戒めと未練だそうです」
その言葉を聞いて、寂しそうな表情を浮かべるリオンくんと、お姉さんっぽい雰囲気を放っていたヴァネッサさんが、偶然にも私の中で重なった。
あの時に見たヴァネッサさんは、錬金術ギルドのサブマスターではなく、一人の錬金術師としての姿だったのかもしれない。
「ヴァネッサ様が三日三晩かかってネックレスを作り上げた結果、引退という道を選ばれました。他人からは優れたものに見えたとしても、彼女にとっては違ったんでしょう」
そういえば、ヴァネッサさんにネックレスをもらった時『私にはそれが限界だったの』と言っていたっけ。錬金術師のプライドをかけて挑戦した結果、魔装具という壁に届かなかったんだろう。
その未練が残る品を私が持っている、ということは――。
「きっとミーアさんに託したんだと思います。再び錬金術師として生きる道を断つ代わりに、破邪のネックレスを完成させてほしい、と」
どうして見習い錬金術師の私に……と言いかけて、口にすることをやめる。
弟子だったリオンくんが、その想いを引き継ぎたかったはずだから。
「ひとまずこのネックレスは私が預かっておきます。とにかく今は聖水を作りましょう」
「……そうですね」
必要以上にネックレスの話を聞くのは悪いと思い、二人で聖水の生成を続けていく。
余計なことを考えずに、目の前の付与作業に集中しようと思いながら。







