第16話:ポーション作り1
クレイン様の指示で、大量のポーションを作ることになった私は、桶にぬるま湯を張り、薬草を洗っていた。
「わざわざぬるま湯にする必要はあるのか?」
最初から最後まで任せる、と言ったわりには、クレイン様にピッタリとマークされている。
てっきり放任主義なのかと思っていたが、しっかりと確認してくれるみたいだ。
それならそうと、最初から言ってくれたらよかったのに。
「ぬるま湯の方が薬草に付着した汚れが落ちやすいんですよ。不思議なことに、薬草が萎れにくくもなります」
「そういう効果もあるのか。だが、葉は傷つけるなよ」
「大丈夫です。いつもこうして洗っていたので」
綺麗になった薬草は、日当たりの良い場所に一枚ずつ並べておく。
「回復ポーションを作るのに、薬草を乾燥させる工程は不要なはずだが」
「少し日に当てておくと、毒素が出てくるんです。そうすると、魔力を使う作業が楽になるので、いつもこうしていますね。たぶん、クレイン様みたいに魔力操作が上手な方には不要なんでしょう」
桶のぬるま湯を捨て、今度は水を張り、そこに少し干した薬草を通して締めていく。すると、いくつか薬草を通し終えると、少しずつ水がくすんでいった。
「確かに、何か出ているみたいだな。だが、昨日はこんな作業をしなかっただろ」
そういえば、クレイン様に錬金術を教えてもらう時、目の前で下準備をしていたっけ。
でも、あれはあくまで練習用のポーションを作るためであって、売り物にする予定はなかったはず。錬金術を教えてもらうだけなら、入念に下準備をする必要もないわけで……。
「早く錬金術をやってみたい気持ちに駆られて、ちょっと手を抜きました」
「宮廷錬金術師の前で意図的に手を抜くとは、いい度胸だな」
少しくらいは大目に見てほしい。納品するとわかっていれば、ちゃんと仕事しますから。
「念のために言っておきますが、普段はそんなことしませんよ」
「わかっている。冒険者ギルドでの働きぶりを見る限り、ミーアは真面目な印象の方が強いくらいだ。前回のは、遊び感覚でやっていたんだろう」
「否定はしません。自分でもテンションがおかしかったと自覚しています」
今まで錬金術の助手として働いてばかりで、細かい作業の多い下準備しかやってこなかった。
土で手が汚れ、水で手が荒れ、繊細な薬草の扱いで心が折れる。地味で面倒な作業なので、決して楽しい作業ではない。
でも、これらはすべてポーションを作るために必要不可欠なこと。下準備も錬金術の一環だと思えば、苦にはならなかった。
「ところで、どうして私がクレイン様に作業を見られているのでしょうか。ちょっと緊張するんですが」
「大量の薬草を一気に下処理するとは思わなくてな。興味深いことをやっていると思い、見学させてもらっている」
「そうですか? 作業効率を高めた結果ですよ」
「普通なら、品質を向上させるために入念に行なう作業だ。効率を求めるのは、中規模から大規模の契約を結び始める錬金術師に限られる。誰かの作業を見学するのは、新鮮な光景に見えるものだ」
言われてみれば、弟子や助手でもない限り、錬金術師は作業を見せ合う機会がない。冒険者のように協同で依頼を受けないし、作成したアイテムだけで評価される世界だ。
同じ薬草の下処理でも、少しずつやり方が異なるんだろう。独りで作業してきたクレイン様にとっては、私の作業もポーション研究の対象になるのかもしれない。
いくら私が見習い錬金術師といっても、ポーションの下準備だけは何年もやってきたから、自信は……って、なんで私が見せる側の立場になっているんだ。
助手の仕事って、絶対こんな感じじゃない!
「あの~……これだと逆ではありませんか? 私は、御意見番、でしたよね」
「見習い錬金術師の作業を確認する、という意味では、間違ったことはしていない」
「物は言いようですね。自己流なので、厳しい目でチェックしないでください」
「興味深く確認しているだけだ。薬草から出てくる汚水を少しもらっていくぞ」
「少しと言わず、いっぱいどうぞ」
「成分の解析をするだけだ。少量でいい」
桶にコップを入れたクレイン様は、くすんだ水をすくい、ジッと見つめている。
工房内が綺麗な分、不純物はあまり含まれていないはず。それだけに、薬草の毒素はしっかりと抽出できていると思うが……。
「そんなものを調べて、何か意味があるんですか?」
私には、毒素を解析する意味がわからなかった。
「ミーアにとっては当たり前のことかもしれないが、俺は初めて見たものだ。単純にどんな成分か興味がある」
「意外ですね。ポーションを作る素材は同じなので、クレイン様の手元には、もっと詳しいデータがあるのかと思っていました」
「生きた植物を調べるというのは、なかなか難しい。産地や時期によって、成分やその割合が変わることが多いからな」
「食べ物とかでもそうですよね。気候や気温によって、野菜や果物に味の変化をもたらします」
「そのあたりは農家の専門分野になるが……、錬金術の研究を経て、そういった方面の力にもなれるかもしれない。だから、わからないものは細かく成分を解析するんだ」
「宮廷錬金術師にもなると、考えることが違いますね」
「有用なデータになるかはわからないがな」
それだけ言うと、クレイン様は成分検査機の方に向かっていった。
単純にポーションの研究をするわけではなく、錬金術で色々な分野に貢献しよう考えていたなんて。
若くして宮廷錬金術師に選ばれた理由が、なんとなくわかった気がした。







