828 俺にできることは……
(マリオン)
『呪い』
ハッキリと告げられた言葉に、全員が下を向く。
「どうにか倒す方法は……?」
絞り出す様な声でそう尋ねると、父は《一つだけある。》と答えたため、俺達は希望を抱いた。
しかし────それは父の次の言葉で見事に打ち砕かれる。
《禁呪魔法【聖令浄化】を使えば倒せる。
かつてのドロティア帝国は、それを使ってあの化け物を倒したのだ。
しかし、それには代償が必要でな……。
簡単に言えば『大勢の人の命』か『聖属性の天賦の才能を持つソフィア様』のどちらかの命が必要になるだろう。》
「そ、そんな……。嘘ですよね……? 」
俺の問いに、父は無言になる事でYESを示した。
その瞬間、身体に冷たいモノが走り体中から力が抜けると……そのまま力なく背もたれに身体を預ける羽目になる。
そして全員が下を向いて黙っているのを見回した後は、膝の上に力なく乗っている自分の両手を見下ろした。
ソフィア様が死ねば世界戦争。
では、犠牲になるのは沢山の他の国民達……?
グリモアにはまだ沢山の人達が……。
そこで一番に頭に浮かんできたのは────リーフ様の姿だ。
まだリーフ様が、グリモアにいる!!
「ふざけるなよ……?」
ボソッ……と呟いた声に、フリック達は顔を上げ、父と意識が繋がっている伝電鳥がギョッ!として顔を向けてくるが、俺は直ぐに馬車の窓から顔を出し大声で御者に怒鳴りつけた。
「────おいっ!!今直ぐグリモアに引き返せ!!まだリーフ様だってあそこにいるんだぞ!!?そもそもこんな時に貴族の俺達だけおめおめ逃げられるかっ!!」
外に落ちそうになりながら叫ぶ俺に驚いたフリック達は、慌てて俺の服を引っ張り馬車の中に戻した。
伝電鳥も必死に俺の髪を引っ張り《お、落ち着け!マリオン!》と必死に叫びなだめてくるが、俺はそれを振り払い、もう一度窓の外に身を乗り出そうとした、その時────……。
「────だって……呪いですよ……。」
そう呟くフリックの声が聞こえて、俺は一旦動きを止める。
するとフリックは引っ張っていた俺の服から手を離し、ポスンッ……と力なく座席に座り直した。
「悔しいですが、呪い相手では、今更誰が行こうが何もできる事はありません……。」
そう言って下を向いてしまったフリックを見て、他の3人はくしゃりと顔を歪めた。
「どんなに屈強な騎士だとしても呪いに勝つことはできない……。俺達にできることは何も……。」
「マリオン様……どうか冷静にお考え下さい……。」
「皆……死んじゃう……。マリオン様も……行ったら……。」
ロダン、ルナリーは目を閉じ何とか平静を取り戻そうとしているが、ローリンは既に泣き喚く一歩手前の様に顔を歪めたまま。
沈痛な面持ちで下を向いてしまったフリック達を見渡し言葉に詰まっていると、伝電鳥から父の静かな声が聞こえてきた。
《マリオン……悔しいのは分かるが、お前が行った所でできることはない。
無駄に命を失うだけだ。
今のお前にできることは今いる子たちを連れて王都に避難することだけなのだ。後は我々大人が最善を尽くす。》
『俺にできることは何もない』
それがスッ……と自分の中に入ってくると、力が抜けてしまった俺は、静かに座席に座り込む。
確かに父様の言う通り、呪い相手では俺にできることなど何もない
そのため俺は、自分に言い聞かせるように「仕方がないんだ……。」と何度も呟き、力が入っていた拳を徐々に緩めていった。
仕方がない。
だって、俺が行っても何も役に立てないのだから。
だから……これでいいんだ。
「……仕方ない……仕方ないんだ……これで……いい……。」
そうひたすらブツブツと呟いていると、不意に兄が出ていった時の事を思い出す。
俺はあの時もそうだった。
大声で怒鳴り合う父と兄、泣き喚く母、そして────そんな三人を黙ったまま部屋の端で見ていた俺。
今と同じ様に『仕方がない』と呟きながら、ただ事が収まるのをひたすら待っていただけだった。
結局俺はあの頃から何一つ変わっていない。
今もただ黙って事が収まるのを待つだけ。
「……ハハッ。」
心は黒く塗りつぶされていき、力なく笑った後は視線は下へ下へ下へ……。
そしてやがて瞼が完全に閉じてしまうと、視界は真っ暗闇。
『これでいいんだ。』
そう最後に呟こうとした瞬間────突然、ホワッとした暖かい体温を身体に感じた。
「────っ!!?」
ハッ!!として目を開けると、そこは馬車の中ではなく真っ暗な闇の中で……?
俺はその中で、誰かにおんぶされて進んでいる最中であった。
「???な……っ……えっ?……えぇ???」
驚いて慌てて上体を起こすと、目に飛び込んでくるのは見覚えのありすぎる茶色い髪の後頭部だ。
「リ、リーフ様!!」
同じくらいの体型なのに、リーフ様は俺を背負ったままふらつくこともなく真っ暗闇の中スタスタと歩いていく。
俺はその暖かな体温とリーフ様におぶられているという安心感に泣きそうになり、そのままその背に縋るようにしがみついた。




