(ドノバン)87 ドノバンとカルパス
(ドノバン)
空が薄暗くなった頃、やっとリーフとレオンの授業は終わりを告げ、ヘロヘロで動けないリーフを軽々背負いスタスタと何でもないかのようにレオンはこの場を去っていった。
二人の姿が見えなくなってようやく俺は緊張を解き、大きく息を吐きだす。
「おいおい、何なんだよありゃ〜。イザベルに勝ったっつーのも半信半疑だったのに、それどころの話じゃねーぞ。
あんなもんどこに落ちてたんだよ。────カルパス。」
俺が奥の茂みに向かってそう話しかけると、気配を全く感じる事なく影の中からスッと一人の男が姿を現した。
「捨て猫の様な言い方をするな。
レオン君は以前からこの街の外れ、南の森の入り口付近の小屋にずっと住んでいた様だ。
あの実力に関しては……皆目見当がつかない。
しかし、まさかお前まで負かすとは思わなかったな。」
「負けてねぇ〜もん。まだ本気出してねぇ〜もん。」
ブーブーと唇を突き出して抗議するも、カルパスはジトッと軽蔑の眼差しを俺に向けて言った。
「だまれ。剣の打ち合いで【身体強化】を使った卑怯者め。」
< 身体強化 >
自身のステータスを一時的に高める無属性魔法。
一定以上のステータスを越えたものなら誰でも使える事ができるが、その上昇値は自身のステータスの総合値と熟練度などが関係するためピンキリ。
戦闘職ならこれを使って戦うのが基本である。
グサグサとカルパスの言葉は心臓にクリティカルヒット、思わず心臓を押さえて呻く。
レオンとの剣の打ち合いの時、最初喰らった一太刀がそもそもおかしかった。
とても8歳の子供が出せるはずもないパワー、スピードの攻撃。
これにハッとするのも束の間、直ぐに攻撃の乱舞を受ける事になる。
そして次の違和感、剣の剣筋が打てば打つほど変わってくる点。
しかもその替わる早さが尋常ではない。
最初は剣のけの字も知らぬ様な素人のものだった剣筋が、俺の剣を受けるごとに変わり、最終的に馴染みの深いものへと変わる。
<王宮剣術>
それは様々な剣の流派の始祖と呼ばれる剣技で、剣を持つ者の『始まりの剣』と呼ばれている。
無数に存在する剣の型を、自身の使うスタイルに合わせて一生進化させていく進化型の剣術の為、一つとして同じ物は存在しない。
貴族ならば、師よりその型を習いその後は自分なりの型に変えていくのだが、自分のスタイルに辿り着くまですら、かなりの熟練度が必要なものだ。
おいそれと出来るものではない────筈なのだが……?
「な、なぁ……あいつに王宮剣術教えたか?もしくはリーフ坊ちゃんが……。」
「……いや、教えてなどいない。勿論リーフ様も教えるのは不可能だ。
何せクビにした家庭教師はお喋りに夢中で、剣など一度も教えてなかったからな。」
心底忌々しいと隠す事なく顔に出すカルパスに、これ以上聞くのを止めた。
カルパスは教えていない。
リーフ坊ちゃんはそもそも教わっていない。
レオンはこの平和な街にずっと棲みついてた────とくれば答えは一つだ。
あいつは俺の剣術を一度見ただけで完璧にコピーした。
俺の進化させた王宮剣術をたった一度で、だ。
にわかに信じがたいが、それを信じるしかない状況の数々を突きつけられて、俺はうう〜……と唸りながら、頭を抱えた。
しかもそれだけではない。
その剣術を元に、ありとあらゆる方向へと枝分かれしている進化の先に、あの短い時間で到達したかの様な動きまで見せていた。
その為、俺の剣術だけでは到底追いきれず、最後はとっさに身体強化を発動してしまったが、なんとそれも防がれてしまった。
これでも剣のみの純粋な勝負なら、王都で5本の指には確実に入る実力を持っているにも関わらず、そんな俺が回避不可の攻撃を繰り出してきたなど今でも信じられない。
俺はポリポリと頭を掻きながらレオンとの打ち合いを再度頭の中でリプレイすると、ある一つの可能性が浮かび、汗がツッ……と一筋流れ落ちた。
多分、アレは勝負ではなかった。
どちらかといえば剣舞……とでも言うべきか、誰かに見せる為の演劇の様な動きだったと、そんな感じがするのだ。
その可能性に恐怖を感じ背筋に震えが走ったが、流石にそれはねぇか……とそれを振り払う様に頭を強く掻き回す。
「────ったく、嫌になるぜ……。────で、カルパス様は、今度は一体俺に何をしろっつーんだよ?
お前は昔からまどろっこしいからな。色々考えがあるんだろ?親友。」
「元第二騎士団団長様に、親友などと言ってもらえて光栄な限りだ。
とりあえず、お前の眼でみたレオン君はどうだ?あぁ、強さ以外でな。」
えらく抽象的な言い回しに俺は腕を組みながら首をグイッと傾けた。




