第38話:枯渇した魔力
眩しい光に顔を照らされ、重い瞼を上げて、私は目を覚ます。
目に映し出された光景は、窓から見える城壁と広々とした天井、そして、顔を覗きこんでくるヴァネッサさんだった。
「気分はどう?」
「気持ち悪いです。体も重いし、めちゃくちゃ憂鬱です」
どうしてこんなことになっているんだろうか……と思っているのも束の間、慌ただしく動く騎士たちの姿を見て、すぐに自分の状況を理解する。
EXポーションを作っている間に力尽きたのだ、と。
「ポーションは足りましたか?」
「おかげさまでね。今は人のことより、自分のことを心配するべきよ。魔力が底を尽きるまで錬金術をしていたんだもの」
「どうりで体調不良になっていると思いました。魔力が枯渇すると、こんな感じになるんですね」
「普通はそうなる前にやめるものだけど……見習いちゃんだし、私の責任もあるものね」
段々声が小さくなって言ったヴァネッサさんは、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
非常事態だったし、ポーションの製造方法を伝えていなかったんだから、仕方ない部分が多い。ましてや、ヴァネッサさんが悪いわけではないので、責めるわけにもいかない。
「自分でやったことです。気にしないでください」
「ミーアちゃんって、そういうタイプ? ここは責めてくれた方が助かるんだけど」
「そういう趣味はありません」
体調が悪いこともあり、思わずヴァネッサさんの言葉を強く否定してしまう。
すると、ヴァネッサさんが萎れた花のようにしょんぼりとした。
「本当にごめんなさい。ミーアちゃんが倒れるまでやるとは思わなかったし、騎士団にご家族が在籍されているなんて、夢にも思わなかったの」
別に怒っているわけではないし、ヴァネッサさんが謝罪する気持ちもわかる。
それだけに、どうにも調子が狂ってしまう。
「本当にヴァネッサさんですか。すごい真面目なんですけど」
「大きな問題に発展したら、謝罪するわ。一応、これでも錬金術ギルドのサブマスターなんだもの」
「いつもそう言いながらふざけていますけど」
「いやだわ。私はいつでも真面目なのに。ミーアちゃんって、人の心を弄ぶタイプだったのね」
「そういうところですよ」
てへっ、と可愛らしく舌を出すヴァネッサさんは、ようやくいつもの雰囲気に戻った。
正確にいえば、戻してくれた、といった方が正しいだろう。しっかり謝罪だけは済ませて、私の様子を見ながら対応を変えてくれたのだ。
緊急依頼を頼みに来た時も真面目だったし、意外に気配り上手な方なのかもしれない。
「ところで、騎士団の詳しい情報を聞いても大丈夫ですか?」
「そうね。まあ、被害がゼロっていうわけではないわ。でも、予想していたより遥かに被害は少なかったの」
「そうですか。それは何より――」
「で、あのポーションは、どうやって作ったの?」
目をキラーンと輝かせるヴァネッサさんは、心の切り替えが早かった。
「私がパッと見た限り、ミドルポーションに近い感じだった。でも、実際には違う。傷口の回復を手助けするだけでなく、不思議と疲労まで回復して、騎士の間でも話題になっていたわ」
もはや、先ほどまでのしょんぼりしていた雰囲気は微塵も感じられない。完全にいつものヴァネッサさんになっている。
EXポーションの感想をもっと深堀して聞いてみたいところではあるものの、神聖錬金術のことは、クレイン様の判断を仰いだ方がいいだろう。
一般的な錬金術と区別している意味がわからないし、どうしてオババ様以外に知らないのかわからない。興味本位でポーションのことを広めて、あまり大きな話題にはしたくなかった。
「あのポーションは……頑張った結果です」
そのため、とてもヘタクソな誤魔化し方で乗り切ることにする。ヴァネッサさんが物理的にすり寄ってくるが、心の距離は大きく取った。
「はぐらかさなくてもいいじゃない。私とミーアちゃんの仲でしょう?」
「そんなに仲の良いイメージを持っていませんが」
「酷いわ。錬金術ギルドで話すほどの仲なのに」
「お互いに仕事なだけじゃないですか。プライベートで関わった記憶はありません。でも、看病していただいて、ありがとうございます」
「どういたしまして……と言いたいところだけど、私はちょっと様子を見に来ただけよ。逆にお邪魔しちゃったみたいで、申し訳なかったわ」
何のことを言っているんだろうと思っていると、部屋の扉がノックされ、クレイン様が入ってくる。
ニマニマとした笑みでウィンクするヴァネッサさんと、目の下にクマができているクレイン様を見て、なんとなく状況を察した。
一緒にポーションを作っていたクレイン様も疲れていたはずなのに、看病してくださっていたんだろう。その結果、ヴァネッサさんが変な誤解をして、一人で盛り上がっているだけにすぎない。
「目を覚ましたか。気分はどうだ」
「あまり良くはないですが、意識はハッキリとしています」
「そうか。それくらいの状態なら、三日間の休養程度で済みそうだが、念のため一週間は休むべきだろうな」
「えっ? この症状が回復するまで、そんなにかかるんですか?」
「ベテランの魔術師や錬金術師でも、魔力が枯渇したら、三日は大事を見る。ミーアの場合は……余計に気を付けた方がいい」
やっぱり神聖錬金術のことは内緒にしておきたいみたいだ。ヴァネッサさんの顔をチラッと見たクレイン様は、わざわざ口を濁した。
「わかりました。無理に仕事復帰する方が迷惑をかけそうなので、しばらくは大人しくしています。正直、今はここから動きたくありません」
「だろうな。俺も何度か魔力を枯渇するまで使ったことがあるが、会話するのが億劫なほどだった」
「そうよね、私も気持ちはわかるわ。かなりキツイ女の子の日みたいな――」
「変な例えはやめてください! ヴァネッサさんには、デリカシーというものがないんですか!」
クレイン様がいらっしゃるのに、すごくわかりやすい例えですね、なんて共感できませんよ。まったく。
「私はこのままもうひと眠りしますので、クレイン様も休んでください」
「そうだな。そうさせてもらおう」
「じゃあ、私もミーアちゃんと一緒に休んじゃおうっかなー」
「ヴァネッサさんは仕事してください。錬金術ギルドが呼んでますよ」
ちょっぴり辛辣な態度を取っているような気もするが、魔力が枯渇状態でイライラするのだから、仕方ない。
自分でもわかるくらいにはムスッとしているので、こんな顔を二人に見せたくなくて、私は布団を被って眠ることにするのだった。







