(クラーク)832 嫌な予感だらけ
(クラーク)
それを瞬時に悟った俺は、嫌な予感にフルっと震える。
いつかくるであろうこの日が来るのが怖くて怖くて仕方なかった。
俺の穏やかな日常が、黒く黒く塗りつぶされていくこの日が……。
それを感じながら、視線を下へ向けようとしたその時、何か巨大な生物の蹄の音と回る車輪の音が聞こえたかと思えば、慌ただしい様子でスターホース率いる魔導馬車が次々とやってきたのが見えた。
そして御者の者達が貴族のご令息やご令嬢の名前を叫びその者達を馬車に乗せると、そのまま足早にその場を去って行く。
それをボンヤリと眺めていると────……。
「イシュル教会大司教のご令嬢<ジェニファー・ドン・レイシェス様>!伯爵レイモンド家ご令息<クラーク・ベルジュ・レイモンド様>!直ぐに馬車にお乗り下さい!」
ジェニファー様と自分の名前が呼ばれ、俺達は同時に体をビクッ!と震わせた。
そして一瞬お互い視線を合わせたが、直ぐに下を向き俺達は無言で馬車の中に乗り込んだ。
◇◇
ぐんぐん進んでいく馬車の中、俺とジェニファー様は無言であった。
恐らく方向的には王都を目指している様で、窓の外を見れば俺達と同じ様に貴族の子供達を乗せた魔導馬車が沢山走っているのが見える。
一体両親は、何をするつもりなのだろう?
クシャッと顔を歪めながら前の座席に座り、静かに白いバラの栞を見ているジェニファー様へ視線を向けた。
「一体これから何が起こるのでしょうか……。」
恐る恐るこう口にすればジェニファー様はキュッと眉を潜め「少なくとも良いことではないでしょうね……。」と小さな声で呟いてそのまま下を向いて黙ってしまう。
これから恐ろしい事が起きる。
それが事前に分かっていたのに、俺もジェニファー様も。結局誰にもその事は言えずに今日この日を迎えてしまった。
口を閉ざし目を逸らし……ただ流されるまま今日を迎え、そしてとうとう目を逸らせなくなった今は────『仕方がない』、それを言い訳にしてまた流されようとしている。
何が起こるのか知らないから『仕方がない』。
自分一人が動いたってどうする事もできないのだから『仕方ない』。
そんな言い訳を繰り返し繰り返し口の中で呟き、それが正しい選択であると心の中で納得しようとしたが……。
《何が起こるか知ってたって何もしなかっただろう? だってお前はそういう人間だ、クラーク。》
自分の心に僅かに残っている良心が、俺を責め立てる。
何も反論できずに黙ると、突然フッ……と、『リーフ様が俺と同じ立場だったらどうしてただろう?』と、そんなどうしようもない事が思い浮かんだ。
そして、『きっと、今の俺と同じ様な結果にはならないだろうな』と、そんな答えが瞬時に出てしまい、自身の情けなさ、罪悪感は更に加速して増えていく。
少しの間、シ──ン……としていた馬車の中だったが、元々悪かったジェニファー様の顔色が更にどんどん悪くなっていくのに気づき、思わず声を掛けた。
「どうされたのですか?顔色が酷く悪いのですか……。」
「……何なのかしら……このベッタリと纏わりつく気味の悪い気配は……。これは……前にあったのと同じ……?」
ブツブツと呟くジェニファー様に首を傾げたが、突然グリモアの方向に乱れた沢山の魔力反応を感じ、窓の外へ視線を向ける。
すると、グリモアの上空に沢山の飛行型モンスターが飛び立つのが見えた。
「なんだ……?」
尋常ではないその数に驚いていると、その後直ぐに空が暗くなり始め、ざわざわとした黒いモヤがグリモアの空に集まりだす。
ジェニファー様も後ろを振り返りグリモアの方角を見つめ、二人で呆然とその様を見守っていると、やがてその黒いモヤはある形へと変化した。
「黒い蝶……か?」
その圧倒的な存在感とおぞましいという言葉がぴったりなその外見に体は震え、汗はダラダラと流れ落ちる。
恐怖を必死に抑えながらそう呟くと、ジェニファー様は青白い顔色のまま黒い蝶を睨みつけ、そのままスキルを発動してそいつを『見た』。
<回術妃の資質>(ユニーク固有スキル)
< 医回人の瞳 >
動物やモンスターなどありとあらゆる『生』を持つ者の内部を透視する事ができる特殊系スキル。
術者の魔力、魔力操作、器用さ、知力、知識量により透視できるレベルが決定する。
透視できるもの(内部構造全般、更にレベル次第では血管、骨、神経系まで可能)
(発現条件)
一定以上の魔力、魔力操作、器用さ、知力、医学的知識量を持つ事
一定回数以上怪我の治療を行い一定以上の回復を成功させること
「……何も見えない……。あれは『生』の概念が存在していない存在ね。
それに、この独特の魔力は『呪い』が凝縮して集まったモノの様だわ。
あんなモノが、イシュル神の聖大樹の加護内にあるわけがない。恐らく……あれは……『呪災の卵』の……。」
ガクガク震える体を抑えきれなくなったらしいジェニファー様は、そこで体を抱きしめ言葉を切ってしまう。
そんなジェニファー様に言葉を掛けたくとも、俺も震えが止まらなくなってしまって両手の拳をギュッと握ることしかできなかった。




