第25話:錬金術ギルド2
ヴァネッサさんに捕まった私は、受付カウンターに座り、順調に進んでいく登録作業を見守っていた。
「ミーアちゃんが錬金術師に登録する日がくるなんてね。お姉さんも感慨深いわ」
「急にお姉さんぶらないでください。それほど深い付き合いではありませんよ」
古い友人みたいな雰囲気で話しかけてこられるが、錬金術の仕事で軽くお世話になった程度で、あまり詳しく知らない。
でも、初対面から心の壁を感じないヴァネッサさんは、いつも気軽に接してくれていた。
「悲しいわ。私とミーアちゃんの仲なのに……」
あくまで取引先であるため、心の距離が近すぎるのはどうかと思う。まあ、ヴァネッサさんが気にするはずもないけど。
この雰囲気に慣れてしまうと、冗談の一つや二つを言われないと心配になるのだから、本当に不思議な人だと思っている。唯一無二の存在と言っても過言ではない。
そんなヴァネッサさんの冗談が落ち着く頃、気づかないうちに大人びた雰囲気を発していた。
「でもね、いつかこうなるんじゃないか、って予感はあったのよ」
「女のカン、ってやつですか?」
「いいえ。今まで持ち込まれていたポーションに、ミーアちゃんの魔力が含まれている気がするなーって思ってたの」
ジール様の下で働いていた時、私がポーションの下準備をやっていたから、当然のことではある。
でも、普通はポーションに含まれている魔力が誰のものか、理解できる人はいない。特殊な検査でしか判別できないため、大きなトラブルに巻き込まれない限り、調べられることはないだろう。
それだけに、このことは言わない方がいい気がした。
錬金術師に登録していない人がポーションの作成に関与していたとなれば、不正や処罰の対象になりかねない。
助手ならセーフのはずだが……、私が作業の九割も担当していたんだから、言い逃れができるとは思えなかった。
「冒険者ギルドでポーションを査定していましたけど、術者の魔力を認識したことはありません。気のせいではないでしょうか」
「私もハッキリとはわからないわ。でもね、魔力の波長を感じる人間には、なんとなく伝わってくるのよ」
そう言ったヴァネッサさんは、渡しておいたポーションを私の顔に近づけてきた。
「ほらっ、一緒の波長が出てる。術者に似て、良いポーションね」
「あ、ありがとうございます……」
ニコッと笑うヴァネッサさんは、いつもと雰囲気が違い、ちょっぴり妖艶なお姉さんみたいだった。
やっぱりサブマスターに任命されていることもあり、錬金術と向き合う姿勢はちゃんとしているみたいだ。
「このポーションは見本品だし、くすねちゃってもいいかしら」
「然るべき対応を取ってください」
前言撤回。やっぱりヴァネッサさんは自由人である。少しでも見直した私がバカだった。
早くも妖艶なお姉さんっぽい雰囲気が消失したヴァネッサさんは、錬金術師の登録をするため、気だるそうに書類にペンを走らせている。
「でも、どうして錬金術師の登録する気になったの? クレインちゃんのところで助手を始めたのなら、ギルドの依頼は受けられないでしょう?」
く、クレインちゃん!? 二人の関係性は知らないが、ちゃん付けで呼んでいい相手ではないだろう。
侯爵家の長男であり、宮廷錬金術師だというのに。どうして怒られないのか、不思議で仕方ない。
「今のところは依頼を受けるつもりはありません。ただ、クレイン様が錬金術ギルドの保護下に入るために登録だけしておけ、と言って――」
そう話している途中で、ヴァネッサさんが私の口を人差し指で塞いだ。
「ミーアちゃん、そんなに素直に言っちゃダメよ。ギルドも営利目的で経営しているんだからね。私じゃなかったら、聞き流さなかったわ」
聞き流してくれるんだ、と思う反面、それもそうかと納得してしまう。
冒険者ギルドでは、身分証明書代わりに登録する人もいるし、犯罪歴がない限りは登録を拒まない。命を落とす人が多かったり、年を取って引退したり、色々な街を転々としたりと、とにかく人の出入りが激しかった。
でも、錬金術ギルドは違う。誰でもできる仕事ではないだけに、有用な人間以外は受け付けていないみたいだ。
「錬金術ギルドに登録すると言っても、私はまだ始めたばかりの見習い錬金術師です。依頼をこなすには、もう少し慣れるまで時間が必要だと思います」
「先に登録だけ済ませて、働く意志を示しておくのは大事だと思うわ。でも、ポーションがしっかりと作れちゃう分、サボっていると判断されるのよ」
「私が作れるのは、ポーションだけです。魔鉱石の加工も、形成の魔法陣がないと扱えません」
「そうみたいね。失敗した形跡があるもの」
自分の服を確認してみても、魔鉱石が付着した様子は見当たらない。エプロンを着けて作業していたため、汚れているところない……はず。
しかし、ヴァネッサさんに頬を触られ、その手を見せてもらうと……。作業中に飛び散ったであろう魔鉱石の破片が、彼女の指先についていた。
さすが元Aランク錬金術師。形成スキルはお手のものみたいだ。
「ありがとうございます……」
「どういたしまして」
今まで頬に鉱物を付着させて歩いていたことを考えると、恥ずかしくてしょうがない。
こんな思いをするくらいなら、鏡の前で入念にチェックしてくるべきだった。ギリギリまで練習して、工房を飛び出してきたから、クレイン様も気づいてくれなかったんだろう。
うーん、さすがに誰にも文句は言えない。明らかに私の過失であり、自業自得だった。
「悲しいことに、見習い錬金術師だと自分で証明してしまいましたね」
「初々しくていいと思うわ。でもね、錬金術師として登録する限り、一人の社会人と扱われるの。ギルドに大きな利益をもたらすと判断されるBランク以上の錬金術師にでもならない限り、依頼は受けないとダメよ」
仕事をサボってばかりのヴァネッサさんに言われるのは、妙に悔しい。言い返す言葉が見つからないほど正論なので、しゅーんと縮こまることしかできなかった。
「クレイン様に登録だけ済ませるように言われて来たんですけど、なんとかなりませんか?」
「だ~め。クレインちゃんはそのあたりがわかってないのよね。錬金術ギルドはボランティアじゃないんだから」
これはどうするべきなんだろうか。勝手に依頼を受けると、助手の業務に支障をきたすかもしれない。今は形成スキルの練習をさせてもらっているけど、クレイン様が回してくださるポーションの作成依頼もあるし……。
そんなことを悩んでいると、ニヤニヤとした表情を浮かべるヴァネッサさんが顔を覗き込んできた。
「でーも、心配しないで。とびっっっきり良い方法があるから」
「な、なんですか。嫌な予感しかしないですけど」
「ちょ~っとトラブルになってるポーションの取引があってね。早めに手を打ちたいなーと思っていたところなのよ」
「普通、登録したばかりの見習い錬金術師に、そんな危なそうな依頼を押し付けようとします?」
「問題ないわ。見本品に持ってきてくれたポーションと同じものを定期的に納品してくれたら、後は私が処理しておくから。ね? おいしい話でしょう?」
ヴァネッサさんが両手を合わせてお願いしてくるので、ここは妥協せざるを得ない。あくまで彼女はギルドのサブマスターだから、顔を立てる必要があった。
身分の低い貴族というのは、こういうときに損をしてしまう。
少しくらいはお願いを断れるような思考を持たないとなー。
「もう……。変な依頼を受けるのは、今回だけですからね。これくらいのポーションなら、簡単に納品できると思いますので、助手の仕事にも支障はきたさないと思います」
「これくらいのポーションなら、ね。ふふっ、やっぱりミーアちゃんは面白い子だわ」
満面の笑みを向けてきたヴァネッサさんは、予め用意していたと言わんばかりにポーションの契約書を引っ張り出してきた。
無事に錬金術師の登録ができるのであれば、別に構わないと思うのだが……。
「じゃあ、ミーアちゃん。Cランク依頼、頑張ってね。来週末までに、ポーションを百本納品してくれると嬉しいわ」
「ん? Cランク依頼で、百本……? 色々と聞き間違えた気がしますので、もう一度言ってもらってもいいですか?」
先ほどの笑みから一変して、苦笑いを浮かべるヴァネッサさんを見れば、思っている以上に厄介な問題だと推測できる。
本当に見習いの私が受けてもいい依頼なんだろうか。
「ほらっ、一応トラブル案件だから、迅速な対応でパパッと処理できるとありがたいのよ。クレインちゃんの助手が対応してくれたとなれば、相手側も納得すると思うわ」
「むぅ……、まさかそんな打算的な作戦で来るとは。先に依頼内容を確認するべきでした」
「お願いっ! ミーアちゃんにもクレインちゃんにも、絶対に迷惑をかけないって誓うから」
「……本当に今回だけですからね」
「ありがとう、ミーアちゃん! 大好きよ!」
軽い気持ちでヴァネッサさんからの依頼は受けないでおこうと、私は心に決めるのだった。
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