第51話:宮廷錬金術師ゼグルス
リオンくんの背後から現れた威圧的な男性を前に、重い空気が流れた。
二人の関係性が確証できていないので、私はクレイン様に確認する。
「クレイン様、この方は?」
錬金術の世界に疎い私は、純粋な気持ちで聞いたのだが……。
どうやら禁句だったらしい。ゼグルスと呼ばれていた男性に、物凄い形相で睨まれてしまう。
後でコッソリ確認すべきだった。時間が進むほどに空気が重くなり、居心地が悪い。
「フン。無能な助手を持ったようだな、クレイン」
「そうでもない。彼女にとっては、知るに値しない錬金術師だったんだろう」
どうやら二人は不仲みたいだ。どことなくクレイン様の言葉にトゲがあるし、二人の目線が重なると、火花が飛び散っているかのように睨み合っている。
クレイン様が気乗りしないと言っていたのは、リオンくんに会いたくないんじゃなくて、ゼグルス様に会いたくなかったのか。
さすがにこの険悪な雰囲気の中、二人の間に割って入る勇気は持てない。しかし、この場で失言したのは私なので、すぐに怒りの矛先が向けられてしまう。
「俺は男爵位を授かったゼグルス・ウォーレンだ。宮廷錬金術師になり、早十年を迎える。少し目立った程度で調子に乗るなよ、ミーア・ホープリル」
運が悪いのは、良くも悪くも私の噂が広まっていることだ。当然のように認知されて、名前も顔も覚えられている。
「は、はい。以後、気を付けます……」
自分の無知が引き起こした事態なので、謝罪の意を表すために深々と頭を下げた。
錬金術の知識を持たないと恥をかくと、オババ様に言われたばかりだった矢先に、こんなトラブルを起こしてしまうとは。
クレイン様にも迷惑をかけてしまい、不甲斐ない気持ちが生まれてくる。
「ミーア、あまり気にする必要はない。他の宮廷錬金術師と会話する機会など、滅多にないからな」
気持ちを察してくれたのか、クレイン様は慰めてくれるが、知っておいた方がいいのも事実だろう。
相手が貴族なら、なおさらのこと。不要なトラブルを避けられるのなら、絶対に避けた方がいい。
ただ……冒険者ギルドの受付で貴族の対応をしていた私が知らないなんて。宮廷錬金術師の活動で功績を残して、一代限りの男爵位を授かったのかな。
男爵位だったら、普通はもっと下手に出て、周りに敵を作らないように心がけるはずなんだけど……。
威圧的な態度を取るゼグルス様は、それとは対照的だった。
「何をしに来た。ここはお前たちみたいなチンチクリンが来るところではない」
ち、チンチクリン? 見習い錬金術師の私はともかくとして、クレイン様までチンチクリン扱いするなんて。
長年にわたって宮廷錬金術師という立場に居座り、随分と強気になったみたいだ。
「前にも少し話したが、宮廷錬金術師でまともに会話できる人間は少ない。私利私欲にまみれた連中ばかりだ」
そういえば、魔物の繁殖騒動の時、EXポーションの技術を広めようと相談したら『宮廷錬金術師は話のわからない連中』と言われたっけ。
ただ、そんなことを本人の前で言えば、争いは免れない。明らかにゼグルス様とクレイン様の睨み合いがヒートアップしていた。
「低ランクで彷徨っていた坊ちゃんが、いつまでも夢見心地で良いご身分なことだ」
「金集めが趣味の連中に言われたくはない。宮廷錬金術師を十年もやっていると、男爵位では満足できなくなるのか?」
あまりにもバチバチと言い合う二人を前にして、すっかり委縮してしまった私は、そろそろ~っとリオンくんに近づき、小声で話しかける。
「もしかして、二人ってすごく仲が悪いですか?」
「宮廷錬金術師で協力的な人の方が珍しいかと。少なくとも、この二人の関係は最悪ですね」
「見たままですね。実は仲が良い、なーんてオチを期待していたんですが」
「ありません」
「ですよねー……」
軽く話を聞く限り、真面目に錬金術に取り組むクレイン様と、自分の地位を向上させるために錬金術に取り組むゼグルス様では、話が合うはずもなかった。
身分も年齢も違うのに、どうしてここまで二人がいがみ合うんだろう。何か理由があるのかな。
「ところで、どうしてクレイン様たちがこちらに?」
「あっ、それは私が原因ですね。オババ様に代理で参加するように言われて、クレイン様を誘ったんですよ。こちらが招待状です」
持っていた招待状を渡すと、リオンくんは目を丸くしていた。
「確かに、バーバリル様に宛てた招待状ですが……。クレイン様ではなく、ミーア様が代理ですか?」
「はい。錬金術の世界を広げてくるように言われてきました。ちょうど付与スキルに興味を持ち始めたところだったので」
「どうりで良い噂が流れてくるはずですね。あのバーバリル様に認められた方だったなんて」
うんうん、リオンくんの言いたいことはわかりますよ。あの偏屈なオババ様に認められるなんて、なかなかできることではないですよね。
クレイン様でさえ、最初に聞いた時は頭を抱えて驚いていましたから。
「そう言うリオンくんだって、オババ様に褒められていたじゃないですか」
「ええっ!? ど、どうしてそのことを?」
「買い出しに出かけたら、ちょうどその場に出くわしたんです。とても良い腕輪を作られたみたいですね」
「そ、そんなことないですよー。僕のは、本当にまだまだで……」
盛大に照れたリオンくんがモジモジして、和やかな雰囲気を放っても、言い争っている宮廷錬金術師の二人は変わらない。
なぜか話の論点がズレ始めて、力の腕輪の討論になっていた。
「魔物の被害を抑える手段の一つとして、魔装具の開発に当たるべきだ。錬金術は人の命を守るために存在する」
「理想論だな。本当に怖いのは、魔物ではなく人だと知らんとは。戦争を抑止するための力を生み出してこそ、錬金術に価値が生まれるのだ」
相変わらずバチバチと火花が飛び散っているものの、なんだかんだでこの二人、腐れ縁みたいな関係になっている。
このまま放っておいても、意外に大きなトラブルに発展しなさそうだった。
力の腕輪の試作会で揉め続けるのは、互いのために良くないが。
「男性同士の言い合いを止めるのって、なかなか難しいですよね」
「は、はい。でも、僕のせいでもあるので……」
「ん? それはどういう意味で――」
訳ありな関係を聞き出そうとした時だった。二人の言い争いがピタッと止むと同時に、凛とした姿で国王様が近づいてきたのは。
思わず、私はリオンくんと一緒に背筋をビシッと伸ばし、失礼のないように心がける。
「また言い争っておるのか。相変わらずのようだな」
この瞬間、国王様にもよく喧嘩する二人と認知されているとわかったのだった。







