827 止める事はできない
(マリオン)
そうして俺達の乗った馬車は、そのまままだ一握りの教員達しかいない南門を抜け、街の外へ出る。
すると、周りには貴族達を乗せた【魔導馬車】で溢れかえっており、全て同じ方を目指してひたすら走り続けている姿が見えた。
「この方向は王都じゃないか?」
「そうみたいですね。」
ロダンが直ぐに馬車の窓を開けて身を乗り出し、進行方向へ顔を向けてそう言うと、フリックはコクリと頷いた。
なぜ急にグリモアを離れ王都へ……?
俺はチラッと後ろの窓から離れていくグリモアの街を眺めていたが、今の所これといった変わりは見当たらない。
しかし────……。
「────わっ!み、見て下さい!凄い数の伝電鳥!」
「伝言シャボンまで……。これはやはりただ事ではない様ですね。」
空を飛び回る大量の伝電鳥と、伝言シャボン。
大きな戦いが予想される際は、必ず各防衛機関がこうしてありったけの伝電鳥と伝言シャボンを飛ばすようになっている。
少なくとも、そう判断されるくらいの規模の戦いか……。
それを言わずとも語る何よりの証拠を前に、全員が押し黙っていると、突然一匹の伝電鳥が馬車の窓へ止まった。
《マリオン、聞こえるか?》
「その声は……父様ですか?」
喋り出した伝電鳥の声は、父の声。
その事に気付いて確認すると、その伝電鳥はコクリと頷き肯定を示す。
《あぁ。そうだ。マリオン、そちらはまだ何も起きてはいないようだな……。》
いつもとは違い、随分と覇気がない様子の物言いに少々驚きはしたが、それ以上に今の状況について知りたかったため急いで父に尋ねた。
「父様、一体これはどういった状況なのですか?突然このように大量の【魔導馬車】が迎えにくるなんて……。これから何が起こるというのです。」
《私も詳しい事は分からないのだが、もう半年にもなるか……一部の高位貴族達の下に一斉に通達が来たのだ。
『魔導馬車の所有を許可する。』『グリモア近くの廃村跡地に魔導馬車用の施設を作ったのでそこに待機させるように』……とな。》
「それは……。一体誰がその様な事を?」
俺がそう質問すると、父は一瞬の間を置いた後、困った様に息を吐く。
《調査はしたが、痕跡はプツッと切れてしまったため、正体は謎のままだ。どうすべきかと悩んでいる所に更にその後、もう一度だけ追加の通達がきたのだ。
『合図があったらそれを使用し、子供を迎えに行け』────と。
何が起こるかは知らないが、どう考えても良い事ではなさそうだ。すまないが、私にはこれ以上分かりかねる。
せめてもと、大人数を乗せる事ができる魔導馬車を送っておいたのだが……。》
「『子供を迎えに行け』……?」
何故……?
意味が分からず、俺もフリック達も首を傾げた、その時────グリモアの方向で飛行型モンスター達が一斉に空に飛び上がった姿が見えて、窓の外へ全員視線を移した。
「森に何かあったのでしょうか……?」
フーッ!!と毛と耳を逆立てて警戒しているテイムモンスターを撫でながらフリックがそう呟くと、突然空がペンキを垂らした様に黒く染まっていく。
「そ……空が……。」
「そんな……以前一度あった時と同じ……?」
ローリンとルナリーが青ざめながらそう言うと、ロダンはまた窓から大きく身を乗り出しグリモア上空をジッと見つめる。
「グリモアの上空の黒いモヤだけ何か変です。何だか何かの形の様に……?」
ロダンの言葉を聞き、全員がグリモア上空の黒いモヤへ注目すると、確かにソレは形を徐々に変え、見慣れたシルエットへと変わっていった。
アレは────。
《ば……馬鹿な…………っ!!》
父様の聞いたことがない程焦った声がし、同時にその黒いモヤの形が巨大な蝶に見える事に気づきゾッと背筋が凍る。
「何なんだ……?あの禍々しい黒い蝶は……。父様は、アレが何か知っておられるのですか?」
正体を知らずとも『ヤバいモノ』である事は認識できたため、恐る恐る父に尋ねたが、父は動揺しているらしく、突然怒鳴りだした。
《『呪災の卵』だとっ!!────クソっ!!!!なんてものを持ち込んだのだ!!国を滅ぼすおつもりかっ!!》
『呪災の卵』
『国を滅ぼす』
そんな不穏な言葉達にフリック達はビクッ!と大きく体を震わせ、顔色を悪くして押し黙る。
俺も同様に驚き一瞬固まってしまったが、とにかく冷静にと自分に言い聞かせて父に再度話しかけた。
「父様、落ち着いて下さい。『呪災の卵』とは一体何なのですか?」
すると父はハッ!としたのか、大きく息を吐く音が聞こえその後一言《すまない……。》と謝罪を口にした後、説明を続けた。
《アレについて、我が家では成人後に話す予定だったのだがな……。『呪災の卵』は、魔素領域で稀に見つかる未知の物体だ。
そこから生まれてくるモノは、生き物にあらず。呪いの集合体であると言われている。
かつて広大な土地と世界一の国力を持っていたドロティア帝国の半分を魔素領域に変えた、恐ろしい無敵の化け物だよ。》
「────なっ……。」
あまりに衝撃的な内容に絶句し、言葉が出てこない。
それは俺だけでなくフリック達も同様な様子で、依然青ざめたまま口を閉ざしている。
そんな俺達を見渡し父は一旦言葉を切ったが、そのまま説明を続けた。
《アレは呪いを振りまきながら、各地でモンスター行進を起こし人も土地も飲み込んでいく。
そして人が死ねば死ぬほど、絶望すればするほど強く巨大化していったそうだ。
元々の自我がないらしく浄化も効かない、まさに無敵の化け物だ。
……もう誰も、止める事はできない。》




