第43話:報酬金
アリスに別れを告げ、錬金術ギルドに足を運ぶと、すぐに商談室に案内された。
ふかふかのソファーに腰を下ろし、錬金術ギルドのサブマスターであるヴァネッサさんと向かい合う中、彼女が差し出してくれたものは……!
「これが今回の緊急依頼の報酬よ」
やったー! 臨時収入だー! なーんて思っていても、心の声を漏らすことはない。
ニヤニヤと緩みそうな頬をキュッと引き締め、ヴァネッサさんが差し出してくれた報酬金の入った袋を手に取る。
ぐふふふっと、不敵な笑いを心の中で漏らし……たかったのだが。
ひょいっ、ひょいっ ……ん?
報酬金が入った袋を持ち上げると、思った以上に軽い。そして、片手で収まるほど小さかった。
「ミーアちゃんの作ってくれたポーションの適正買い取り価格はわからないけど、非常時で薬草不足だったことと、緊急依頼を引き受けてくれたことを考慮した額になっているわ」
「あ、ありがとうございます……」
言われてみれば、EXポーションを納品したとしても、その価値を適切に判断できる人がいない。そうなると、ポーションに使われた素材で判断するのが妥当だろう。
品質の悪い薬草で作られた特殊なポーションであれば、最高品質に扱われたとしても、大した金額にはならない。
緊急依頼の内容が『普通の回復ポーションの作成』であったことを考えると、これでも破格の報酬金とも言える……ような気がした。
それで納得するかどうかは、別にして。
「わかるわ。大騒ぎした緊急依頼にしては、安いわよね」
「えっ!? い、いえ。そんなことありませんよ。ハ、ハハハ……」
「誰も聞いていないんだし、隠さなくてもいいわ。ミーアちゃんって、顔にすぐ出るから面白いのよね」
お姉さんっぽくなったヴァネッサさんに馬鹿にされてしまうが、こればかりは仕方ない。
なんといっても、王都の話題が一色に染まるほどの大事件であり、国王様が関係者を労うパーティーまで開いてくださったのだ。
報酬に期待しない方が無理である。むしろ、期待せずにはいられなかった。
「報酬金が重すぎて持って帰れなかったらどうしよう、とワクワクしながら来たんですよね」
「あらあら。随分と可愛らしいことを考えていたのね。そういう場合は、事前に声をかけられるわよ」
「そうでしたか。こういう機会は初めてだったので、期待しすぎました」
気を失うほど頑張った対価が、まさか片手で収まるなんて。ワーワーと文句を言っても、錬金術ギルドとの関係が悪化するだけなので、この報酬金で我慢するしかないだろう。
まあ、臨時収入としては十分だし、アリスにおいしいごはんでもご馳走しようかな。
そんなことを考えていると、あまり大きな声で言えない話でもあったのか、ヴァネッサさんが前のめりになる。
「正直に言うと、本当はもう少し奮発できるわ。でも、ミーアちゃんって微妙な立場なのよね」
不審なことを言われて、私は首を傾げる。
「もしかして、見習いだからですか? でも、錬金術ギルドに所属している以上は、正当な報酬を受ける権利がありますよね」
「そういう意味じゃないわ。錬金術師になった境遇が問題なのよ」
何か問題があったっけ……と、首を傾げたままでいると、ヴァネッサさんに大きな溜め息を吐かれてしまった。
「ミーアちゃんって、かなり特殊なのよ。冒険者ギルドの受付をしていたのに宮廷錬金術師の助手に選ばれるし、錬金術ギルドに登録したばかりで多数の契約を結んでるし、元婚約者が薬草不足を引き起こしている。周囲から嫉妬や反感を買わないのが、不思議なくらいなのよね」
確かに、街中で良い噂ばかりが流れるなんて、滅多にない。貴族の中では、身分の低い子爵家なので、もっとヤイヤイ言われるのが普通だろう。
ただ、そこは元婚約者のおかげと言うべきか、元婚約者のせいと言うべきか……。
「同情されてるだけだと思いますけどね」
今となっては、王都に良い噂が流れているだけの話である。最初の頃は、貴族令嬢が寿退社の前日に婚約破棄するという前代未聞の珍事を引き起こしているため、同情されることが多かった。
よって、私を敵視するなんて滑稽なことであり、悪い噂が立っていないだけ。必要以上に目立たない限り、強く言ってくる人はいないだろう。
「じゃあ、もっと報酬金を弾んどく? 金庫から取ってくるわよ」
自由すぎるヴァネッサさんが本性を現し、イタズラしたい子供のようにウィンクをしたので、私は全力で引き止める。
「ギルドマスターの許可が下りていなさそうなので、このままで大丈夫です。絶対にやめてください」
報酬金の額に納得していないけど、わざわざ金額を交渉するつもりはない。ヴァネッサさんが気遣ってくれた結果なら、これでよかったと思うようにした。
「もう、ミーアちゃんは頭が固いんだから。ギルドマスターにはちゃんと事後報告して、適当に言いくるめるつもりだったのに」
「せめて、事前に報告して許可をとってくださいね。私まで怒られかねませんから」
まあ、ヴァネッサさんが関与したなら、普通に笑って済まされそうな話ではある。ただ、もしものことがあると思うと、大胆な行動は取れない。
もしも大きな問題なった場合、錬金術ギルドの横領に加担した、なーんて噂が流れたら、私の第二の人生が早くも終わりを迎えてしまう。
それだけは絶対に避けないと。宮廷錬金術師に誘ってくださったクレイン様に、多大なる迷惑をかけることになるから。
……というか、トラブルホイホイとも言えるヴァネッサさんが、どうして私の専属担当みたいに対応してくれているのかな。
ありがたいような迷惑のような、複雑な感情を抱くよ。
「ミーアちゃん、何か失礼なことを考えてなーい?」
「いえ、特に。ヴァネッサさんにもっとサブマスターの仕事があったらいいのに、と思っただけです」
「まあっ! 心配してくれたのね。でも、大丈夫よ。全部ギルドマスターに押し付けてるから」
「もはや、どこをどう突っ込んでいいのかわかりませんよ」
普段はこうしてふざけてばかりいるが、魔物の繁殖騒動の時に駆け回っていた姿を思い出せば、大事なことはやるタイプで間違いない。
あの時は妙に責任感が強かったし、とても気遣ってもらった記憶があった。
今回もわざわざ報酬金のことまで考えてくれていたし、意外に良い人なのかなーと考えを改めつつも、今までの経験から絶対に油断しないでおこうと改める。
「さすがにこれだけしか報酬がもらえないのも可哀想だから、私から特別報酬を上げるわ。目を閉じてもらってもいいかしら」
早速、ヴァネッサさんに不穏な提案をされたため、警戒心を高めた私は眉間にグッとシワを寄せるのだった。







