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天寿を全うした俺は呪われた英雄のため悪役に転生します  作者: バナナ男さん
第二十一章

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789 ”幸せ”な人生ってやつ

(ドノバン)


下層民は上層民に命じられれば、たとえ火の中水の中でも喜んで突っ込んでいく。

それが常識な世界なのに、こいつは何を言っているんだ?


本気でそう思っての事だったが、俺の攻撃をまたしても大きくしゃがみ込んで避けた奴は、そのまま俺の顎に一発アッパーを食らわしてきた。


「そんな無能な上官のせいで、どれほどの人間の命が無駄になっていると思ってる!!

命を預かっている自覚を持てっ!!この無能クズ男!!!」


『無能』


『クズ』


とにかく今まで言われたことのない酷い暴言の数々に、沸騰どころかマグマの様に熱くなった状態で、やってやられての激しい打ち合い、罵り合いを経て、とうとう勝負は佳境に入る。


お互いボロボロ、そしてハァハァと息を乱しながらにらみ合い。

次の攻撃で恐らく勝負が決まると察した俺は、今の自分の最大攻撃スキルを発動し、奴に向かって切りかかった。

そして────……。


「こんのぉぉ〜っ!!頭ガチガチのオリハルコン頭!!モテモテの俺を羨んでんじゃね────よ!童貞野郎!!」


とりあえず、男の名誉を傷つける様な悪口を言いながら大剣を振り、そのままその刃が奴に届く!!────と思われた、その時……。


────ガクンっ!!


「────っ!!??」


大剣を持つ手から急に力が抜け、何だ!?と慌てて周りに視線を向ければ、ヒラヒラと一匹の蝶が飛んでいるのに気づいた。


<夜人蝶>────!!!??


Fランクの毒を持つモンスター。

まさかその毒を??いつの間に────っ!!


考えている内に、とっくに奴は俺の目の前に移動していて、大きく拳を後ろに引いている!


「まだ結婚していないのだから、全員童貞だろうがっ!!!巫山戯た事を抜かすな!!この間抜け男っ!!」


「────えっ???」


一瞬呆けたのと同時に、凄まじい痛みが顔を襲った。

しかし、その殴られた強烈な痛みや怒りよりも、先に頭に浮かんだのは────……『こいつ何言ってんの???』という疑問であった。



「────っ???!」


次にハッ!!と目を覚ませば、俺は回復担当医に上半身を起こされていて無傷な状態で……?

ボコボコにされた記憶のせいで、一瞬理解が遅れる。


「??あ、あれ……??」


ボケ〜としながら顔を上げれば、目の前には<仮想幻石>を外され、ボコボコに殴られた状態のイケメン君が倒れていて、その周りを学院の守衛達がズラリと取り囲んでいた。


「侯爵家のご子息になんてことを!!」


「不敬罪だ!!即刻死刑に処すべき!!」


口々にそう叫ぶ守衛達と、この戦いを見ていたギャラリー達は、その場で熱く盛り上がりテンションは最高潮!


『間違い』を犯した、たった一人の人間を寄ってたかって罵り、笑い合い、自分たちの掲げる『正義』を叫ぶ。

俺は、冷静な頭でその光景を見て思っちゃったよな〜。


何コレ??』───ってな!


だってさ、俺、負けたわけ。

戦闘系資質で、爵位も上のこの俺が完膚なきまでに。


自分で決闘を申し込んで負けて?

そんで目を覚ましたら、勝者であるはずのヤツがフルボッコで倒れていて俺は無傷。


何で俺の負けた事実、なくなっちゃってんの??


それに気づいてしまうと、権力というものの重さを初めて感じてゾッと背筋を凍らせた。


権力は真実をこんなにもあっさりと曲げてしまう『力』で、それを俺は子供のおもちゃのようにひょいひょ〜いと軽く雑に扱っていたって事。

────つまりつまり……?


俺の人生って『真実』なんてものは無いも同然で、嘘だらけって事じゃねーの?


辿り着いてしまった答えによって、今までの『幸せ』な人生にビシッ!!と大きな亀裂が走る。

それに焦った俺は必死に『幸せ』な日々を思いだそうとしたが────何一つ具体的なハッピーな記憶が思い出せなかった。


『あ〜俺の人生超ハッピ〜!』


『楽勝だったな〜楽しかったな〜得しちゃったよな〜!』


そう感じた思い出は腐る程あるのに、じゃあ何がハッピーなのか?何が楽勝だったのか?何が楽しかった?何か得だった??

な〜んにも出てこない!!


「────ハハッ……。」


思わず乾いた声が口から漏れた。


俺を支持し、褒め称える人達。

くっついて回っては、賛辞を述べる取り巻きたち。

素敵だ、愛していると囁く極上の女達。


それを喜ぶ自分の感情だけは、何となく覚えているのに、俺の頭の中にいるそいつらは皆同じ顔で……まるで笑い顔が書かれた仮面をつけている様であった。


「……うそ……だろう?」


ガラガラと完全に崩れていった『幸せ』な人生ってやつに、俺は愕然とする。

そして、そんな俺を気遣う様に声を掛けてくる回復担当医や駆け寄ってきた取り巻きたちを見れば────そいつらの顔にも、やはり思い出の中の人々同様、同じ仮面がついていた。


「────っ!」


突然せり上がってきた得体の知れない恐怖により、思わず目を瞑ると、不意にたった一つだけ色鮮やかに光り輝く記憶が突然前へ前へと飛び出す。


『恥を知れ!この愚か者め!!』


それは先程のイケメン君の、怒り狂った恐ろしい顔と怒鳴りつけられた映像だった。


不快マックスな気持ちが溢れ出し、嫌だ嫌だと思っているのに……イケメン君との記憶は、次から次へと鮮明に再生されそのままド真ん中に居座ってしまったのだ。


負けて悔しい、悲しい、憎い────!!

そんな『幸せ』とは程遠い感情しかない思い出が、何故かこびりついて離れない。


気がつけば俺は、回復担当医や守衛達、取り巻き達の声を振り切り、ボロボロな状態で倒れているイケメン君の側に行きその場にしゃがみ込む。

すると、イケメン君の手がピクリと動き、イケメン台無し!……な血だらけの顔で俺を見上げたが、その顔には皆と同じ様な仮面はついていなかった。


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