795 仕方ない
(リーフ)
「……そうね。きっと今日は一生忘れられない日になると思うわ。
自分の無力さ、弱さが一生許せなくなる。
生きるのも死ぬのも、両方辛いわ……。」
思っていた以上に緊張している様子のエイミさんが、僅かに視線を下げ表情を曇らせると、それに連動する様にザップルさんも表情を曇らせてしまった。
人の生き死にが掛かっている戦いだ。
二人の緊張やプレッシャーは、痛いほど分かる。
俺も気を引き締めてキリッ!と真面目な顔を見せると、エイミさんは下に下げていた視線を上に上げ、俺を真っ直ぐに見た。
「こんなこと、急に言われて困ると思うんだけど……。
もしリーフ君が、自分の力でどうしようもない場面に出くわして、大切なものをただ失うのを見ているしかないって状況になったら……どうする?」
痛いくらい真剣な様子で聞いてくるエイミさん。
隣にいるザップルさんまで同様に視線を上げて、こちらを見てくる。
まだ年端も行かぬ若者達が、こんなにも責任や義務を果たさんと頑張っている!
おじさんは酷く心を打たれ、感動に震える胸をギュッ〜!と掴む。
するとレオンが後ろからソッ……と、その胸を掴んでいる手を包み込み、撫で撫でしながら何故か眩しいほどの笑顔を見せた。
「俺も同じ気持ちです。嬉しい。」
どうやらレオンも、こんな素晴らしいやる気に満ちた若者達に感動したらしい。
おじさん再び大感動!!
グスンッグスンッ……と鼻を鳴らした後、俺はそんな悩める若者のため、長い人生の中でオジジなりに藻掻き苦しんで出してきた答えについて語りだした。
「そうだねぇ。そういう時、俺は『仕方ない』を目指すよ。」
「「『仕方ない』??」」
エイミさんとザップルさんは、揃って不思議そうな顔を見せたが、俺は大きく頷いてそのまま話を続ける。
「そうそう。やっぱりね、長く生きていると、どうしようもできない時ってちょいちょい直面するからさ。
そういう時って本当に悔しいし悲しい!!
でもそれを飲み込んで、ど〜しても進まなきゃいけない時、自分を慰めてくれる最高の言葉って『仕方がない』だと思うんだよ。
でも、この言葉って、ただ言うだけじゃ全く効果がない。
それだと、自分を誤魔化すだけの都合のいい言い訳になってしまうからね。」
自身の今まで生きてきた思い出を振り返り、苦しみながらも、自分なりに出してきた答えの数々を想った。
どんなに辛くても苦しくても、生きている間はずっと前に歩き続けなくてはならなくて、その痛みを和らげてくれる言葉が『仕方ない』。
死ぬほど頑張って頑張って、初めてこの言葉は効果を持つ。
効果がない『仕方ない』では、いつかはこの辛い、苦しいに捕まって、最後は自分を嫌いになってしまうと思った。
だから、俺は常に全力で『仕方ない』を目指す。
昔も、今も。
「だから、精一杯抗って抗って全力をこれでもかと出し切って、これ以上頑張れない!っ胸を張れるくらいガムシャラにやってやろう!
手が動かなくなったら足で、足も駄目なら体当たりだ!
それも駄目なら、俺は噛み付く。
どこまでもどこまでも足掻いて足掻いて、最後は『仕方ない』っていうよ。俺は。」
なんてったって俺の前世のあだ名の一つは、『スッポンねずみ』
無理だって言われているのに、それはそれはしつこくやろうとするもんだから、呆れ大半でつけられた割りと不名誉なあだ名だったが、俺は意外と気に入っている。
フンスっ!と鼻息荒く吹き出すと、エイミさんとザップルさんから暗い表情は消えていた。
そしてザップルさんは震えが無くなった拳を一度見下ろした後、突然俺の背中をバンッ!と叩く。
「その通りだと俺も思った!俺も『仕方ない』を精一杯目指すぞ!
ちなみに俺は、体当たりには結構自信があるからな。
いざとなったら転がりまくってモンスター共を倒してやるさ。
────さて、『救世主様』のご利益と、ありがたい言葉も貰った事だし、俺も持ち場に戻る。お互い頑張ろう!」
そう言ってザップルさんは、片手を上げて去っていった。
そして気づかなかったが、いつの間にか周りにいる冒険者達がその話を聞いていた様で、「俺もそれ目指すわ〜。」「俺も。いっちょ、やってやっか!」などと笑い合いながら、俺の頭や肩、背中とペタペタ触っては「ご利益、ご利益〜♬」と言って上機嫌で持ち場に戻っていく。
????ご利益とは??
ハテナマークを頭に飛ばす俺に、更にエイミさんまでも俺の肩を軽く叩いて「私もご利益も〜らい!」と言って笑った。
すると隣にいるレオンがムスッ!!とした顔で洗浄魔法を掛けては、乱れた髪を手櫛で直してくれる。
「?あ、ありがとう……。」
とりあえずレオンにお礼を告げていると、エイミさんは俺たちを見てクスッとまた笑った後、俺に背を向け自身の持ち場に戻ろうとしたその時────……突然ピタリと止まり、その場でこちらを振り返った。
「……そうそう、そういえば、ゲイルとナックルのクラスの奴らが少し前から姿を消しているの。
人手不足は既に解消していたから万々歳だったんだけど……この状況になったから、ちょっと注意した方がいいわ。
恐らく何かしてくるはず。────気をつけてね。」
それだけ言って、エイミさんは今度こそ去っていった。




