(クラーク)830 好きだから
(クラーク)
【呪災の卵孵化前、学院内の貴族専用食堂にて】
ジェニファー様がバラがお好きであることは大抵の人間が知っている。
しかし、本当は赤いバラが好きなのではなく白いバラが好きだという事を知っている者はほとんどおらず、ジェニファー様のお父様であるグレスター卿もこの事を知らずに、贈り物の花は全て赤いバラを贈ってくる。
貴族用の食堂のテラス席の一角。
そこにはたった一つだけ白いバラが近くに咲いている席があり、そこでランチをしながら花達を愛でるのがジェニファー様の憩いの一時になっている。
本日も例に漏れずにその席に座り穏やかな時を過ごしていたが、ジェニファー様の席に置かれている一冊の本に目が止まり、俺は何となく気になり声を掛けた。
「その本……ジェニファー様が読むにしては珍しいタイトルですね。『医術の古歴史』など……。」
「あぁ、これはソフィア様に勧められて読んでみたのよ。そうしたら凄く興味が持てる内容だったわ。
過去の医術を知った所で役に立たないなんて、過去の私は随分と傲慢だったみたい。失敗から学ぶ事はとても多いわ。」
本をジッと見つめながら嬉しそうに話すジェニファー様を見て、俺は少々驚いて目を僅かに見開いた。
この学院に来てからジェニファー様は少しづつ変わっていっている。
特に最近、それが顕著であると感じたのはソフィア様との関係性だ。
あの聖職者達が一斉に倒れてしまった事件以来、ソフィア様とジェニファー様はお話する様になっていき、今ではこんな本などの他愛もない話しをする程にもなった。
同じ教会関係者であり共通の話題が多い事と、元々の性格的なモノが非常に相性が良かった様でジェニファー様にとってソフィア様とのお喋りはとても楽しい時間になっているらしい。
今もご機嫌な様子で本をめくりだしたジェニファー様を見つめながら、専属聖兵士としてはとても喜ばしい事だと思っているが────……ソフィア様の後ろに必ずくっついて回っているアゼリアの姿を思い出し、複雑な表情を浮かべた。
ソフィア様の専属聖兵士であるアゼリアとも、その分顔を合わせる機会がグンッと増え、とにかく目が合うだけで主人そっちのけで睨み合い、罵り合いの日々を過ごす羽目に……。
それを思い出してムカッ!!としていると、ジェニファー様は本を捲る手を止めて口端を僅かに緩める。
「クラーク……最近の貴方は本当に小さな子供の様ね。元々表情に出やすいとは思っていたけど……。
リーフ様は関わる人達を、子供に変えてしまうスキルでもお持ちなのかしら。」
それに『心外です!』と言わんばかりの顔をしてしまうと「……ほらね。」とジェニファー様が呆れた様に言った。
恥ずかしさから顔に熱が集まりそうになったが、必死にそれを散らし平静を装うと────『俺は変わってない!』『俺はマリオンやアゼリアほどあからさまではないし……。』『ましてやマービン様の様に斜め上に変化したわけでもない!』と心の中で必死に言い訳する。
そして、最後には『俺は普通だ!絶対に!』と言い切って押し黙ると、ジェニファー様は微笑んだまま、本に挟んであった白バラを押し花にした栞を取り出しジッと見つめた。
「あのお方は本当に不思議な人……見てない様で人を『見て』いる。
それって簡単な様で凄く難しい事なのに……。
だって誰しも自分の事を知られるのは怖いもの。だから心の奥に色々なモノを隠しているのにね?」
ジェニファー様はそう言い終わると、大事そうに白バラの栞をまた本の間に挟む。
少し前の事、特級組の授業が始まる前に、リーフ様が急にジェニファー様に美しい白いバラを差し出してきた。
その行動に驚くジェニファー様に対し、リーフ様はニコニコ笑う。
「これね、モルトの家で新しく品種改良したバラなんだって。
モルトが人にあげていいよって言ってたから、ジェニファーちゃんにあげる。」
なんてことない様な言い方についポカンッとしてしまったジェニファー様だったが、直ぐにハッ!として表情を引き締め直しそのバラを受け取った。
「あ、ありがとうございます。」
お礼を言いながら近くでそのバラを見つめるジェニファー様。
そしてその美しさに思わず、ほぅ……と感嘆の声を上げていたが、直ぐに表情を取り繕い「なぜこれを私に?」とリーフ様に尋ねる。
すると、やはりリーフ様はあっけらかんとそれに答えた。
「ジェニファーちゃんが、白いバラが好きだから〜。」
それだけ言ってリーフ様はジト〜……と睨みつけてくる奴隷を連れて自身の席に戻っていった。




