807 飲まれていく
(ソフィア)
《アルバード王国現王ニコラの名に置いて、私は『代償の選択』を実行する事を決定した。
代償となるのは、グリモアを中心とした街々に住む35歳以上の国民達だ。
勿論その範囲に王都も入る。
必要な人数は不明だが、35歳未満の国民を入れないとなると、王都も恐らくは全滅だろうな。
それが高位貴族だろうが王族だろうが身分に関係なく『代償』の対象となってもらう。無論、私もだ。》
その衝撃的な内容に、私とアゼリアは息を飲む。
しかし他のヨセフ司教や神官達は落ち着いた様子でその話を聞いていたため、私はハッとした。
ヨセフ司教達はこの展開を知っていたのだ。
「……一体いつ頃からこの事態を予測しておられたのですか?ヨセフ司教達への報告はいつ頃……?」
《だいたい約半年前に計画した。
ただし、その時はまだ最悪な未来として想像していたに過ぎなかったのだがな……。
しかし『何事も最悪の事態を想定して準備せよ』は、私のモットーだ。
ヨセフ司教には今伝えたばかりだが、若年層の国民達の避難用【転移陣】の設置を命じてたのは同じく半年前であった故、大体の予想はしていたみたいだな。》
父はイタズラをした少年の様な表情でヨセフ司教へ視線を送ると、ヨセフ司教は同様の表情を浮かべてククッと笑う。
「当たり前ではありませんか。
あれだけの大規模な【転移陣】が仕掛けられれば、この街の戦闘員の者達だって全員気づいてますよ。
長い付き合いです、王の計画の事も気づいていましたよ。貴方は人を身分で選ばないだろうと思ってましたから……。」
ヨセフ司教は穏やかな表情に変わり、手を組んで祈りのポーズをとると上を向いた。
「毎日毎日私は神に祈ってました。『どうかこの最悪な事態にはなりませんように』────と。
しかしどうやら神に私の声は届かなかったらしい。
まだまだ信仰心が足りないという事ですかね〜?」
ヘラヘラといつもの巫山戯た調子で笑うヨセフ司教に神官達はプッ!と吹き出し「ふしだら司教だからでは?」「酒飲みだし。」「いやいや、多分ネーミングセンスが最悪だからじゃない?」などと茶化す様に言って笑い合う。
ここにいる全員がこれから『代償』になって死ぬというのに、あまりにも明るい様子であるため、私もアゼリアも何も言えずに立ち尽くしていると、ヨセフ司教はニコッと笑って言った。
「ソフィア様。私は長らく神に遣えし者として教会に務め、教会が掲げる『平等』に対し自分なりに答えを出して今まで生きてきました。
こういう時はね、爵位や実力が高い、周りより財力がある、美しさがある、仕事ができる、友人が多い……だから周りより世に貢献できる『自分』が助かるべきだ────と、私は思いません。
私はね、ただ順番であるべきだと思っています。
勿論、これが正しい意見だとは微塵も思っておりませんが、私はニコラ王の選択を支持しそれに喜んで従います。
子供達や若者達の転移は、私が必ずや無事にやり遂げて見せましょう!
どうぞこのヨセフ司教にお任せお任せ〜♬」
人差し指を立てバチンッとウィンクするヨセフ司教に、私は喉がひりついて何も返す事ができなかった。
気を抜けば泣いてしまいそうで下を向くことしかできない。
隣のアゼリアも同様な様子で二人揃って下を向いていると、ヨセフ司教からは困った様な雰囲気が伝わってきた。
「私は、この『平等』の考えに救われた一人なのですよ。
ある人が、私だけでは決して見る事ができなかったその『平等』の世界を見せてくれました。
だから、それを裏切ると言う事は、私にとって今までの人生全てを否定するということ。
それは死ぬより辛い事なんです。
だから沢山の思い出があるこの大事な教会を、エドワード派閥の者達によって壊して欲しくない。
ですのでソフィア様とアゼリアは、生きてこの出来事を起こした犯人達をトコトン追い詰めちゃって下さいね!
そのために、私は今までありったけの嫌がらせ魔法やおまじないを伝授したのですから、ちゃ〜んと活用して下さいよ?」
シュッシュッ!と全く威力のなさそうなエアパンチを繰り出すヨセフ司教に対し、周りからは「へっぽこ司教。」「よっ!カユジ虫に負けた男。」と散々な野次が飛ぶ。
ヨセフ司教は私とアゼリアにとって最も信頼できる理解者であり、第二の父とも呼べる人であった。
まだ善悪の区別もままならぬ頃、そんな私を利用しようと近づく大人たちを、笑顔を浮かべたまま鮮やかな手付きで追い払い守り続けてくれたヨセフ司教。
そしてアゼリアが聖兵士になりたての頃は、異を唱える者達ばかりであった中たった一人、真っ向からそれを受け入れてくれたのもヨセフ司教だ。
ヨセフ司教には数えきれない程の恩がある。
それは父に対しても、そして今まで支えてくれてきた教会の人達も同じ。
その全てが呪いの化け物によって奪われてしまうのか……。
心が絶望に飲まれていくのを感じている間にも、ヨセフ司教と父の話は淡々と進んでいく。




