792 輝かしい未来へ
(カール)
「あぁ、やっと……。やっと時が来たのですね。『悪』が滅ぼされる日がっ……!
これで私達は、本当の家族に戻れる。
そして今回の事件が無事に終われば、エドワード派閥は完全勝利し、世界は『正しき』姿に戻るでしょう。」
マリナはそう言って、最後は涙ぐみ美しい宝石の様な涙を一粒流した。
私は直ぐにそれを指で拭い、正面から彼女にまっすぐ視線を向けるとその手を優しく握る。
「その通りだよ、マリナ。今日は、その記念すべき大事な大事な日になる。
これが終わったら、家族揃ってのパーティーを開かないとね。
王都中のシェフ達を呼んで、大きなお祝いのケーキに沢山のご馳走、それに商人たちも呼んで好きなモノを好きなだけ買おう。
今から楽しみで仕方ないよ。」
「フフッ。そんなにはしゃいでカールったら子供みたいね。
でも、私も実は楽しみで楽しみで仕方ありませんの。
だってもうずっとパーティーやお茶会には行けなかったから……。」
悲しげに目を伏せるマリナ。
私はその額に軽くキスをして「そうだね……。」とその悲しみに同調すると、マリナはまるで女神の様な綺麗な笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、カール。でも私はもう大丈夫よ。邪神の遣いには、絶対に屈しませんわ。」
強い意志を持った瞳で私を真っ直ぐに見つめるマリナは、気高く美しい。
眩しいモノを見る様に目を細めると、マリナは話を続けた。
「これから私達はニコラ王が【聖令浄化】を命じるまでこのまま待たなければなりませんけど……本当に王都は大丈夫ですの?
グリモアにいる同胞の方々のご子息、ご令嬢達はこちらに避難していただくのでしょう?」
「マリナは本当に心優しき女性だね。その点は全く心配いらないよ。
ちゃんと手は打ってあるから。」
呪災の卵の被害は未知数。
そのためいざという時は、即座に【聖令浄化】を使える様にレイナには役立たずの冒険者どもをそそのかす様命じた。
奴らには偽の転移魔法陣が施された<マジックリング>をつけてもらい、グリモアが落ちるギリギリまで、規定の場所に設置した<聖浄結石>を守ってもらう。
そして、もしも王都にも危険が及びそうになった場合は────……王の判断を待たずに【聖令浄化】を発動させるつもりだ。
勿論偽の<マジックリング>を身につけているゴロツキ共も全員『代償』になってもらう。
< マジックリング >
指輪型の魔法を吸収し、それをいつでも発動する事のできる魔道具。
ただし吸収できる魔法は魔道具の制作者のレベルに大きく依存し、魔法の難易度が高いほどより制作者のレベルが高くなければ発動自体しない。
それでも間に合わない際には、王都で暮らす平民共が犠牲になっている間に、王宮にひそかに用意しておいた転移陣に私達家族とエドワード様、そして高位貴族の同胞達を連れて逃げればいい。
まさに完璧である計画を伝えると、マリナはホッと息を吐く。
「そう。それなら良かったわ。
懇意にしているライロンド家のルィーン様のご子息がライトノア学院に在学中ですから心配していましたの。
王都に避難して頂ければもう安心ですわね。
これで何もかもが上手くいく。」
「そうだね。まさに完璧な計画だよ。
今頃学院内は、同胞達のご子息、ご令嬢を迎えにきた馬車で溢れかえっている所だろうね。
後は待つだけ。
報告を受けて慌てふためき、ゴミみたいな下層民達の身を案じるフリをすればいい。
そうすれば直ぐに事は終わるだろう。」
ニヤッと笑いながらそう言えば、マリナは手に持つ扇子を広げ口元を隠した。
きっと今の私の顔は愉快で酷く歪んでいるはずだ。
マリナも同様に────。
避難させる子の中には、我がエドワード派閥に完全に入る事を拒んでいた者達も多くいる。
それらの者達は全員が妙な正義感と、下手に手を出せぬ権力を持っていたため、上手く逃げられてしまっていたが────今回の事でもう逃げる事はできなくなる。
『秘密の共有』
それは決して裏切ることのできない最強の鎖となって、彼らをエドワード派閥に縛り付けるだろう。
思い通りに事が進む事へ、堪えきれない笑いが口から溢れた。
彼らにはこの計画の全容は知らせていない。
だが漠然と『他を犠牲にして自身の子供だけ助ける』という事は理解しているはず。
正義感が強ければ強いほど、自責の念にかられ苦しみもがき、自身の掲げていた『正義』に打ちのめされる。
「……フフッ。」
私は人差し指を唇へ。
そしてまるで、内緒だよ?と言わんばかりにシ〜……と小さく囁いた。
我々が用意した安全な場所で他を見殺しにした瞬間、私達との間には永遠に解けぬ『絆』ができあがる。
我々は『正義』を同じくする仲間。
エドワード派閥が与える『幸せ』を受け取ってしまったのだから、もう引き返す事など許されない。
……ねぇ?
私はいたずらしてしまった少年の様に、困った顔で首を横に倒す。
するとマリナは小さく吹き出し、私の腕に自身の腕を絡め少女の様な無邪気な笑顔を見せた。
「────私、演技が大得意ですの。」
「私もだよ。」
コソコソと内緒話をする様に言ったマリナに、私も同様に小さな声で返事を返すと、お互い見つめ合い、いつも通りの周りを魅了する様な笑みを貼り付け正面を向く。
そして輝かしい未来へ向かい、私達は一歩前へと踏み出した。




