92 いざ、小学院へ
(リーフ)
やってまいりました!
この世界に生まれ変わって初となる学生生活、その始まりの小学院に行く日が。
この日まで過ごした一ヶ月間はまさに……地獄のような日々であった。
俺は今日この日まで過ごした日々の思い出を振り返り、ブルルっ!と身体を震わせる。
勉強!戦闘!勉強!戦闘!永遠とこのループを繰り返す毎日。
もうきついのなんのって……特にドノバンは容赦なかった。
本当に本当に頑張った。────俺、頑張ったんだ!!
壊れたレコードの様に何度も頑張ったのだと繰り返し呟き、自分で自分を褒めてあげる。
白目を剥きながら剣を振る俺。
そしてその横で涼しい顔をして剣を振るレオン。
ドノバンは俺に対し、的確かつ限界を見極めたギリギリの修行を課してくるため、途中何度も倒れては起き……倒れては起き……の生存ギリギリの修行を毎日繰り返し行ってきた。
それに対して不満も文句も全くなく、流石は元騎士団長だ!と尊敬の念を持っているが、何故かレオンに対しては少々歯切れが悪いというか、適当というか……。
とりあえず「……まぁ、リーフと同じで良くね?」しか言わない。
そのため俺と同じメニューをやらせるか、俺がバタンキューしている間に対戦方式で打ち合いをしているかのどちらか。
適当感満載のドノバンに、思わず大丈夫か?と心配になるが、その打ち合いが凄すぎてその心配は早々に吹き飛んだ。
瞬間移動した様にしか見えないスピード!
剣を振るだけで、台風のど真ん中にいる様な強風吹き乱れる凄まじい威力の攻撃たち!
日増しにその打ち合いは激しくなり、俺との差は開く一方……。
俺は動かぬ体で必死に2人の動きを見てひたすら勉強、そして動ける様になったら俺もい〜れ〜て〜!する。
そしてあっさり撃沈、悔しい……。
ぐぬぬっと悔しさ100%で拳を握った。
勿論訓練に付き合ってくれるレオンには、とても感謝している。
しかし、当初の予定ではレオンをメインに訓練をやってもらう筈だったのに、今では俺を強くする為レオンがひたすらそれに付き合ってくれているという状態になってしまった。
八歳児に手伝ってもらう還暦越えのおじさん、それが現在の俺の立ち位置だ!
改めてそれを認識してしまうとショックで体が震える。
悪役がこんなに弱くては、大きく立ち塞がる壁どころか、短く切った薄いサランラップほどの障害でしかな〜い!
風が吹いただけで飛ばされてしまったペラペラのサランラップを想像し、はぁ〜と大きくため息を吐き出した後、俺は先ほどから遠くに見えている教会の方へと目を向ける。
まだ遠いにも関わらずピョコリと頭ひとつ分飛び出る教会、そして次にその近くに建つやはり中々の大きさの白い建物に視線を移した。
ズバリそこが今向かっている場所────『小学院』なのである。
小学院は教会同様、街で納められる寄付金で建てられている為、やはり────……大きい!広い!綺麗!白〜い!────と、それはご立派な建物で教会に全く負けてない。
建物自体は教会の方が高く大きいが、総敷地面積は小学院が上。
教育に必要なあらゆる施設が密集して建っている。
しかし、そんな広〜い小学院、教会と違い馬車で通学する事は禁止されていて馬車置き場はない。
何故かというと、貴族率がグンと増える中学院と違い、小学院に通う生徒のほとんどが平民の子供達だからである。
その時点で馬車など所有している者は一握り。
しかしなんで貴族もだめなの?というと、大部分をしめる理由としては二つ。
一つ目は単純に通学中危険だから。
沢山の子供達が徒歩で来る為、貴族の子供達が各ご家庭に一台馬車で通学すると事故が起こる恐れがある。
ただでさえ豪華に見せようと、異常に大きい馬車を所有している貴族もいるそうなので、一律禁止〜にしたのだそう。
もう一つは教会の謳う『平等』の精神が理由として挙げられる。
要は貴族も平民も身分に関係なく仲良くしましょうね〜、だから一緒に通学しましょうね〜的なやつで、とりあえず馬車は街の外まで、あとは徒歩で全員が通学することと決まっている。
────と、いっても貴族は街の外で馬車から降りた後、小さい人力車みたいなやつに乗って通学してくるのだが……。
チラホラと見かける人力車みたいな乗り物を見て、ヤレヤレ……とため息をついた。
まぁ俺の様なおじさんに言わせれば、足腰が軽〜い子供のうちは存分に歩くのを楽しむべきだと思うね。
どうせ歳を取ったら歩きたいのに歩けなくなってくるんだし!
────と、現在地に足がついてない状態の俺が言う。
実は現在、俺は荷物ごとレオンに背負われ小学院へ向かっている最中なのであ〜る!
「…………。」
小さいのに安定感抜群のレオンの背中に背負われながら、俺はプラプラと宙に浮いている俺の足を静かに見つめた。
人力車よりもかなりレベルアップした感があるこのおんぶ。
まさか庶民代表のような俺が、こんなVIP通学をする日がくるとは夢にも思わなかった。
視線を自分の足からレオンのつむじへ移し、それをじーっと見つめながら俺は頭を抱える。
なんとレオン、このおんぶ……別命『馬』を、自身のしなければならない仕事と認識してしまったらしい。
ことあるごとに俺を背負おうと、膝をつき背をむけてくるようになってしまった。
俺も言っちゃった手前、やるなとも言いづらく……。
しかしだからといって、重いからもういいよ〜ごめんね!などとは悪役として絶対に言えない。
だから俺は必死に考え、悪役らしく「 『馬』飽きてきたなぁ〜♫」と、ドノバンの授業中にレオンにチラッと言ってみた。
すると、いつもは消極的代表のレオンが、ものすごい気迫で俺に迫ってきたのだ!
「俺の馬は何が悪かったのですか!?」
「どうすれば満足できますか?!」
……などと怒涛の勢いで喋りだし俺もドノバンもタジタジ。
最終的には「日常的に四足歩行をします。」だの「────尻尾ですね?」などなど、全く訳のわからない事まで言い出す。
それを理解しようと思い、黙って考えてしまったのが悪かったらしく、とうとう馬の尻尾を狩りに行くと剣を持ち出した為、俺とドノバンは必死になってそれを止めたのだった。
そんなぶっ飛びレオンさん。
本日もいつも通り家から一歩踏み出そうとした瞬間、目の前にしゃがみ込み見慣れた背中をこれでもかとみせてきた。
流石に今日は入学院式だったので辞めようかと思ったのに……。
休みなしで下僕の職務を全うしようとするレオンが、俺は本当に心配だ。
適度なお休みについて真剣に考えながら周囲を見ると、学院が近づくにつれて道を歩く子供達の姿をポツリポツリと見かけるようになってきた。
同じ新入生か、はたまた先輩か……。
それは分からないが、全員こちらをギョッとした顔で見ては恐怖に青ざめ固まっていくのは皆同じ。
更に悲鳴をあげる子もいるが、俺の背負っているバックについた家紋を見て、慌てて口元を押さえていた。




