799 ”未来”を────
(リーフ)
最後にニカッ!と晴れやかな顔で笑ったケンさんの顔を俺は呆然と見つめ……物凄い早さで今までの事が頭の中を駆け回った。
『ソフィア様は生き残る。』
『大勢が犠牲になった。』
『代償になって国を救う。』
その意味が……やっと理解できた。
知らずに拳を強く握っていて、手からはギシギシという音が聞こえる。
『呪災の卵』から生まれてくるのは『呪い』。
意志なき呪いには浄化は効かず、そうなれば呪いを相殺して消し去るしか方法はない。
そしてその相殺するための大規模な魔法には、沢山の犠牲が必要なんだ。
呪いの唯一の対抗属性【聖属性】を持つソフィアちゃんか、大勢の人の命か……そのどちらかが。
強く握った手を心配したのか、レオンがその手をとって優しく撫でてくるが、それにお礼を言えないくらい俺は大きなショックを受けていた。
仮にこのグリモアの人達を助けたって、その分どこかの誰かが犠牲になってしまう。
だから必要な犠牲だと、ケンさんは言っているのだ。
「どうしようもできない事……。」
ボソッと呟きながら下を向くと、ケンさんは俺の肩を軽く叩いた。
「こんな世界だ。俺達はとっくに覚悟はできてんだ。
そんな奴らにとって、死んだ後も子供達が助かってその後の未来を生きてくれる……こんなに嬉しい事はねぇよ。
【転移陣】はその距離や人数が多い程、クソみたいな魔力コストが掛かっから、この街や周辺の街にその人数分仕掛けるとなると、時間も人数も馬鹿みてぇに必要だったはずだ。
それを確保できたのはお前さんのお陰だってこった。
これで心残りはねぇ。
派手に暴れて、できるだけ時間を稼いでやんよ。
あとはジジババ守備隊員に任せな。」
ケンさんは、ビシッ!と親指を立てて見せる。
そして反対側の肩もマルクさんが叩いてきたので、そちらを見上げると、マルクさんは嬉しそうに笑った。
「リーンを助けてくれてありがとう。仲良くしてくれてありがとう。
リーンってば、ナッツちゃんと二人でリーフ君に貰ったプレスレットを毎日嬉しそうに見せびらかしてくるんですよ。
図々しいお願いですが、この事件の後もたまに会ってやって下さい。
二人共強い子たちですが、実は泣き虫なので少しだけ心配しているんです。」
俺を見つめる二人の目は、既に覚悟を決めた男の目であった。
そして周りにいる隊員達も、全員拳を空に掲げ最大限の感謝の心を示す。
ここにいる全員がその『代償の選択』の事を知っていて、それを承知で戦おうとしているんだ。
《……子供達や若い奴らは……『未来』はそれで助かりますか?》
不意に、つい先程冒険者ギルドで上がった質問を思い出した。
時間稼ぎをするため戦うにしては、何だか変な言い回しだなと思ったが、そうじゃなかった。
冒険者達も知っていたんだ。
自分たちが犠牲になる事を……。
俺が反応しない事にレオンがオロオロしだし、「マリッジブルー……?」「心配しないで大丈夫です。」などと、よく分からない事をブツブツ言っていたが、俺はまた下を向く。
ザップルさんとエイミさんは、戦う事に対してあんなに辛い顔をしていたのではなく、仲間の大半が犠牲になることを知っていたからだった。
死ぬのが分かっているのに、戦おうと決意してくれた人達の気持ちが苦しかったのだろうと思われる。
俺はゆっくりと顔を上げケンさんとマルクさん、そして周りで拳を掲げている人達全員を見渡した。
俺、この人達を助けたいな。
『未来』を取り戻してあげたい。
一度緩めて、またグッ!と握ろうとした手は、レオンが握っていて強く握れず……フッとレオンの方へ視線を向ければ、何だか酷く不安そうな表情で俺を見下ろしているレオンの顔があった。
おっと!いけないいけない!怖がらせてしまったか……!
反省してレオンの手を撫で撫ですれば、パァッ!と嬉しそう。
「もう大丈夫そうですか?」
オロオロと聞いてくるレオンに「大丈夫!」とキッパリ答えれば、またアナコンダ・ホールド────をしかけてきたが、直前でその手を引っ込めた。
「急に迫って怖がらせては駄目か……。焦らない焦らない……。」
そしてまた意味不明な事を、ブツブツ呟く。
「????」
またしても謎の言葉に首を傾げていると、急にケンさんとマルクさんが俺の頭をス〜リスリと、お地蔵さんに対してするように撫で回してきた。
「ご利益〜ご利益〜。」
「ありがたや〜ありがたや〜。」
ご利益ないのに〜と申し訳なく思いながら大人しくしていると、突然ケンさんがあっ!と何かを思い出したかの様に目を見開く。
「そういや〜ライキーのヤツ。あんだけ言ったのにあのキノコ小屋に齧りついて離れやしねぇ。
一応若い奴にもう一度頼んで避難するよう言ってもらったが……。
────まぁ、無理だろうなぁ。馬鹿なヤツだぜ、ったく。」
ケンさんはタバコを『着火』で消しながらブツブツ文句を言う。
するとマルクさんは困った様に笑い「ライキーさんらしいですね。」と言って、その後は二人揃って大きなため息をついた。




