824 束の間の一時
(マリオン)
そのまま『ふ〜む?』と考えてみたが、特に思い当たる事はない。
だが、考えれば考えるほど確実に人に対しての対応も変わってきている事に気づき、益々首を傾げてしまった。
元々プライドが高く、魔法至上主義を貫く魔法特化の名家<レイモンド家>。
その正式な跡取りであるクラークは、一度その権威がアゼリアの存在によって失墜しかけたが────その後、大司教の娘のジェニファー様の専属聖兵士に選ばれた事で、見事持ち直した経験を持つ。
その経験のせいか、人と極力関わる事を嫌うクラークは、相手をわざと怒らせる形で人を遠ざける。
それは本人なりの心の防衛方法なのだろうが、その事がクラークを酷く冷たく非情な人間の様に見せてきた。
それこそ『家に利益がある相手としか関わるつもりはない』、そうハッキリと告げられた気持ちになる者達は多かったはずだ。
まさにそう思わされた経験者でもある俺は、椅子の背もたれに体を預けながら、はぁ〜……と心底呆れてため息をつく。
そんなクラークは、今やレオンを見ればチクチク、アゼリアを目の端に見つければ、ツンツン。
俺の気配を察知するや否やハッ!と鼻で笑う────と今までのイメージを吹き飛ばす様な、子供じみた行動を見せ始めた。
更にその中でも一番可笑しな態度を顕著に現すのはリーフ様に対してで、やれ『自分はもっと良い魔法書を持っている』だの、『 持っている万年筆は特別製でこの世で一つだけのもの』だのと、どうでもいい自慢話を、まさにハチ男の名にふさわしいうっとおしさで言いに行く。
そしてそれをさりげなく邪魔するレオンが、クラーク的には癇に障って仕方がない様で、俺とアゼリアがレオンに突っかかっているときも、便乗して口を挟んでくる様になったというわけだ。
クラークのチクチクネチネチとみみっちく言い返す姿を思い出し、ハッ!と心底馬鹿にした様な笑いを漏らした後、また憎きレオンに対しての怒りが再熱してきた。
俺は、アゼリアとクラークと仲良くなるつもりは毛頭ない。
しかしレオン憎しの気持ちに関しては妙な仲間意識ができてしまい、それこそよく3対1の模擬戦の様な形でレオンに勝負や奇襲攻撃を仕掛けてきたが、今の所完全なる惨敗。
俺達三人の全力攻撃を、まるでお散歩するようにあっさりと避けるレオンに、日々憎しみの想いは増えていく。
その時の様子も思い出してしまいチィィッ!!!と盛大な舌打ちをしたその時、横からスッ……と、淹れたての紅茶が差し出され、意識はそちらへ向いた。
「どうぞ。最近レイティア王国から直接輸入した紅茶です。
中々美味しくて今後大ブームになりそうな予感がするのですが、いかがでしょうか?」
そう行ってニコリと笑うのは、毛先がクルクルと巻かれた長い朱華色の髪に小さなリボンがついたカチューシャ、切りそろえられた前髪にほんわかとした雰囲気を持つ<ルナリー>だ。
<ルナリー>は、他国との輸入や輸出に力を入れている事業を展開している子爵家【アーゼリン家】のご令嬢で、魔道具を作る際の部品の輸入などでは非常に懇意にしている仲である。
彼女はこうして珍しい輸入品を手に入れると一番に俺達へ振る舞い、意見を聞いてくるのが恒例となっている。
俺は目の前に置かれた紅茶に視線を移すと、フワッ……と優しく香る柑橘系のフルーツの香りに僅かに吊っていた目元が緩んだ。
そしてその香りに誘われるままに紅茶に口をつければ、予想以上に濃厚なフルーツの香りが鼻から抜けていく。
「ほぅ……?」
その甘美な味わいに思わず声を漏らすと、その様子を見たルナリーは「聞くまでもないですね。」と言って満足そうに笑みを浮かべた。
そのまま黙って紅茶の美味しさに舌鼓を打っていると、ルナリーの横からピョコンと小さな影が顔出す。
ピンピン跳ねた腰ぐらいまでの長い紅赤色の髪に、パッと見ればまだ準成人にも届いてなさそうな小さい体、元気がトレードマークの様な雰囲気が全身から滲み出ているのは<ローリン>だ。
<ローリン>は、魔道具を作る際に必要な細かな部品製作を得意とする【ライン商会】、その元締めをしている【ライン家】のご令嬢で、種族はドワーフ族、ちなみに爵位は子爵である。
「またリーフ様をあの奴隷に取られちゃいましたね〜。もういっそ、一緒にあ〜そ〜ぼ!ってリーフ様に言えばいいじゃないですか。多分遊んでくれると思いま〜す。」
ローリンがニコニコ笑いながらふざけた事を言ったので、ジロリッと睨みつけてやると、彼女は素早くルナリーの後ろに隠れてしまった。
ムスッとしたまま隠れてしまったローリンをなおも睨みつけていると、小さく吹き出したのはフリックの隣の席に座っていた最後の仲間の一人<ロダン>だ。




