791 計画の始まり
(カール)
王都で数え切れないほどの白い伝電鳥が飛び立ったのを見て、遂に時が来たと歓喜し震える。
長かった────。
この日をどれほど待ち望んでいた事かっ……!!
王都にある自宅の窓からその様子を見上げ、口角を大きく上に上げた。
今日という日は世界を『正しき』姿に戻すための始まりの日。
エドワード派閥にとっては完全勝利を手にする日で、そして我がメルンブルク家にとっては『本当の家族』の姿を取り戻す尊き日になる。
隣に立つマリナへ視線を移すと、マリナはすっかり痩せてしまい今にも倒れそうな姿であったが、力強く輝きだした瞳を空にまっすぐ向けて私同様口角を上に上げた。
そしてフフッ……と小さく吹き出したので、つられて私の口からも笑いが漏れ出し、此度の計画が始まった日の事を思い出す。
それは本当に偶然の出来事であった。
【魔素領域】の境界線の見張りをする任務についている<守衛騎士団>が、ある大規模な盗賊集団が第二騎士団に追われ境界線近くまで逃げてきたのを発見し、一斉討伐を行う事に。
しかし、愚かにもその内の一人が逃げ出し【魔素領域】へと足を踏み入れてしまった。
そのため慌ててその男を追って、守衛騎士団の団員の一人が同じく【魔素領域】へと足を踏み入れたのだが……その瞬間、その団員はとても不思議な感覚に襲われたという。
足が勝手に動き出し、まるで『こっちだよ!』と誰かに呼びかけられている様な……?
その後導かれるまま到着したのは、円形に草木が腐っている空間で、その中央には生まれたての赤子よりは少し小さい程の大きさの黒い卵が転がっていた。
『な……何だ??アレは……?』
団員の男は不思議に思いながらもその卵へと導かれる様に近づき、それに手が触れそうになった瞬間────木の陰に隠れていた逃げ出した盗賊の男が襲いかかってきたため、慌てて応戦する。
キンッ!!キンッ!!ガキンッ────っ!!!
剣と剣がぶつかりあう激しい戦闘が始まると、不思議な事に卵が少しだけ大きくなった様な気がしたそうだ。
しかしじっくり観察する暇はなく、団員の男は戦闘に集中し、見事盗賊の男に大ダメージを与える事に成功した。
そうして盗賊の男を追い詰める事ができたが、その男は必死の抵抗を続け、怒鳴り声を上げながらその黒い卵に近づき、それを団員に投げつけようとしたのだ────が……?
────ジュッ!!!
『ぎ……ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!』
まるで肉が焼ける様な音がしたかと思ったら、盗賊の男の口からは大きな悲鳴が飛び出し、黒い卵を手から外そうと激しく手を降ったがハズれない!
その間にも黒い卵を持つ手はどんどんと卵に溶けていく様に短くなっていき、胴体までくっつくと……『助けて……。』という言葉を最後に、盗賊の男は卵の一部となってしまった。
それを震えながら見届けた団員は、直ぐにその事を伝えに境界線上にある守衛騎士団の本部へと走る。
そして自身の上官にその出来事を伝えたが、【魔素領域】では未知なるモンスターの出現や謎に溢れた出来事は日常茶飯事であったため、その事も『正体不明の出来事』の一つとして処理される事になった。
そして他の報告書と共に後々<守衛騎士団>を総括しているニコラ王へ報告するだけであったが……その上官の男は、この黒い卵について引っかかりを覚えた。
なんだろう?と必死に考え唐突に思い出したのが、幼かった頃祖母が聞かせてくれた子守唄の存在であった。
『黒い卵に誘われて光る魚は姿を見せる。そしたら皆お逃げなさい。
黒い卵は世界の嘆き。』
その祖母は小さい時に亡くなっていたため、その歌について詳しいことは分からない。
しかし、毎日毎日聞かされていた歌であったため、しっかりとその内容について覚えていたのだ。
たかが子守歌……と思ったのだが、一応諜報員の一人に先に王に伝える様報告をしたのだが、幸いな事にその諜報員は我が同胞レイナの直属の部下であった。
諜報員はまずレイナにその話を持ち込み、レイナは即座にそこでその情報をストップ、今度は私の元へ。
そして最後はエドワード様へと報告し、今回の計画を思いついたのだった。
それから事は、慎重に進められた。
なにせまだわからない事だらけな未知の物体に加え、あのドロティア帝国を滅ぼしかけた大厄災を引き起こした『呪災の卵』だ。
運んでいる最中何かあれば困るし、人の負の感情を糧に育つならドロティア帝国の時同様、あっという間に孵化してしまう可能性だってある。
そこで役に立ったのはルノマンドのある特殊スキルだ。
幸い触れる場所も既に確保できていたため、安全に何ら問題もなくその卵をグリモアの森の最深部へと運び込むことができた。
あとは我が同胞たちによって集められた、魔素を吸い込んだ吸魔石を大量に放置すれば、卵は強固な要塞の中に隠れるお姫様の様になり、孵化するまでぬくぬくとそこで育っていく。
あとは卵が育つだけの十分な餌を与えればいい。
人の負の感情────怒り、憎しみ、悲しみ、不安……孵化するためには、それらが必要であったため、私はそれに適した最高の環境を十分に整えてやった。
なのに────っ!!!
一瞬で上がっていた口角は下へと下がり、ギリっ……と唇を強く噛みしめる。
あの茶色い醜い羽虫のせいで、またもや計画がじゃまされてしまったのだ!
つくづく忌々しいゴミ虫めっ!!
唇に引き続き、両手の拳をミシミシと強く握りしめ怒りを必死に抑える。
当初の予定では直ぐに孵化するはずだった『呪災の卵』。
それが何と、孵化するまで1年弱という長い長い期間が過ぎてしまった。
私がせっかく送った、餌を大量に作り出すはずだった冒険者共は、揃ってアレに叩き潰され、更にありとあらゆる負の感情を次から次へと消していく。
それこそコチラの思惑を全て見抜いているのか?!と問いたいくらいにジャストなタイミングで。
毎日毎日毎日毎日毎日────この身がネジ切れる様な苦しみ、憎しみに耐えて耐えて耐えて……やっと今日という待ち望んでいた時が来たのだ!!!
「────フフッ……。」
苦しみの先につかんだこれから訪れるであろう輝かしい未来を想い、私の口からは思わず笑いが漏れる。
すると隣にいるマリナからも笑う声が聞こえ、二人でクスクスと笑い合った。




